Episode_10.19 塔の魔術師 Ⅱ


 メオン老師は、玉座の横に立つ魔術師と対峙する。その視界には右手側に逃れるように動いたルーカルトが、まだ残っている騎士や兵士達を後ろからどやし付けつつ、立派な大剣を振るっている姿が見える。


(腐っても王族じゃな……)


 吐き捨てるように内心で呟くメオンの視界では、ウェスタ侯爵の騎士や兵士達が、前線に出て来たルーカルトと対峙することを躊躇うように距離を置くのが見えた。すると、そこへアルヴァンが割って入る。そして、何事か言い放ちルーカルトと対決する状態になる。


(流石は、ガーランド様のお孫か……)


 一方、視野の左側では「魔石」の力を使い、ユーリーが出来る限りの強度と範囲で「治癒ヒーリング」の術を使っている。


(ふむ、勉強をサボっていた訳では無いのだ……)


 自己治癒力を高める正の付与術の範疇である魔術の「治癒」は習熟度が進むと「気付け」や「解毒」といった効果を持つ。ユーリーの「治癒」の術は何とかそういう水準まで習熟度を高めていたのだ。


(さて……問題はあれじゃな)


 周囲の状況を察知しつつも、メオン老師の集中力は大半が前方の黒衣の魔術師に向けられている。メオン老師の手には既に「光導の杖」が握られていて、二つの極属性光の魔術、「光矢ライトアロー」か「光蓋ライトドーム」のどちらでも直ぐに発動できる状態を保っている。その状態で、メオン老師は一歩踏み出すと玉座に向かい歩き始める。対する黒衣の導師ドレンドも、誘い出されるように歩み寄ってくる。


 ――魔術師同士の戦い――


 魔力の大小や術の習熟度が物を言う点は騎士同士の戦いに似ているが、決定的に違うのは、何度も「打ち合う」ことが出来ない点だ。魔術師として、魔術を極めんとすればするほど、堅強な肉体を養う時間を削ることになる。結果として肉体の堅牢性に劣る魔術師同士の勝負は、正に一撃必殺となる。そんな勝負の性質上、実際に仕掛けるのは最後の最後・・・・・になるのだ。

 

「お主は、随分とこの国リムルベートで悪さをしたのだろう……」

「お前のような老い耄れ魔術師が、こんな辺境にいたとはな……」


 お互いに声を張れば聞こえる距離まで接近している。周囲は剣や盾を打ち合う音が休むことなく響いているはがねの戦場だが、この二人が対峙する空間は異質な力に満たされている。


「一つ尋ねるが、二年前にこの国の片田舎に食人鬼オーガーを召喚する仕掛けをしたのはお主か?」

「……逆に訊きたいが、そのオーガーを送還して、我が同胞を殺し尽くさせたのはお前か?」


 二人の魔術師の間に冷たい空気が流れる。メオンは察知していた。対峙する魔術師の懐に強力な魔術具が二つある事を。一つは乱心の傀儡くぐつ師と異名を取った或る魔術師の遺品「扇動の小杖」もう一つは、名前は分からないが強力な闇の力を秘めた魔術具だ。


「……光導の杖、か……貴様は『正塔の魔術師』なのか?」


 ドレンドもまた、メオンの手に握られた杖の正体に目星を付けていた。しかし、メオンは慌てる訳でも無く、平然と言葉を返す。


「お主の持つ『扇動の小杖』は、昔もっと人品じんぴんの良い魔術師が持っていたと思うが……どうやって手に入れたのじゃ? 『逆塔さかとうの魔術師』よ」


 空間にわだかま魔力マナが、ギリッ、ギリッ、と軋むような音を上げる。メオンを「正塔の魔術師」とよび、ドレンドを「逆塔の魔術師」と呼ぶ。意味不明の呼称でお互いを呼び合う二人の魔術師は極限的な緊張と集中へ達していく。


 そして、先に仕掛けたのは……メオンの方だった。放った術は、メオンにすれば初歩的な「|雷撃矢(ライトニングアロー)」だ。その術を補助動作無しで発動する。対するドレンドは、メオンが先ほどアルヴァンを守るために展開した「光蓋ライトドーム」の反対属性である「闇套ダークシュラウド」を一瞬だけ発動させると、それを防ぐ。


