Episode_11.06 トトマ街道会館


 「トトマ街道会館」という看板が掛かった大きな宿、その一階は食堂と酒場を兼ねているようで、宿泊客以外の街の人々の姿もあった。大きなホールで、席数が八十はありそうだが、埋まっているのはその半分前後だ。そんなホールを見渡せば、リュートや笛を鳴らす楽士、舞台のような場所で飛び跳ねている軽業師、そして客を物色するようにテーブルの間を行き来する商売女達の姿が見られる。


 商売女達の格好は、安物のドレスを仕立て直して、やたらとスカートの丈を詰めたり、胸を強調するようにした扇情的な物を身に着けている者が多い。その上で厚く白粉を塗り込め、毒々しい紅を差すという、似たような化粧も手伝って、全員が同じような顔に見える。若作りをしているが、決して若い娘といえるような年齢には見えない者ばかり、よくよく見れば、くたびれた風情の年増女といった様子の者が多い。


 店の給仕係の代りを務めることで、出入りを許されているのだろう。女達は、料理や酒を載せた盆を運んだり、客からの注文を取ったりもしている。勿論れっきとした給仕係も居るのだが、彼等は歳の若い少年少女ばかりで、女達と並ぶと丁度「親子」といっても納得できるような雰囲気なのだ。


 そんなホールへ、宿代の支払いを済ませ部屋に荷物を置いたユーリーとヨシンが、二階から降りてくる。「トトマ街道会館」は馬で旅をする旅人のために小規模なうまやをもっており、そのため二人はここに宿を取ることにしたのだ。その他にもこの宿には、大勢を引き連れて旅をする隊商が荷馬車を保管出来るほどの内庭や、外から侵入する泥棒の類を防ぐ外壁も備えている。聞くところによると、古くはトトマ子爵が使用していた居館ということだった。


 トトマでは一番大きく立派な建物を有するトトマ街道会館は、従って宿代も高いのだが、因みにユーリーとヨシンの懐事情は悪いものでは無かった。旅立ちに際して外面上は「追放」という処分だったが、内々には「東方見聞」の任が与えられていた二人に対して、主家のウェスタ侯爵家は豪気にも金貨百枚を支給していたのだ。更に、


「足りなくなったら、いつでもアント商会伝手に連絡してこい」


 というアルヴァンの言葉もあった。流石に、大金を手にして浪費に明け暮れるような性格の二人では無い、ということを確信した上での大盤振る舞いなのだが、その内心では、手柄や功績を正当に評価してやれないことへの後ろ暗さがあったんのかもしれない。


 しかし、金貨百枚もの大金を押し付けられた側は堪ったものでは無かった。元々金に煩く、この方面では用心深い性格のヨシンは、降って沸いたような心配事・・・に頭を抱えつつ、


「十枚ずつ小分けにして、二人で手分けして持とう」


 と提案していた。ユーリーとしては、この手の話はヨシンに任せた方が良いと思っているので、反対する事も無かった。因みに、十枚に小分けした金貨は鎧下の革製の綿入れに縫い付けてあったり、胸甲の裏側に収めてあったりする。


「金貨の小札鎧スケールメイルみたいだな」


 というのはユーリーの冗談だった。しかし、そんなユーリーが、小分けにした金貨を馬に背負わせた野営具の中に入れようとしたときなどは、


「何考えてんだ! 無くしたらどうするんだ!」


 と可也の剣幕で怒っていたので、基本全て身に着ける・・・・・というのがヨシンのやり方ルールのようだった。


 とにかく、そのような懐事情だったので、これまでの道中で宿に困ったことは無かった。そんな二人なのだが、旅を始めた頃は吝嗇家りんしょくかヨシンの強い意向で安宿を数回経験していた。しかし、それらの安宿の特徴とも言える雑魚寝の大部屋や、あまり衛生的と言えない寝具、そして何より懐に大金を抱えた状態では安心して休むことが出来ない客層の悪さから、結局は根を上げることになっていた。


 そしてそれ以降は、宿の等級が選べるような場合は決まって中の上・・・の宿に泊まるようになっていたのだ。二人一部屋でも充分広い場合が多く、朝夜の食事が同じ場所で出来ることと、夜遅くまで煩く酔客が騒ぐということが無いことが理由だった。


 ところが、ここトトマの街では少し勝手が違ったようだった。先ず、客同士の相部屋は駄目とのことで、仕方なく別々の可也狭い部屋に通された。そして、活気のない外の街の様子とは裏腹に、夜が更けかかっているにもかかわらず、一階の食堂を兼ねたホールはやかましかった。


