Episode_10.16 三大侯爵、糾合


 ユーリー達が第一城郭の城門に潜入しているころ、ウェスタ侯爵ガーランドの元にはウーブル侯爵家、ロージアン侯爵家からの使者が訪れていた。王都の異変が顕著となってからは、ウェスタ侯爵ガーランドが先導する形で伝令や使者のやり取りをしつつ、港に上陸した敵兵の討伐と街に広がる火災の消火で連携を取っていたのだ。


 殆ど同時に訪れた二つの侯爵家の使者を迎える侯爵ガーランドは、現在邸宅の外、丁度マルグス子爵家のある辺りで大通りに簡単な陣を張っている。運び込まれる怪我人や逃げ込んでくる避難民の数が多く、広大な敷地を誇る邸宅が手狭となったためだ。そのため、手元に残っていた五十ばかりの兵の内、三十を引き連れて邸宅の外に出たという訳だった。


 一方屋敷を任された、屋敷家老のドラストは協力を申し出たマルグス子爵とその家来連中、それに屋敷に居残った従卒兵や輜重兵、更には御用聞きで出入りの多い商人とその家族まで動員して押し寄せる避難民達を捌いていた。中でも、一連の騒ぎの中で多くの住民を自分の屋敷に招き入れて一時庇護していたマルグス子爵は、避難してきた人々の注目を浴びる存在となっていた。


 ――芋子爵様――


 屋敷を外敵から守った際の戦い振りに、誰とも無しにそういう呼び名が付けられると、邸宅に避難した人々の間に瞬く間に広がって行ったのだった。その余りにも威厳の無い呼び方に騎士ドラスは苦笑いを浮かべ、家宰セバスは心当たりに赤面し、当の本人トール・マルグス子爵は……余り気にした様子は無かった。とにかく、避難してきた人々は「芋子爵様の言う事なら大人しく従おう」という雰囲気になっていたのだ。


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 一方、侯爵ガーランドの陣では、二つの侯爵家の使者が順に持ち込んだ情報を伝えている。


「申し上げます、我らウーブル侯爵領騎士団は休暇中・・・だった第一騎士団及び衛兵団を統合しつつ港湾地区に上陸した敵の掃討に乗り出しております。状況はやや・・優勢との事です」

「うむ、ご苦労。してバーナード殿が指揮を執っておられるのか?」

「いえ、あるじは現在領地に滞在しております故、バーナス様とリックリン様が陣頭指揮を執っております」

「ほう、我が大甥達は頼もしいな……河川港の方には我らが哨戒騎士の一団がおる筈だが?」

「はい、ガーランド様配下の哨戒騎士団は既に河川港側に上陸した敵の討伐を完了しており、我ら騎士団と共に港湾地区の掃討を行っております」


 河川港に上陸したパーシャ副団長率いる哨戒騎士と正騎士の混成部隊は既に、敵兵を退けていた。その上、敵が上陸に使用した最新式の三段櫂船を五隻も鹵獲していたのだ。今は、港湾地区を南下し、もう一か所の上陸地点へ追い詰める動きを取っている。侯爵ガーランドは、自家の伝令による報告とウーブル侯爵家側の情報が一致していることに満足すると、もう一人の使者を促す。


「我らのあるじナーブル様は、既に領地へ向けて出発いたしました」

「ん? どう言う事か?」


 ロージアン侯爵の使者として来た男は、王都に駐留するロージアン侯爵の騎士団を纏める壮年の騎士だった。その騎士が伝えるロージアン侯爵ナーブルの動きは少し常識から外れたものに聞こえた。しかし、思い当たる節がある侯爵ガーランドは少し眉を動かすと念のためにその意図を確認するのだ。


「は、王都に異変あれば西の国境が騒がしくなるかもしれない、との事で……西の守りを固める所存であります」

「なるほどな……流石はナーブル殿だな」


 西の国境に接しているのは、西方諸国同盟を結んだ同盟国であるオーバリオン王国だが、まだ若いルーラント王に領土的野心がどれ程残っているか分からない以上、過去長きに渡って国境紛争で頭を痛めていたロージアン侯爵家らしい動きだと言えた。


「なお、我が主からは『王都の騒動が静まるまでは、ウェスタ侯爵ガーランド閣下の指揮下に入るように』と命じられております。我らロージアン領騎士団……といっても今は騎士が二十に従卒兵が百ばかりでありますが、閣下のご指揮を賜りたく」

「あい分かった」


 侯爵ガーランドとしては、ナーブルの決定に舌を巻く想いだった。命じる方も命じる方ならば、それを受ける騎士や兵士たちも中々の者だという感想になる。


「それでは、ロージアン領の騎士団は、儂と共に王城へ出向いて貰おうかのう」

「ははぁ、仰せのままに」


 このやり取りの後、大通りに出した陣を畳んだウェスタ侯爵ガーランドとロージアン領騎士団の一行は王城へ向けて移動を開始した。やはりウェスタ侯爵の心中にあるのはローデウス王の安否である。