 「光蓋」も「闇套」も簡単に発動できる術ではない。極属性である光又は闇を使った強力な防御力場術だが、発動には難しい制御が必要となる。先程メオンが発動した術は「光導の杖」の持つ力だった。そして、今ドレンドが発動した術は彼がもう一つ持つ魔術具によるものだ。しかし、


「なんじゃと! 闇属性の術をこれほど迅速に繰り出すとは……」


 メオンは、自分の術が防がれた事に驚愕したような声を上げる。そして、焦ったように立て続けに「雷撃矢」を放つ。


「何度やっても、無駄だ。老い耄れめ!」


 少しの間を開けて立て続けに同じ術を放つメオンに、余裕めいた声で答えるドレンド。雷撃矢が迫る一瞬だけ「闇套」を展開することで、それを完全に防いでいる。メオンの目にはパッパッパッと黒い壁が明滅しているように見えていた。そして、


「はぁ、はぁ……」

「どうした、撃ち止めか?」

「おのれ……」

「ならばこちらから行くぞ」


 息が上がった様子のメオンに対して、ドレンドが反撃を宣言する。狙い通りの展開・・・・・・・だが、メオンに緊張が走る。次の術が勝負だった。メオンの読みでは、次の術はドレンドが持つ魔術具に備わっている術だ。もしもそれ以外 ――例えば「削命エクスポンジ」や「吸命ライフドレイン」―― の術ならば、メオンの仕掛け・・・は失敗である。果たして――


 ドレンドの周囲に湧き上がった闇が、眼前に収束して黒い矢となる。その矢の数は合計五本。そして、次の瞬間、それらはメオン目掛けて殺到する。


バキィン、バキィン、バキィン――


 黒い光の矢は、メオンの手前数メートルという所で、虚空に浮かぶ「何か」に衝突して弾け飛んだ。結果として一本もメオンの元に届いていない。今度はドレンドが驚愕の声を上げる。


「なに!」


 黒い光が爆ぜた後に、メオンの姿は無かった。ドレンドは咄嗟に右側へ振り返る。そこには――


 「光導の杖」をドレンドに向けたメオンが立っていた。


 全てメオンの仕掛けであった、先ず相手の持つ魔術具の一つに言及せずに「気付かれていない」と思わせる。そして、連発出来る攻撃術でわざと防御される・・・。その後は、誰でも出来ることでは無いが、防がれた攻撃術を躍起になって連発して見せつつ、別の術を同時に起想、展開、発動したのだ。発動された術は「絶対アブソリュート物理障壁フィジカルバリア」。どのような術であれ、物理的な力を遮断する最強の障壁力場を展開していたのだ。


 そして結果はメオンの思惑通り、ドレンドが「トドメの一撃」として繰り出した極属性闇の投射攻撃術は強力な障壁に完全に阻まれ、一方でメオンは「相移転」を発動する余裕を得ていた。そしてドレンドの真横に「相移転」したメオンが「光導の杖」の力を発動状態でドレンドに向けているのだ。


 勝利の宣言も、投降の呼び掛けも、悔悛を促すことも無い。正に問答無用で、メオンの杖の先に光が灯る。それは瞬く間に一本の「光矢ライトアロー」になり、次の瞬間ドレンドを打ち据えた。


 しかし、ドレンドは「生」を諦めない。アルビノという脆弱な身体と業の深すぎる魂を持て余しながら、これまで長らえてきたのはひとえに「生への執着」故だった。その力が、彼に咄嗟の行動を取らせる。


「うわぁぁ!」


 咄嗟に懐から掴みだしたのは「扇動の小杖」だ。魔術具特有の耐久力で迫る光の矢を打ち払おうとしたのか、又は単なる反射的な行動だったのかは分からない。そして、


バァン!


 「扇動の小杖」の先端と光の矢がぶつかると、湿った破裂音が響く。パッと散った光輪の下で、多くの人間を惑わせた呪われた魔術具はそれを持ったドレンドの右腕と共に砕け散っていた。至近距離だったため、その爆発の余波はメオンを一瞬怯ませる。そこに生じた一瞬の隙に、片腕を失った血まみれのドレンドは、メオンがしたように「相移転」で何処かへ逃れていた。


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