Episode_10.31 勝利の轟音
上空と地上近くの二箇所で閃光が瞬く。アズールとユーリーが具現化した光の槍が魔神へ降り注ぐ。
対する魔神は、先ほどのように直接受け止めるのではなく、闇の障壁を頭上に展開するとアズールの放った攻撃を受け止める。光が瞬き、闇が揺れる。そして、特有の低い振動音が辺りに響き渡った。その光景を見たユーリーは三本目の槍を魔神目掛けて撃ち出していた。
光の槍が闇を切り裂き地面スレスレの高度で魔神に直撃する。しかし着弾の瞬間、魔神は、鎌の形から腕の骨格の形に戻した右手で、ユーリーの放った光の槍を打ち払っていた。
ドオオオオオオンッ!
再び城郭内に激しい閃光と熱の渦が発生するが、それは先ほどユーリーが行った連続攻撃の時と比べて小規模な物だった。
「?」
ユーリーは疑問を感じるが、その答えは直ぐに分かった。魔神は光の槍を打ち払う瞬間、右手に闇の剣を生じさせていたのだ。そしてその剣で槍を
そうやって攻撃を防いだ魔神は、上空のアズールからの攻撃が止んだ隙を突いて行動に移る。次は自分の番、とばかりに巨大な闇の剣を振りかぶるとユーリー目掛けて駈け出してきたのだ。
ブウン!
五メートルある巨体が人間となんら変わらない素早さでユーリーに駆け寄る。つまり数十メートルの距離を一気に詰めると、巨大な剣を振るう。風を切り裂き迫りくる闇の刃をユーリーは上空に跳び上がって間一髪で逃れる。
そして、剣を振るった体勢の魔神の背中に、アズールの放った光の槍が突き刺さった。
ドオオオオオオンッ!
至近距離でその衝撃を受けたユーリーは上空にあっても姿勢を崩すが、墜落に至る前に体勢を整える。そこへ、
「休むな! 畳み掛けるんだ」
とアズールの指示が飛んで来た。
「分かってる!」
ユーリーはそう怒鳴り返すと、再び光の槍を念想し足元の魔神に叩き付ける。ユーリーとアズールが立て続けに放った光が地上の魔神を次々と打ち据えていく。それでも、魔神は膝を折ることなく、闇の障壁を再び展開すると攻撃を耐えている。
ユーリーは同じ場所に留まり攻撃を続けると、強烈な魔力欠乏症に陥ることを経験的に知ったので、空中を飛び回りつつ槍を放っている。しかし、アズールは無尽蔵な|魔力(マナ)がそうさせるのか、何か別の原理が働いているのか、空中の一点に留まったまま矢継早に攻撃を繰り出しているのだ。そうしながらも、
(なんてしぶといっ!)
と、アズールは魔神の頑丈さに舌を巻く気持ちになっている。眼下の魔神は|古(いにしえ)の人間が作った基準によれば中位に分類されるはずだが、それでもこれだけ強力な存在であることに驚いていた。
如何に生粋の使徒であるアズールでも、攻撃と攻撃の間に時間が空く瞬間がある。空中の一点に留まり、なるべく攻撃を途切れさせないようにしていたが、そんな隙は否応無く訪れる。そして、その隙を魔神は待っていたのだ。
もはや筆舌に尽くしがたい光と熱、それに衝撃波の
……
不意に訪れる一拍の静寂。その瞬間、魔神は両掌を上空のアズール目掛けて突き出す。そこから発生したのは、無数の闇の矢だった。「
ババババッバッバ!
一か所に留まっていたアズールにはその攻撃を躱すという選択肢は無かった。出来るのは光の障壁を展開して自分の身を守る事だけだ。この時点でアズールと魔神の攻守の立場は一転していた。
アズールや覚醒したユーリーが使う力の源はこの世界に広く遍在するエーテルだ。一方、この魔神の使う力は、彼が閉じ込められていた亜次元に滞留していた変質した
量に於いてはエーテルが圧倒的に優勢だが、その流れ出る圧に於いては魔神の使う魔力が勝っていた。そして、結果として、アズールの展開した光の障壁は削り取られていく。
「アズールさん? 大丈夫か?」
ユーリーは堪らず声を上げるが、アズールからの返事は無かった。その事に焦れたユーリーはアズールの元に飛ぼうとするが、その一瞬前に当の本人であるアズールの声が響いた。
「ユーリー、今が好機だ。核である心臓を狙え!」
「……分かった」
ユーリーは聞こえているかどうか分からない中で返事をすると、視線を地上の魔神に移す。そこには、上空へ向けて両腕を突き出した状態で途切れる事無く闇の矢を放ち続ける魔神の姿があった。
ユーリーはその胸部で、闇の波動を発し続ける心臓の存在に意識を集中すると、次いで付与魔術である「加護」を自分に掛けた。ユーリーを包む純白の光が輝きを強める。そして、魔力では無く
グゥンッ
魔力ならば自ら求めるように貪欲に吸おうとする魔剣は、しかし異質な力であるエーテルを叩き込まれて抵抗するような感覚を返してくる。
(大人しく……言う事を聞けよっ!)
ユーリーは「蒼牙」からの抵抗を跳ね除けるように、一際強くエーテルを叩き込む。すると、掌の中の剣は身悶えるように一度脈動して、次の瞬間、長大な
「……これならば!」
「蒼牙」の起こした変化に満足したユーリーは、もう一度魔神の心臓に意識を集中する。恐らく攻撃できるのはほんの一回のみだろう、と思う。失敗すれば警戒されてしまう。しかし、攻撃を耐え続けるアズールの光の障壁は明らかに輝きを弱めている。ユーリーには時間が無かった。
「一か八か……やってみるさ」
独り言を呟いたあと、ようやく白み始めた夜空に浮かんだユーリーは、明けの明星を目掛けて夜空を駆け昇る。そして、一転急降下に転じると、落下する勢いをも味方につけて急激に加速していく。
――後に人々は「明けの明星が城に落ちて、魔神を撃ち滅ぼした」と噂し合ったという――
そんな噂が
魔神は、不意を突いて突入してくる光の矢と化したユーリーに気付くと上に撃ち出していた闇の矢をユーリーに向ける。しかしユーリーは、自分目掛けて撃ち出される闇の矢を神掛かった速度を頼りに躱していく。何本かは躱しきれなかったが、長大な光の刃を纏った「蒼牙」で切り払った。そして、アッと言う間に魔神の胸元へ肉迫したユーリーは、構えた「蒼牙」を持つ手に力を籠めて、漆黒の胸骨に囲まれた心臓目掛けて飛び込んで行った。
カッ
閃光が走る。そして――
ドオオオオオンッ!
轟音が王都リムルベートの白みかかった夜空に鳴り響いた。
亡骸となったローデウス王の傍ら、王の居館の中で、ヨシンとアルヴァン、それにノヴァはその轟音を聞いた。
侯爵ガーランドと山の王国ポンペイオ王子、それに付き従う人々は第三城郭内でその轟音を聞いた。
港湾地区の消火に躍起になる哨戒騎士団、それを指揮するパーシャ副団長とハンザ元隊長は、消火のための水でずぶ濡れになりながらその音を聞いた。
そして、メオン老師の「相移転」でウェスタ侯爵家の邸宅に逃れていたリリアは、邸宅に設けられた救護所の中でその音を聞いた。周囲の人々が驚いた様子で「何事か?」と言い合っているが、リリアにはその音が、ユーリーの上げた勝利の咆哮のように聞こえたのだった。
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