(歳のせいという訳でも無いだろうが……嫌な予感ばかりするわい)


 そんな内心の老侯爵は自分を乗せた馬車を急がせると、孫であるアルヴァンが向かった王城を目指すのであった。既に深夜を過ぎて一時間ほど経とうとする頃合いのことである。


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 河川港に上陸した敵兵をほぼ掃討したウェスタ侯爵領の哨戒騎士団は、港湾地区伝いに南の大型船舶用の港へ退却を続ける敵の残存兵力を追っていた。退却を続ける敵の勢力は五百前後まで数を減じているが、敵指揮官が有能なのか統率のとれた動きで後退に専念している。


 先ほどの河川港を巡る戦いでは、ハンザの無謀とも言えるような囮作戦が功を奏し、数に勝る敵を有利な状況で駆逐することに成功していた。その後は、橋頭堡と自分達の船を取り戻そうとする敵からの散発的な反撃に応戦する時間が過ぎた。しかし、各小部隊が単独で勝手に仕掛けた反撃は効果的でなく、敵側は数を減らすばかりだった。結果として、敵側は橋頭堡と船の奪還を諦めたようで、港湾地区の南に上陸した別部隊との合流を目指して南へ転進した。というのが現在の状況だった。


「これ以上放火されたり、略奪されたりするのでなければ危険を冒して殲滅しなくてもいいのではないか?」


 というのは合流した元哨戒騎士部隊隊長のハンザの意見だったが、パーシャも同意見だった。


「我々も手数が少ないという点では敵に比べて有利とは言えません。このまま南の港から海の上へ撤退してくれた方が助かる。というのが本音ですな」


 そうパーシャが語るように、本来王都の邸宅に欠員補充とノーバラプールの前線への交代要員という名目で派遣された一団は大軍勢ではない。今は周辺で統率外の自主的な防衛線を展開していた衛兵団所属の兵士達や、休暇中だった第一騎士団所属の騎士や兵達が合流しているので、数は増えている。しかし、統率のとれた敵と一戦交える時に頼りになるのは寝食を共にしてきた哨戒騎士や正騎士とその従卒兵達である。その数は元々騎士百に兵士が二百というものだったが、これまでの戦闘で騎士七十、兵士百五十という数まで消耗していた。


 元隊長と副長という間柄のハンザとパーシャがそう語っているところに、上空・・からメオン老師が降りてきた。港湾地区の倉庫や積み上がった荷物に阻まれ視界が効かない中で、前方を移動する敵の様子を見るために「浮遊レビテーション」を使って高い所から監視していたのだ。


「あ、メオン様、お手間を取らせます」

「いや、これくらいの事は何でもない……お主らの読み通り、敵は南の大型船の港を目指しているな。それで、その南の港だが、別の集団が攻めているようだが……少し苦戦しているように見えたのう」

「別の集団、ですか?」

「場所的に、恐らくウーブル侯爵家の騎士達だと思います……苦戦しているようでしたか?」


 メオン老師は自分が見た内容を語り、それにハンザが答える格好となった。メオン老師の言う苦戦している集団とは、ハンザの察した通りウーブル侯爵家の邸宅に残留していた騎士と兵士達で間違いなかった。少し前にマルグス子爵家を敵から救出した第一騎士団の中隊と合流した彼等はパーシャ達と同じように、休暇中の騎士や衛兵団の兵士達を糾合しつつ、商業地区へ侵入し放火を繰り返していた敵を南の港まで押し返していた。しかし、その場所で戦線が膠着状態となったのだ。


「どれくらい離れているのですか?」


 とは、王都に土地勘が全く無いパーシャがハンザに向けた質問だった。


「二キロほど先といったところか、な?」

「儂もそのように見えた」

「先回りして合流を防ぐというのは……」

「まず無理じゃろう……儂らも兵達も土地勘が無さすぎる」


 現在の王都リムルベートの地理に一番明るいのはハンザだが、それでも港湾地区を隅々まで知っている訳では無い。メオン老師の記憶は二十年以上昔のものなので役に立たないのは明らかだ。パーシャに至っては十数年振りに数度目の王都訪問なのだ、土地勘がある訳が無かった。


「不用意な機動を取れば、冗談ではなく迷子になったり、逆に敵側から挟撃される恐れもある。このまま粛々と敵を南に追い詰めるしかあるまい」

「そうですか……ならば、ウーブルの騎士達へ伝令を出しましょう」

「ああ、それならばうってつけの伝令兵が居る。ポラム! ポラムはいないか?」


 ハンザの声に、明らかに疲れた表情の若い兵士が進み出た。その表情は、ゲッソリを通り越して諦観の相を滲ませていたのだった。


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 「四都市連合」が誇る海兵隊の部隊長コラルドは、遭遇した敵が思いも掛けず錬度の高い騎士の集団であったことに悔しさを滲ませていた。更に、まさか自分が指揮していない船着き場を先に狙われるとは思っていなかったのだ。


(くそ、しくじったな……クソ!)


