Episode_11.05 宣教師


 同じころ、国境を越えたユーリーとヨシンはコルサス側の最初の街へ到着していた。


「すっかり遅くなったなぁ」

「ユーリーが『逃げよう』なんて言うからだろ……」

「あのねぇ、あんな数のゴブリンとオークを相手にしてたら日が暮れるよ」

「相手にしなくても、結局日が暮れたぞ」

「……矢と魔力の無駄ってことだよ!」


 デルフィル側の国境を守る兵士達によれば、夕方頃には着く、との事だった。しかし、途中でオークとゴブリンからなる野盗の集団とかち合ってしまった二人は、それらを撒くために街道を少し離れて走ったせいで、街への到着がすっかり遅くなっていた。


 そんな二人が到着したのは街道沿いの街トトマ。この先南へ進めば、海岸沿いにコルベートへ出ることが出来る。一方東へ進めば内陸のアートンを経由し山地を抜けて、海沿いのターポへ、更に東へ進めばベート国との国境に出ることが出来る街道の分岐点だ。


 地理的には二つの街道へ分岐する場所、又は二つの街道が合わさる場所、つまり要衝である。そんな立地にあるトトマの街の規模は、ユーリーとヨシンが良く知るウェスタの街と比較しても半分に満たない大きさだ。またその人口は、周辺の農村の住民を合わせても二万に達しないほどだというのは、デルフィルを出発する前に仕入れた情報だった。


 そんなトトマの街であるが、流石に街道の要衝ということもあり、日が暮れた後でも街道や大通りは人で混み合っていた。しかし、何処か沈んだ人々の様子には、デルフィルの街を覆っていたような活気は無かった。


「なんだか、景気が悪そうな感じだな。街道に野盗が出るんじゃ仕方ないのか……」

「衛兵隊は、どういうつもりなんだろう?」


 二人が街に到着した時、西側の門を守る衛兵達に冒険者鑑札を見せつつ、ユーリーはオークとゴブリンから成る野盗に遭遇したことを告げていた。しかし、街とその周囲の治安を守るはずの衛兵達の対応は淡泊なものだったのだ。何となくモヤモヤした気持ちを残しつつ言葉を交わす二人は街中を貫く街道を進む。


 日は沈んだが未だ遅い時間という訳でも無い。しかし、この手の街には良くある威勢よく物を売る露店や、酔っ払いが上げる歌声のような活気を示す人々の声はまばらだった。大勢の人間がヒッソリと声を殺して通りを足早に歩いている、そんな表現がぴったりの街という印象を受けたユーリーとヨシンだった。


「人は多いんだけどなぁ……」

「やはりデルフィルが国境を閉ざした影響かな、良く見れば……」


 そう言い掛けて、余計なトラブルを避けるようにユーリーは続く言葉を呑み込んでいた。そんな彼の視線の先には、通りを足早に行き交う人々とは別に、路地や道の端の方には難民然としたボロボロの格好をした人々が小さな集団をつくってたむろしている。そして、そんな彼等は、馬に乗った旅姿の二人に対してあまり友好的といえない視線を送っていたのだ。


「……さっさと宿を見つけて引っ込んだほうがよさそうだな」

「そうだね」


 ユーリーとヨシンは、宿屋を目指して街道を進む。そしてしばらく進んだところで、一度北側へ曲がり、もう一本の大通りを進むと、それらしい建物が数軒連なって建っている場所に差し掛かる。と同時に、道端に人だかりが出来ているのを見つけた。


(なんだろう?)


 ユーリーは好奇心に駆られて馬を寄せると、人だかりを見渡す。ざっと五十人程の若い男を中心とした人々が、その中心で何やら熱弁を振るっている男の話に聞き入っていた。男の声には張りと深みがあり、一流吟遊詩人のような美声といっても良いものだ。周囲は真っ暗という中で、閉店した店の軒先に松明を一本立てて、その乏しい明かりに照らされた男の美しい声が響き渡る。その男は神職者が着るようなローブ、しかしユーリーとヨシンには馴染みのない真っ黒な色のローブに身を包んでいる。


「天地開闢、幾星霜、この世には神々の存在があった。光翼使プルイーマが創造主の使徒としてこの事実をアーシラ帝国の皇祖に神託として与えたのが五百年前。以来五百年、人々は己の欲の赴くままに、その時々に都合の良い神を拝み頼るようになった。しかし、そのような身勝手を神が許すだろうか? 否、現にこの世は悪くなるばかり。光翼使プルイーマの加護を受けたアーシラ帝国も滅んで久しく、西も東も、見れば人は争うばかり。中原から溢れ出た争いの波は今この西の王国をも呑み込み我ら民を苛んでいる。この中で誰か、パスティナに慈悲を願った者が居るか? 私は問いたい、慈悲は有ったか? この中で誰か、マルスに勝利を願った者が居るか? 私は問いたい、勝利は有ったか? この中で誰か、ミスラに正義を願った者が居るか? 私は問いたい、正義が有ったか? 全て否! この世は既に六柱の神から見捨てられている――」


