Episode_10.18 塔の魔術師 Ⅰ
ユーリーに背後を任せる格好で、ヨシン、アルヴァン、ノヴァ、それにウェスタ侯爵領の正騎士と兵士達は、正面から向かってくる第一騎士団の残存騎士や兵士、それに五人の近衛騎士達に対抗していた。今やハッキリ「敵」と言って良い存在となった相手方の勢力は騎士が二十人、兵士が四十人と言ったところだ。それを迎え撃つアルヴァンの勢力はアルヴァンとヨシンを含めて騎士九人に兵士が三十人、それにノヴァを加えたものだ。
今晩の戦いで幾度と無く少数の劣勢を跳ね除けてきたアルヴァンは、その数の差を恐れていない。それは配下の騎士や兵士全てに言えることだった。
「我らウェスタの
「オウッ!」
アルヴァンの声に、騎士や兵士達が気勢を上げて応える。そして、両者は火花が飛び散るような勢いで衝突したのである。広い謁見の間に広がった戦線の中央部には騎士達が、左右の端には兵士達が位置している。その配置は、アルヴァン側もルーカルト側も同じことであった。そうなると、中央部分の騎士達の数でアルヴァン側が劣る格好になるが、
「うらぁぁ!」
中央部のど真ん中に位置していたヨシンは、第一騎士団の大隊長と思しき立派な甲冑を身に纏った騎士と対峙すると、裂ぱくの気合いと共にその懐に飛び込み愛剣「折れ丸」を右腕の付け根に突き入れる。
ガシャァ!
と、切っ先が装甲のつなぎ目を守る鎖帷子を引き千切る音を立てて、ヨシンの剣はその大隊長の右腕を殆ど切断した格好となる。
「――!」
不自然なのは、深手を負った相手の騎士が何も声を発しない事だった。冷淡な表情で己の右腕、脇から肩を貫き通したヨシンの長剣を眺めるとその剣を
ヨシンはその様子に
「うらぁ!」
ヨシンの渾身の力によって、折れ丸は敵の甲冑の留め金等を弾き飛ばしながらその刀身を脇から覗かせる。その刃は確実に脇の下を通る動脈を切断していた。敵の大隊長は無言のままその場で片膝を付く格好となる。
ヨシンの左翼側では、ノヴァが剣と盾を操り、第一騎士団の騎士相手に目覚ましい強さを見せつけていた。かつてウェスタ侯爵家筆頭騎士のデイルとやり合い、引き分けに持ち込んだ一角獣の守護者、その強さは健在で、左手のヒーターシールドを駆使して敵の攻撃を受け止め、その隙に右手の片手剣を一閃させ、確実に敵対する騎士の戦闘力を奪っていく。更には、
「風よ刃を生じよ!」
という呼び掛けと共に、最左翼で拮抗している兵士同士の戦線にも精霊術で介入する余裕を見せていた。
アルヴァンはヨシンの右側に位置するが、その彼の前には三人の味方の騎士達が壁のように立ちはだかり、向かってくる敵の騎士を相手にしていた。それでも二度三度と、それらの騎士達を迂回した敵がアルヴァンに挑み掛かることが有ったが、危なげなくこれを退けていた。ポンペイオ王子から託された「
そんなアルヴァンは、自分を守る味方の騎士のお蔭で周囲を見渡す余裕があった。
(右翼側は拮抗、中央は……ヨシンで
そう戦局を分析すると、後ろを振り返る。その瞬間、ドオンと轟音が響いて来た。丁度ユーリーが謁見の間の隅に弾き飛ばした屍喰鬼に「
(……五対一で押しているのか、流石というか何というか。とにかく終わったら右翼の援護にまわって貰おう)
顔色一つ変えずに、異形の魔物を逆に追い詰めているユーリーの姿に頼もしさと恐ろしさを同時に感じたアルヴァンは、後ろは問題無し、と決め付けると前方を見据える。
初撃であった冷気の嵐から生じた
(魔術? 何か仕掛けてくる!)
咄嗟にそう感じたアルヴァンは、しかし敵味方が入り混じった状態で使用できる魔術が思い当たらずに困惑する。この状態で味方を巻き込まずに効果を発する攻撃魔術は無いはずだった。しかし――
バァァン!
次の瞬間、謁見の間を照らす灯火の明かりを遥かに上回る光量の閃光と、空気を引き裂く衝撃音が発生した。優勢に押していた左翼の兵達の頭上に生じた閃光は、そのまま紫掛かった電光を周囲にまき散らす。その電光に撃たれた者は敵味方関係なく、硬直または痙攣しつつその場で崩れ落ちた。特に閃光の直近にいた者達は、雷撃の威力で肉が裂け、脳髄が沸き立ち、眼球が破裂 ――つまり即死していた。
一瞬の惨劇により、左翼側には立っている兵士の姿が無くなっていた。打ち倒された者達から放たれる焦げ臭い匂い、それに落雷後特有の生臭い匂いが混ざる異臭が辺りに漂うが、アルヴァンは駈け出していた。
「ノヴァ! 大丈夫か!」
アルヴァンは叫び声と共に、打ち倒された兵達の外周附近で同じように気絶しているノヴァに駆け寄る。脈を確認したり、呼吸の有無を確認するような機転が働く余裕は無かった。アルヴァンは只大声でノヴァの名を呼び身体を揺する。そこへ、
「アルヴァン! 駄目だ、逃げろ!」
というユーリーの言葉が響く。その切迫した語気に危険を悟ったアルヴァンは、咄嗟に玉座の方へ向く。そこには、掲げた右手の前に無数の炎の矢を浮かべた魔術師の姿があった。深くかぶったフードの奥の表情は読み取れないが、アルビノ特有の赤い瞳が自分を見据えていることは分かった。
「クソ!」
攻撃が自分に向けられていることは分かったが、かといって飛び退くわけにもいかなかった。愛する女性が力なく倒れているのだ、守らなければ! その一念でアルヴァンは「疾風」を構えて一歩前にでる。が――
ブォォォン
アルヴァンは、低い耳鳴りのような振動音と共に前方の視界が歪むのを感じた。それは忽然と現れた「光のドーム」であった。自分や足元のノヴァだけでなく、先ほどの雷撃の直撃は免れたが、気絶したままの兵士達も多くがそのドームの中に収まっている。そんな状況にアルヴァンは戸惑う。しかしその直後、捻じ曲がった外の景色に炎の矢が次々と着弾するのが見えた。
グワングワングワン――
広範囲に降り注いだ「
「アルヴァン様じゃな、危ないところじゃ」
唐突に背後から聞こえてきたのは明らかに老齢の男の声だった。敵意は無いが厳しい響きが籠められている。その声に振り向くと、そこにはユーリーとその隣に立つ、ひと目で老魔術師と分かる人物が立っていた。
「あ、あの……」
「詳しいことは後じゃ。ユーリー、これを使って気を失っておる連中を起こすのじゃ。その後は、右側の援護じゃ」
そう言った老魔術師は、親指二つ分の大きさの魔石をユーリーに投げ渡す。それを受け取りつつ、ユーリーは疑問をぶつけていた。
「わかった……けど、お爺ちゃんは?」
ユーリーに「お爺ちゃん」と言われる老魔術師、つまりメオン老師は、皺だらけの瞼の奥から鋭い視線を玉座へ向けている。
「儂は、そこの
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