Episode_10.24 対峙


 謁見の間の戦闘を終息させたユーリーやアルヴァンの一行は、謁見の間から奥へ進むと王の居館へ繋がる渡り廊下を進んでいた。ルーカルトの息の掛かった、又はメオン老師に言わせると「洗脳された」騎士や兵士が、まだ周囲に潜んでいる可能性があるため、一行は慎重に進んでいる。


 そんな中、先ほどの戦闘で、ヨシンを守るためとは言え、王族であるルーカルトを手に掛けてしまったユーリーは、少しだけ暗澹とした気持ちで一行の中程を歩いている。


「あの瞬間は、ああする他無かった」


 というのが居合わせた全員の意見だった。それはユーリーも良く分かっている事だ。しかし、


(なんだか……また・・この剣に呑まれた感じがするな……)


 と思うユーリーなのだ。道具である剣に、逆に使われているように感じるユーリーは釈然としない気持ちになっているのだ。


 そうやって渡り廊下を歩いている時、不意にユーリーは周囲の風が動くのを感じる。そして


『ユーリー?』


 耳元に、良く聞き知った少女の声が聞こえてきた。予想出来ていたため驚くことは無かったが、釈然としない心持だったユーリーはその優しい声色に救われたような気持ちになる。


「リリア! そっちは無事か?」

『大丈夫よ、今第一城門を出た所だわ。それよりも侯爵様がアルヴァン様とお話がしたいって』

「分かった。アルヴァン!」


 ユーリーは先を歩くアルヴァンに声を掛けた、その瞬間――


『きゃぁ』


 リリアの悲鳴が耳元で聞こえ、次いで一度目の衝撃波がユーリー達のいる渡り廊下の天井をも揺らすのを感じた。


「な、なんだ?」

「わからん」


 謁見の間での戦闘を生き残った騎士や兵士達が口々に言い合う。一方のユーリーは丁度呼びかけていたアルヴァンを見ると、言う。


「城門前に敵が残っていたのかもしれない」

「そうだな、さっき逃げた魔術師かもしれない」


 ユーリーの言葉にアルヴァンが答える。そこへ途中から加わったメオン老師が言葉を継いだ。


「アルヴァン様、いずれにせよローデウス王の安否を確認せねば……城門の様子は儂が見てくるので」

「僕も一緒に行くよ」


 単身で様子を見に行くというメオン老師にユーリーが言う。先程の声の途切れ方から、リリアが心配なのであった。しかし、


「お前は、アルヴァン様をお守りせねば……」

「でも……」


 メオン老師の言葉は尤もだったが、それでも納得できない様子のユーリーにヨシンが声を掛ける。


「こっちの方は俺が居るから」


 因みにヨシンは、先ほどルーカルトに斬り付けられた肩の傷が思った以上に深く、メオン老師が最強度の「止血ヘモスタッド」を掛ける必要があった。今も、失血から青白い顔色をしているが、歩く足取りはしっかりとしている。


 一方、こんな会話には割り込んでくるのが常のノヴァは、顔色を無くして立ちすくんでいた。その様子に気付いたアルヴァンが声を掛ける。


「どうした、ノヴァ? 具合でも悪いのか」

「あ……、だめ……よ。こんなのって!」


 ノヴァは、最初の衝撃を感じた時から周囲の状況を探っていた。リリアのそれに比べると探知範囲の広い「風の囁きウィンドウィスパ」は、衝撃的な光景をイメージとしてノヴァに伝えてきた。その上、最近は無口に過ごしていた相棒である、無角獣ルカンも焦ったような思念の声を伝えてきた。


(闇ノ存在ガ出タ……アレニハ勝テナイ。ノヴァハ、アルヴァンヲ連レテ逃ゲロ……レオノール様ヲ!)

「逃げるってどう言う事よ? レオノール様をどうするの?」


 突然喋り出したノヴァに周囲はギョッとするが、ノヴァはそんな事に構う余裕は無かった。


(トニカク、遠クヘ逃ゲルンダ、ソシテ、レオノール様ヲ呼ブンダ……アレハ、魔神ダ!)

「魔神?」


 聞きなれない言葉に、ノヴァがそう訊き返した瞬間、先ほどとは比べ物に成らない衝撃が渡り廊下の屋根を揺らした。そして、同時にルカンの思念は一方的に遮断されたのだった。


「ユーリー! 行くぞ、付いて来るんじゃ!」

「え? え? わ、わかった!」


 ノヴァの口から出た「魔神」という言葉、それに王宮内の最奥部まで強力な衝撃が伝わるという異常な威力の魔術、それらから異常な危急を洞察したメオン老師が鋭い声でユーリーに声を掛ける。もう役目がどうという状況では無かった。


