Episode_10.30 使徒アズール
地面を転がりようやく止まったユーリーは、自分の左手を見る。鎌の刃先を受け止めたミスリル製の仕掛け盾は表面に抉られたような傷跡が付いているが、重傷なのはその下の腕だった。爆発の衝撃をまともに受けたユーリーの左手は、腕の内側がザックリと縦に裂けると傷口から白い骨が姿を覗かせていた。それは、ぞっとする光景だったが、みるみる内に鮮血が溢れだしてきて骨の白色を覆い隠していた。
「うわぁぁっぁぁ!」
傷が深い場合、痛みは反って感じないと聞いていたが、そんなのは嘘だ。心からそう思うユーリーは文字通り引き千切られる痛みに、左腕を抱えて悶絶する。何がどうなって、何処から攻撃されたのか? そんな状況を確認しなければ、と合理的な判断をする一方で余りの痛みに行動に移れなかった。
(し、止血を……)
何とか痛みを堪えて「|止血(ヘモスタッド)」を発動しようとするが、魔術陣の念想すらまともに出来ない激痛なのだ。
そこへ、容赦のない追撃が襲い掛かる。
魔神の四肢はユーリーが放った光の槍の連続攻撃で千切れ飛び消滅していたが、右手が変形して出来上がった闇色の鎌は爆発で吹き飛ばされたものの健在だった。そして、音も無く宙に浮かび上がったその凶器は、トドメを刺そうと魔神の心臓に近付いたユーリーに、真横から襲い掛かったのだ。
一度ユーリーを吹き飛ばした闇色の鎌はそのまま宙に留まっていたが、痛みで悶絶するユーリーに狙いを定めたかのように、再び宙を走る。
「うっぐ!」
ユーリーは「蒼牙」を地面に置いた状態で蹲るが、宙に浮いた鎌が自分目掛けて飛来する光景は視界に捉えていた。その鎌の刃は自分の首元を狙って一直線に飛んでくる。ユーリーは蹲ったまま、足の力だけでその場から飛び離れる。
ドンッ!
空を切った鎌はそのまま刃先を地面に埋め込むと再び小規模な爆発を起こす。ユーリーは残った右側の翼でその衝撃の直撃を防ぐが、体が浮き上がり跳ね飛ばされる。
(クソ……)
地面をゴロゴロと転がると止まったところで、ユーリーは悪態を吐きながら起き上がった。何度か意識を集中して「止血」か「光の槍」による攻撃を試みるが、痛みに邪魔されて集中が続かない。闇の力を伴った爆発によって生じた傷は、通常以上の痛みを引き起こすという悪質な性質を伴っていたのだ。
勿論その事を知らないユーリーは、懸命に術の発動を試みつつ逃げまわるしか
ガシャン
身軽に動けるはずの軽装板金鎧の重量でさえ、弱ったユーリーには重石だった。寝返りを打つように右側に身体を振ったが、勢いが足りずまた仰向けに戻ってしまう。地面に横たわり夜空を見上げる格好となったユーリーの視界には、宙に浮いた闇色の鎌が映る。
(もう……駄目だっ……)
一度空高く舞い上がった鎌は、落下の勢いを付けてユーリー目掛けて垂直に降りてくる。その光景にユーリーはとうとう観念すると眼を閉じかける。しかしその瞬間、視界の端、夜空の片隅で何か光る物が動くのが見えた。
視界の隅、上空遥か彼方で一度瞬いた光は、みるみる間に大きさと輝きを増す。それは、輝く一個の光球となって、落下する鎌の速度を数段上回る速さで地上に接近する。
ブワァァッ!
地上スレスレまで降下した光球はそのままの勢いでユーリー目掛けて落下する鎌の軌道に割って入る。その凄まじい速度のよって生じた衝撃波が柔らかい砂と灰に覆われた地面を巻き上げる。そして――
バキィィンッ!
金属が破断する硬質な音が、衝撃波に割って入った。
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ユーリーは仰向けに倒れたまま、巻き上がる砂と灰の向こう側で起こった出来事を見ていた。上空から高速で飛来した光球の正体は、自分そっくりの翼と光を纏った人物だった。その人物は、まるで一流の彫刻家が掘り上げた使徒を
「あっ……」
理解の範疇を越えた出来事に、ユーリーは言葉にならない驚きの声を上げるのが精一杯だった。
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「なんとか間に合った……」
アズールは一言そう言うと、眼下で横たわる者の姿をみた。それは、明らかに自分の種族の特徴であるエーテル体の翼と純白の光を纏った者だった。そして何より、驚きに目を見開いているその表情は、何処か懐かしい弟の面影があったのだ。
アズールは大きく一度羽ばたくと、ゆっくり地面に舞い降りる。そして、倒れ込んだまま、驚いた表情を貼り付かせているユーリーには聞き取れない言葉を発する。その瞬間、彼の頭上には光輝く光輪が浮かんだ。
「有るべき姿に戻れ」
それはこの世界の
「あ、アナタは?」
「アズールだ。お前の名は?」
「ユーリー……」
問いかけるユーリーに答えるアズールは、逆にユーリーの名を聞くと噛締めるように頷く。少し長めの金髪が肩で揺れる。そして、蒼く発光するような光を湛えた双眸を優しく細めるのだった。
対してユーリーは、アズールと名乗った光翼を持つ人物の存在も気になるが、それ以上にトドメを刺し損ねた魔神の様子が気になった。闇色の鎌から逃げ回る間に、胸部だけとなった魔神とは距離が離れてしまっていた。
砂と灰が舞い上がり視界は悪いが、霞んだ視界の奥から闇の波動を感じるユーリーはそちらへ走り出そうとするが、
「ユーリー、あの存在はお前一人では対処できない」
と制止するような声がアズールから掛かった。その声には、走り出したユーリーを無理矢理止める力が籠められていた。そして、足を止められたユーリーは苛立ったような声を上げる。
「だったら、あなたも手伝って!」
「勿論、そのつもりだ」
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アズールはそう答えると、夜空へ舞い上がる。一方、ユーリーは地上を走ると取り落とした「蒼牙」を拾い上げる。そして、燐光を放ち上空を飛ぶアズールを追うように地上を駆けるのだ。
やがて舞い上がった砂と灰が治まり、見通しの効く視界が戻る。そしてユーリーは前方の光景に驚いた声を上げるのだ。
「なっ!」
そこには、ユーリーの攻撃を受ける前の姿を取り戻した魔神の姿があったのだ。ある程度回復することは予想していたが、魔神の回復力はユーリーの予想を遥かに超えていた。
「チィ」
舌打ちと共にユーリーは再び光の槍を念想する。そこへ、上空からアズールの声が響いた。
「何処まで出来るか分からんが、
「わかった!」
かなり上空を飛んでいるアズールの声が明瞭に聞こえるのは不思議だったが、そこまで気を回す余裕の無いユーリーは、アズールが撃ち出すのを合図に自分も撃つことに決める。そして、念想した光の槍を具現化した。
ブゥゥン……
立ち止まり右手に剣を握った状態で左手を突き出すユーリー。その目の前に光り輝く槍が出現する。そしてほぼ同時に、上空で閃光が瞬いた。
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