 内心で繰り返すコラルドは、その事を自分の失策だと素直に認めている。その上で、今は僅かに残った手勢を纏めて土地勘のないリムルベートの港湾地区を南へ進んでいる。


「大丈夫だ、港の造りなどどの国も同じようなものだ。もうしばらく進めばアイロの部隊と合流できる、みんな頑張れ!」


 そう部下達を鼓舞しながら、騎士達の追撃から逃れているのだった。陸上では馬の機動力に勝るものは無い。その馬が戦力の中心である騎士達に追われているのだから、コラルドは全滅も覚悟していた。しかし、その予想に反して騎士達は距離を詰めたり包囲したりする動きを見せてこなかった。まるで、自分達を南に追いやるように動いているだけに見える。


(向こうも消耗を恐れているのか? 或いは……俺達同様土地勘が無いのかもしれないな)


 そう予想したコラルドは不意に、自分の手元にせめて倍の兵力が有れば一転反撃に移るチャンスもあるかもしれない、と想像してしまう。そして、大き過ぎた兵達の消耗に歯噛みするのだった。現実としは、五百に満たない手勢では、反撃は儘ならないのだ。それに、


(……俺達の任務は、殆ど達成したんだ。後はとっとと退却するだけで良いんだ)


 炎に照らされて朦々と立ち上る煙を視野に入れて、コラルドはそう自分に言い聞かせる。そうやって迷いを捨てた優秀な現場指揮官は、兵達を叱咤しながら一路南を目指す。既に抗戦する意図は無く、ただひたすら、兵達を無事退却させることにのみ集中するのである。


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 パーシャが出した伝令とは、攻めあぐねるウーブルの騎士達へ攻め手を緩め、敵を退却へ導くように提案するものだった。コラルド率いる海兵隊を南へ追いやりつつ幾度か伝令を交わした二つの勢力は一致団結すると、港湾地区の南に広がる大型船用の港へ敵を追い込み退却を促すように仕向ける。一方で、夫々の勢力が吸収した衛兵団の兵士達を延焼が続く街の消火へ差し向けるように手配をしていた。


 一方、コラルドは南の港に上陸したアイロ率いる部隊と合流し、部隊長のアイロが戦死したことを聞かれ愕然としていた。


「滅法強い若い騎士と一騎打ちの末に……アイロ隊長は」


 そう言って涙ぐむ元アイロ隊の兵士達を束ねると速やかに退却の準備に入るコラルドであった。自分よりも幾分年下で、海兵団に入団した当時から知っているアイロを失ったことは痛恨の極みであったが、彼が可愛がった兵達は未だ千近くが健在だった。彼等を無事に家に帰すことは、コラルドが出来るアイロに対するせめてものとむらいであった。


「油を撒け、盛大に燃やせよ! 準備は良いか?」


 コラルドの号令に従い、硫黄と木炭、それに油を混ぜた可燃性の液体が港湾地区に接岸した五隻の軍船と追いすがる敵を隔てるように撒き散らされ、火が放たれる。瞬く間に可燃性の油に燃え移った炎は、まるで炎の壁のようにリムルベート側の軍勢とコラルドの軍勢を隔てる。そして、燃え盛る炎に紛れてコラルドが指揮する敗残兵達は、リムルベート側の追撃を振り切りからくも洋上へ脱出することが出来たのだった。


「……なかなか見事な引き際ですな」

「まったくだ、ああいう手合いは手強いと相場が決まっている」


 海面を滑るような勢いで遠ざかる五隻の三段櫂船を見送りつつパーシャとハンザは夫々思った事を口にしていた。朦々たる煙は辺りに立ち込め息苦しい程であるが、去って行った敵の置き土産たる火災を食い止めるという大仕事が残される格好となっていた。そこへメオン老師が進み出ると口を開く。


「儂は王宮が心配じゃ……別行動を取らせてもらうが、良いな?」


 しばらく後、ローブの上から毛皮を羽織った老魔術師は火災の炎が照らす港湾地区から忽然と姿を消していた。自分が以前養子に与えた或る魔術具 ――制御の魔石―― の痕跡を辿って空間を跳躍する「相移転」の術を使用したのだ。


 残されたパーシャとハンザは頷き合うと、自分達に出来ること ――延焼続ける街並みの消火活動―― に兵を動かし始めるのだった。


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