「ノヴァさん! アルヴァンとヨシンをよろしく!」


 差し出されたメオン老師の腕に引っ掴まれながら、ユーリーはそれだけ言うと、次の瞬間にはメオン共々忽然とその場から掻き消えていたのだった。


***************************************


 城門の前に立つ魔神、その眼前には手足を引き千切られた死体や頭や腹が破裂した死体が山のように折り重なっている。それらは約百人の武装した人間であったが、特別な力を持たない彼等はこの魔神の前ではにえに過ぎなかった。


 そんな死体からは湯気のようなオーラが立ち昇っている。その光景は、この魔神にだけ見えるものだ。そして、魔神は鎌の形に変じた右手でそのオーラを掻き取るように手前に集める。そして、それを「喰う」のである。


 髑髏そのものの口から、湯気のようなオーラを取り込んだ魔神の身体に変化が生じる。漆黒の骨ばかりだった身体に薄く筋肉が纏わり付く。湯気のようなオーラとは犠牲者の魂だった。そして、魔神は死者の魂を取り込むことで、かつて忌々しい魔術師達によって亜次元へと閉じ込められる前の姿を取り戻そうとしていたのだ。但し、そのためにはもっと多くの生き物の新鮮な死骸から放たれる魂が必要だった。


 まだ足りない。そう言いたげな視線を折り重なる死体の更に奥、横倒しになった侯爵ガーランドの馬車の辺りへ向ける。そこには未だ息の有る者が残っていた。魔神の頭骨がカタリと鳴る。わらったのかもしれない。そして再び左手を頭上に掲げると、再度漆黒の投げ槍がその手の中に姿を現す。そしてそれを今度はもう少し遠く、まだ息の有る者達の場所へ投げつける。


 先程と同じく投げ付けられた漆黒の投げ槍は夜の闇を切り裂くが、その結末は同じでは無かった。白い影が第二騎士団の詰所の陰から踊り出ると、衝撃波で打ち倒された人々を庇うように立ちはだかったのだ。そして、


ブゥゥゥンン!


 魔神の放った投げ槍は、その着弾地点のかなり手前に突然現れた光の壁によって遮られた。黒ではなく白の、闇ではなく光が瞬くと、一瞬遅れてあふれ出た闇と拮抗する。そして、闇の光と衝撃波は白い光によって打ち消された。


 やがて光は始まった時と同様に突然消える。そして、その場に飛び込み、人々を守った存在の姿が明らかになった。それは全身を傷だらけにして、蹲る無角獣ルカンであった。


(少シ……無謀ダッタカ……)


 ルカンは、咄嗟の判断で魔神の攻撃に割って入っていた。以前ドルドの河原の戦闘で、敵の魔術師が放った「光矢ライトアロー」からアルヴァンを守った時のように光の障壁を展開させて、魔神の放った闇の力を受け止めたのだ。


 しかし、ルカンが自嘲気味に呟く内心が示す通り、それは無謀な行動だった。


 通常の外敵達は、その体に傷を付けることすら難しい。そんな強力な盟約持ちの一角獣であるルカンであっても、流石に闇を凝集したような攻撃を防いで無傷という訳には行かなかった。純白だったその馬体は無惨に切り裂かれ、肉が爆ぜたような傷が縦横に走る。そして、傷口からしみ出した血によって純白の馬体は赤く染まりつつあった。それでもルカンは、震える四肢に力を入れて立ち上がろうとしている。


 ルカンの行動は咄嗟のものだった。愛するノヴァを守る訳でも無ければ、憎たらしいアルヴァンを助ける訳でも無かった。理由を敢えて挙げるならば、良く見知ったウェスタ家の人間が数名、それに横倒しにされた馬車に繋がれたままの顔馴染みの馬・・・・・・が数頭、彼等が魔神の放つ攻撃の目標にされていたから。そしてそれを守りたいと思ったから、それだけであった。


 一方の魔神は、未だ髑髏そのものである顔面から表情を読み取ることは出来ないが、突然現れて邪魔をした存在に歩み寄っていく。巨大な足の骨が、地面に横たわる犠牲者の遺骸を踏み潰しながら一歩、一歩、ルカンに近付いていく。巨体に見合った歩幅で進む魔神は、あっという間にルカンの目の前に来たところで、漆黒の鎌と化した右手を振り上げると、それをルカンに叩き付ける。


ビシィィッ


 その場を動かなかった、いや動けなかったルカンは再度光の障壁を展開して、その鎌の一撃を受け止める。しかし、先ほどと比べて明らかに光量が衰えた障壁は、闇の属性を纏った鎌の一撃を受け止めると、無数の亀裂を走らせる。そして――


バリィンッ


 再び叩き付けられた鎌の一撃で、ルカンを守る障壁は砕け散っていた。そして、砕け散った障壁の奥からルカンは、再び振り上げられる鎌の刃先を見上げるのであった。生命と可能性の権化たる白い幻獣は、今まで無縁だった「死」を覚悟した。


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