Episode_11.12 憂国の士


 ユーリーとヨシンがトトマの街を出発したころ、隊商を率いたゴーマスは、ダーリアの街に到着して既に三日が経過していた。デルフィルから持ち込んだ、食料品 ――主に肉製品を中心とした保存の効く塩蔵食品類―― は、一般の商人向けに粗方を売りつくしている。更に、アートンの王子派から発注を受けていた武器甲冑といった武具類は、この先のアトリア砦でアートン公爵配下の騎士団へ引き渡すことになっている。そういう状況で、隊商としての商売の半分をやり終えた形になったゴーマスは、帰りの荷として仕入れるべきものを物色している、という口実・・で、このまましばらくダーリアに逗留するつもりだった。


 ダーリアは、国境沿いの街トトマから王子派の本拠地があるアートンへと続く街道の途中にある比較的大きな街だ。東西を貫く街道沿いに開けた土地には農村が数多く存在し、南の森の中に点在する集落の住人を合わせれば七万人以上の人口を数える街である。ディンスとストラの街を王弟派に落とされた今、アートンを除けば最も人口が多く、食糧生産も多いダーリアの街は、王子派の重要拠点と言えた。


 一方、北には「森人」と呼ばれる人々が住み付く鬱蒼とした森林地帯と低い山が連なる山岳地帯が広がっている。その一帯を東北へ進み、そのまま東へ針路を取ればベート王国との国境の街トリムに出ることが可能なのだが、それは地図の上での話であり、実際にそのように進む無謀な旅人は居なかった。それでも、北部森林地帯にはローディルス帝国時代の古い遺跡が点在しており、稀に向こう見ずな冒険者達が足を踏み入れることはあった。


 そんな北部森林地帯は、野生の魔獣も多く生息しているが、忌々しいローランド・オークが多く生息していることでも知られている。近年、ベート以東の中原地方では大きな戦が発生していないため、傭兵稼業を主な生業なりわいとしていたローランド・オーク達は、その憂さを晴らすように度々南下してはダーリア周辺の集落を襲うようになっていた。そのため、ダーリアに住む人々にとって北に広がる森林地帯は恐怖と嫌悪の対象となっているのだ。


 そんな北の森を眺めるゴーマスは、ダーリアに滞在する際は定宿としている「陸の灯台亭」という宿屋の三階の角部屋で窓際に立っている。街の十キロ北に森林地帯の外縁部がせり出している様は、何度見ても、森がこの街ダーリアを呑み込もう迫っているような圧迫感を覚えるものだった。そうやって、窓から北を見詰めるゴーマスは、部屋の外の廊下を駆けて来る足音に気付く。その足音はガチャガチャと金属鎧が擦れる音を伴い扉の前までやって来ると、遠慮なく扉を開け放った。


「ゴーマス様! アトリア砦と連絡が取れました」


 そんな報告を持って来たのはゴーマスよりは少し若いという年齢の、頑丈な胸当てを身に着け、槍と見紛うほど大振りな両手斧を背負った戦士風の中年男だ。二日前から待っていた連絡が取れ、少し興奮気味なその男は、長く隊商をしているゴーマスの片腕的存在のバッツという戦士長だ。


「バッツ、声がデカい……」

「あ……こりゃ、すみません」


 豪快な風貌そのままといったバッツの声量はいつもの事で、普段ならば何とも思わないゴーマスだが、今回ばかりは別である。注意されたバッツもその点は察したようで、すまなさそうに頭を掻く仕草をする。


「それで、いつ引き渡しなんだ?」

「はい……貴婦人・・・の受け渡しは明日か明後日で、ということでした……今晩出発しますか?」


 バッツは声を潜めて言う。それを受けたゴーマスは少し思案顔になるが、直ぐに元の表情に戻ると、バッツの問いに答える。


「いや、明日の朝出発しよう。ダーリアの街とアトリア砦の間もそれほど治安が良いとは言えない。それに無駄に人目を引くからな、夜の出発は無しだ」


 バッツは頷く。ゴーマスの指摘通り、街道の治安は良くない。最近ではデルフィルとアートンの間を行き来する隊商が襲われるという事件が度々発生しているのだ。ゴーマスの率いる隊商は、荷馬車二十台に護衛の戦士が三十人、戦士以外の使用人も十人随伴する大所帯だ。それでも、野盗の類に襲われる危険性は低いに限るのだった。


「バッツ、後でいいからトーラスを呼んできてくれ、アトリア砦から戻ったら直ぐにデルフィルへ出発したい。空荷で帰るのは、それはそれで目立つからな……」


 トーラスはゴーマス隊商の使用人で、バッツと並び、ゴーマスにとっては片腕的存在だ。彼の担当は仕入れの補佐という事になっている。殆どの売りと買いは最終的に隊商主ゴーマスの一存だが、膨大な量を売り捌き、仕入れるためには、トーラスという人物の明晰な頭脳による助けが必要だった。


 ゴーマスの頼みに、心得た、とばかり一度頷くと、バッツは部屋を後にした。彼の部下である三十人の護衛戦士達に出発の準備をさせるつもりなのだろう。そんな背中を見送るゴーマスは、既に賽が投げられた企みの行く末に思いを馳せる。自分の生まれ故郷であるコルサス王国が元の通り一つに成る事、そして、恩義のあるアント商会の益々の栄達、上手く行けば一挙に二つの願いが叶うのだ。そのためにも、


「なんとしても、デルフィルへ。そしてリムルベートへ送り届けねば……」


 ゴーマスの独り言は、床に敷き詰められた上等な絨毯に吸い取られると、人知れず消えていった。






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