(宿選び、失敗したかもな)


 その様子に、ユーリーは少し後悔をしつつヨシンと共にホールへ降りる階段へと進む。そして、その予感が或る意味正しいものだったと知るのである。


****************************************


「あら、若い! それにいい男! ほら、こっちの席に座んなさい」

「え? あっちょっと」

「な、なんだよ」


 宿屋のある二階からホールに降りてきた二人は早速、商売女の一人に捉まってしまった。無遠慮に二人の腕をガッシリと掴んだ女は、その腕を遠慮なく豊満な胸に押し付ける。そして、二人の上げた抗議の声を無視すると、そのままグイグイとホールの中央付近のテーブルに二人を案内して、座らせたのだった。


「食事だろ? メニューは選べないよ! あと飲み物は?」

「あ、あっと、酒以外で……」

「なんだい、飲まないのかい? まぁいいか、ちょっと待ってな」


 若い頃は美しかったかも知れないその女は、酒焼けした声とぞんざいな口の利き方でそう言うと、ホールの奥のカウンターへ向かって行った。女の態度にユーリーとヨシンは顔を見合わせるしかなかった。


 一方、ホールを彼方此方と動きながら、脈のありそうな客を物色していた女達は、如何にも「女擦れ・・・していない」様子の二人の若者を放って置く訳が無かった。


「あらー! 見ない顔ねー、旅の人かしら?」

「デルフィルから来たの? それともアートンから?」

「ねぇ、若いから有り余って・・・・・るんでしょ、お姉さんと発散しない?」

「ちょっと、待ちなさいよ、この子達・・・・は私が先に目を付けたんだからね!」

「あら、何よ、いいじゃない。それとも、二人も一緒に相手にしようっての? 無理しなさんな」

「フン! あんたと一緒にしないで頂戴な! こちとら女盛りの三十八よ! 二人だろうが三人だろうが、ドンと来いよ」

「なっ! ちょっとばっかり若い・・からって良い気にならないでよ!」


 たちまちのうちに四人の商売女、早い話が娼婦だが、が集まって来ると、テーブルに着いたユーリーとヨシンをそっちのけで客の取り合いとも、口喧嘩とも取れるような言い合いを始めるのだった。その様子に、恐ろしい魔獣同士の戦いを目撃しているような気持ちになったユーリーとヨシンは、言葉も無く自然と身を縮こめるようにして事の成り行きを見守るのだった。そこへ、


「ちょっとお待ち! その子達・・を最初に案内したのは、このアタシよ!」


 そんな一喝が響いた。言い合いする娼婦達はその一言で言葉を呑み込むと奥のカウンターから飲み物と食べ物を載せた盆を手に戻って来た大年増の女を見る。


「ナータ姐さん……」

「あちゃー」


 ナータ姐さんと呼ばれた大年増の娼婦の姿に、口論していた二人の娼婦は諦めたような雰囲気になると、一歩引き下がるのだ。しかし完全に諦めきった訳では無く、テーブルの周りに居ることには変わりなかった。ナータはそんな娼婦達の間を割るようにテーブルに近付くと、


「はいよ、食べ物と、飲み物。飲み物は薄めたワインで我慢しておくれ!」


 そう言いって、盆ごとテーブルにドン! と置くのだった。ユーリーとヨシンは空腹も忘れて、その盆の上と、それを置いたナータの顔を交互に見る。


「ないだい? 食べないのかい?」

「あ、いえ……」

「い、頂きます……」


 ユーリーは何故か口が渇くのを覚えつつ返事をするのだが、案の定声は張り付いた喉に引っ掛かる。隣のヨシンも似たようなものだった。取り敢えず、二人は薄めたワインが入ったカップに手を伸ばすと、グイっと一口で半分ほどを飲み干す。口が渇いた風に感じたのも、同じような二人だった。


 そして、視線をテーブルの上に移す。目の前にはカチカチに堅く塩漬けされた豚肉を賽の目に切り焼いた物、丸のまま蒸した芋と葉物野菜、そして、具の少ないスープと固そうな黒パンが夫々皿や籠に盛られていた。内容は貧相だが、量は充分という食事だ。


 ユーリーとヨシンは、夫々目の前の料理に手を付ける。一度口に入れてしまうと、塩気の効いた味付けが、一日中旅を続けた身体に染み渡るように感じられた。そして黙々と次から次へと料理に手を伸ばすのである。


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