Episode_11.07 企みの酒


「よいしょっと」


 食事をかき込む二人のテーブル、丁度ユーリーの隣の椅子に、ナータは当然といった風に腰を落ち着ける。そして、しばらく食べ物に集中している二人の様子を見るのだった。その様子に釣られるように、その場に残っていた四人の娼婦達も近くの椅子に腰掛ける。結局、食事にガッつく青年二人と、それを見守る年増の娼婦五人という奇妙な構図が出来上がっていた。そこへ、


「母さん、お代もらって!」


 と明るく張りのある声が飛び込んで来た。いつの間にか近付いてきた「トトマ街道会館」の給仕の制服を着た少女が、少し困った表情でナータの事を見ている。


「あ、そうだった。サーシャ、ちょっと待ってな!」


 ナータとサーシャの会話から分かる通り、この二人は親子のようだ。娘のサーシャに急かされたナータは、思い出したように隣のユーリーに話しかける。


「お客さん、お代。銀貨二枚!」


 その声に、ユーリーの横にいたヨシンがピクリと反応する。なぜなら、この食事の内容で銀貨二枚は流石にぼったくり・・・・・と言える額だったからだ。ヨシンは抗議の声を上げるために、口の中の芋を呑み込もうとする。しかし、抗議の声は別の所から上がった。


「ちょっと母さん!」


 店の給仕の格好をしたサーシャの声である。しかし、それくらいで海千山千の娼婦は黙って引っ込む訳が無かった。


「いいじゃない、今日の仕事はこれでお終いよ。銀貨二枚はアタシ達の飲み代込みよ」


 そう悪びれることも無く言ってのける。その様子に娘のサーシャは声を荒げた。


「だっ、だから! そんなの駄目だって」

「最近、湿気しけた客ばっかりで商売あがったりなの、サーシャも知ってるでしょ! ここらでパーッと憂さ晴らしよ!」


 ナータは、直感的に二人の若者が「客」にはならないことに勘付いていた。親子ほど年齢が離れている上に、余りにも「純」な様子の二人なのだから、当然である。そうであるから、飲み代をたかろう・・・・と戦略を変えたのだった。そのナータの言葉に、周りに居た娼婦四人も賛同の声を上げる。しかし、娘のサーシャは店の給仕として、あからさま・・・・・なぼったくり行為を見逃す訳には行かなかった。


「でも、旦那様に見つかったら出入り禁止よ!」

「あんなハゲ、どうってこと無いわよ!」

「母さん! いい加減に――」


 そう言い掛けるサーシャを制するように、テーブルの二人の内、ユーリーが手を上げる。その指には銀貨二枚が挟まれていた。


ほひっオイッふーふぃーユーリー!」


 ユーリーの行動に、口に食べ物を入れたままのヨシンが抗議の声を上げる。しかし、ユーリーはそれを押し留めると、同じくいつまでも無くならない、頑丈な塩漬け豚の角切りを無理矢理呑み込んで言う。


「オレ達、今日この街に着いたばっかりでここら辺の事を良く知らないんです。ご馳走するんで、飲みながらでも色々教えてください」


 そう言って、ニコリと笑って見せるのだ。その様子に、ヨシンは尚も恨めしそうな顔をしているが、ユーリーの魂胆が分かったのか憮然とした表情でカップに入った薄めたワインで口の中の物を一気に流し込むと、黒パンを掴むのだった。一方、我が意を得たり、と得意顔のナータは、嬉しそうな声を上げる。


「あら、アンタ若いのに話が分かるね! 将来大物になるよ! サーシャ聞いただろ、ワイン持って来ておくれ!」


 店内に年増の娼婦達の嬌声が響いた。店の中央付近に在るテーブルで、四、五人の娼婦とそれに取り囲まれた二人連れの若い旅人風の客が乾杯をしたのだ。「トトマ街道会館」ではよくある光景で、他の客は気にも留めない。しかし、そんな嬌声を少し鬱陶しそうに聞いている人々がいた。それは、店のカウンターの隣から続く個室に陣取った三人連れの男達である。冒険者か傭兵風の出で立ちの男が二人、もう一人は普通の街人の格好をしている。その内、冒険者風の一人が建付けの悪い扉の隙間からこぼれてくる声に苛立ったような声を発する。