 黒いローブの男の口上は滑らかにどんどんと続いて行く。その調子は何処か人を惹き込む魔力めいた韻が籠められているようにユーリーには感じられた。


「なんだ、あれ?」

「……アフラ教、とか言うやつじゃない?」


 ヨシンも流石に声を落とした口調でユーリーに訊いてくる。対するユーリーも話でしか聞いたことが無く、実物を見るのは初めてだった。結局物珍しさでその話を聞いてしまう。


「六柱の神の御業みわざは各神殿の一握りの聖職者によって独占されている。そして、その業を行う者はそれを神の奇跡と称し、美しく飾った神殿に籠ったまま現世の辛苦を舐め尽くす我らを助けようとはしないのだ。諸君は身内に病の者があって、神の御業を頼る時、彼等に何と言われたか?」


 強い言葉を叩き付ける調子が一度止むと聴衆に問いかける間が空いた。そこに、取り囲む聴衆の中から丁度良い間合いで声が上がる。


「俺の母ちゃんが転んで骨を折った時は金貨十枚出せと言われたぞ!」

「俺の父ちゃんが病気の時は、小さな薬が一瓶金貨二枚だった!」


 そんな声に、黒いローブの男は「わかったわかった」と言わんばかりに頷くと、再び声を張り上げるのだ。


「神は金貨を必要としない。人が、神殿が金貨を必要とするのだ。我々が一生かかっても目にする事のないような大金は、六柱の神の神殿に居座る聖職者の浪費欲を満たすために使われているのだ!」

「そんなのは酷い!」

「酷い奴らだ! 地獄に墜ちろ!」


 丁度良い具合に、そんな声が彼方此方で上がる。ユーリーとしては、パスティナ救民使のような無償の奉仕を教義とする巡礼者集団も知っているため、異論を発したいところだが、止めておいた。そうこうする間にも、黒いローブの男に扇動された五十人を超す聴衆は興奮の度合いを増している。そして、何処からか少し毛色の違う声が上がるのだ。


「王家の連中もそうだ! 王子派だか王弟派だか知らないが、結局自分達の椅子取り合戦に俺達を巻き込みやがって!」

「そうだ、そうだ! 俺の妹はこの間の戦いに巻き込まれて死んじまったんだぞ!」

「俺の弟もだ!」


 いつの間にか、批判の対象が内戦を繰り広げるコルサス王家に向く。すると、神殿の聖職者を批判する時以上に、人々の荒っぽい声が上がるのだった。


「諸君らは、神殿に居る聖職者も、城にいる王弟も王子も同じだと知るべきだ! なすべきことがありながら、しかしそれをなさない! 信仰は正しき唯一の神アフラへ。そしてコルサスは民の手に返すべきなのだ!」


 拍手と歓声が沸き上がる。それは、夜更けを過ぎた暗い大通りの光景としては、一種異様な盛り上がりを見せるのである。そんな聴衆の雰囲気を一歩引いた目で見ていたユーリーとヨシンは、


「タイミングの良い合いの手だったな」

「なぁ、ああいうのをサクラって言うんだろ」

「うん、あからさまだけどね。二人ほど仕込んでたのかな?」


 珍しく皮肉めいた表情のヨシンに、ユーリーは苦笑いを浮かべる。そして、


「さぁ、行こう。お腹が空いた」

「そうだな、俺も腹ペコだ」


 と言葉を交わして馬上のまま立ち去ろうとする。その時


「貴様ら! 往来の真ん中で何をやっている! 解散しろ! 解散だ!」


 三十人程の衛兵隊風の男達が罵声と共に現れると、商店の軒下に集まっていた人々を解散させようとする。


「誰だ! 喋っていた奴は出て来い! 詰所まで来てもらうぞ!」


 衛兵隊の隊長らしき年配の兵が大声で、聴衆の中心に居たはずの黒いローブの男を探すが、


(あ、消えた?)


 ユーリーの目からも、その男は忽然と消えていたのだった。気になって周囲をキョロキョロと見回すユーリーに少し先に進んだヨシンが声を掛ける。


「おい、なにやってるんだ? 衛兵に捕まっちまうぞ」

「……ちょっと、変な事を言うなよ……」


 ユーリーはヨシンの茶化すような声に抗議すると、首を振りながら先へ進んだヨシンの後を追うように馬を進ませるのだった。背後では無理矢理解散させられた人々の文句を言う声が長く響いていた。


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