「まったく、呑気に酒なんか飲みやがって……」

「放って置こう、変に揉め事になるのはゴメンだ。それよりオゴティスさん、お疲れ様でした。危ない所で……」

「ああ、あれくらいなんでも無いさ」


 オゴティスと呼ばれた街人風の男は、目の前の男が持つ火酒スピリッツの瓶から自分のグラスへ注がれる液体をぼんやり見ながら気の無い返事をした。余り特徴のある風貌ではなく、背格好も中肉中背というオゴティスだが、その声は「美声」という言葉がそっくり当てはまるほどのものだ。現に今の何気ない返事も良い声をしていた。


「でも、衛兵の連中はピリピリしていますね」

「ああ、この間、ストラの戦に負けたばかりだ。王子派は民衆の声が気になるのさ」

「でも、気にするばかりで、何の手も打たない……つくづく王家の連中というのは……」


 オゴティスに対面して座る二人の青年は夫々グラスを傾けながら、小声でそんな事を言う。オゴティスは、そんな二人を宥めるように、


「セブムもドッジも、それくらいにしておきなさい。変に話を聞かれて尻尾を掴まれたくはないだろう?」

「あ……すみません」


 そんなやり取りをするこの男達、実は今コルサス王国内で話題となっている「コルサス解放戦線」のメンバーだ。又の名を「民衆派」と言われる彼等の本拠地はずっと東のベートとの国境付近だが、西側の国境であるトトマ附近にも彼等の拠点はあった。それは、東西に続く街道の北、山と森ばかりの辺鄙な土地に住み暮らしている人々の集落群である。内戦が起こる以前から、この北部森林地帯は国境伯アートン公爵家の、と言うよりもコルサス王国の統治の外に置かれていた。山と森ばかりで魔獣・魔物の類が多く、更に北へ進めば「深く暗き森」と呼ばれる大森林地帯へと繋がる魔境の入口と言うべき場所だ。


 人口が少ない上に、生産性の低い土地と見做されたために、コルサス王国の領土内でありながら、長年「見棄てられていた」土地である。そして、そこに住み暮らす「森人もりびと」と呼ばれる人々は、外界から隔絶された世界で狩猟と採取を軸とした独特の生活様式を築いている。若い者達の中には街に出て兵士になったり、冒険者となる者も一定数いるが、全体としては森の外には無関心、という姿勢を貫いている人々だ。王子と王弟の覇権争いなど「勝手にしていれば良い」という無関心が多くの者の想いだったのだ。


 そんな状況に付け込んだコルサス解放戦線の面々は、東から森林地帯を経由してこの地に進駐部隊を送り込んでいたのだ。元々森人の集落はまばらに分散している上に、お互いの交通が良くない。そんな状況を利用したコルサス解放戦線は一つの集落に目を付けると多数の兵士を送り込み実質的に集落を一つ乗っ取っていた。セブムとドッジと呼ばれた二人の冒険者風の男は、その集落からやって来た解放戦線のメンバーであった。


 そしてもう一人の美声を持つ男はオゴティスという。先ほど夜の大通りで聴衆を集めていたアフラ教会の宣教師が彼であった。この取り合わせが示すように、最近台頭してきた「コルサス解放戦線」は中原、ロ・アーシラに本拠地を置くアフラ教会が後ろ盾に付いているのだ。


「それで、マーシュ殿達は?」

「はい、まだ北の森の中の集落で待機しています。五百人の仲間達も一緒です」

「あの、オゴティスさん……」

「何だ?」


 オゴティスの問いにセブムが答えるが、ドッジは少し不安そうな様子で、確かめるように何か言い掛ける。しかし、オゴティスの声と視線に、それ以上続けることが出来ない様子だった。一方のオゴティスはそんなドッジの考えを見透かしたように答える。


「大丈夫だ、トトマの街が王子派から離反すれば王子派は終わる」

「いえ、それじゃなくて……本当にアイツ等・・・・を使うんですか?」

「……ドッジ、セブムも。良いか、大義の前には多少の犠牲は仕方ない。犠牲となる人々も、新しきコルサスの礎となるのだ。その上で貴い犠牲として聖者の列に加えられる。神が讃えられる時、彼等もまた讃えられるのだ……それに、アルフ様も納得した作戦ではないか」


 オゴティスは自分の言葉に酔い掛けるが、声のトーンが上がり始めたところで自制すると、そう言って言葉を締めくくった。ドッジもセブムもその言葉に頷くが、重苦しく口を閉ざしてしまった。数日後に計画されている作戦には、解放戦線の勇敢な若者をも押し黙らせる企みがあったのだった。


 三人の男達が居る個室にはそれ以降沈黙が支配する。三者三様にグラスに注いだ強い酒を喉に流し込んでいる。トトマの夜は未だ続くのだ。


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