Episode_10.14 王宮脱出


 ポンペイオ王子と、渉外長官補佐官のチュアレ、それにリムルベート王国の宮中魔術師ゴルメスを始めとした一団は、謁見の間にほど近い会議室に立て籠もっていた。襲撃当初は室外で抗戦の動きを見せたドワーフ戦士団二十名も、今は全員が同じ室内に後退し、入口を守っている状態だ。


「無理には攻めてこないのだな……」

「まったくどういう訳か……我々も知らないのです」

「これは何かの間違いです!」


 魔術師ゴルメスの呟きとは別に、宰相や渉外長官の発する言葉は弁解めいた内容だった。もう幾度と無く繰り返したやり取りにポンペイオ王子はうんざりしつつも答える。


「分かっている、貴殿らがグルになって私を陥れるつもりなら他に遣り様が有るはずだ。わざわざ巻き込まれるドジは踏むまいよ」


 そう言うポンペイオ王子の言葉を聞き安心した様子になるリムルベートの役人達だが、あと十分もすれば再び蒸し返すだろう。そう思うポンペイオ王子は配下の戦士長に言葉を掛ける。


「外の様子はどうか?」

「はい、先ほどそちらの魔術師殿が一発お見舞い・・・・・・してからは近付いてきません」

「ふん……自国の兵士ながら情けない……」


 戦士長の答えは宮廷魔術師のゴルメスが放った「火爆矢ファイヤボルト」の事を言っている。それに対して軽く悪態を吐くゴルメスは中々豪胆な性格の持ち主だった。そんな魔術師が喧しく扉に殺到してくる兵達に投射系の範囲攻撃魔術を放ったのはつい三十分ほど前のことだ。どれだけの被害が出たか分からないが、それ以後、兵士達が部屋の扉へ殺到することは無くなっていた。


「しかし、このままずっとここに居る訳には参りませんな」

「そうだな叔父上、何とかして脱出せねば」


 ザッペーノ大使の言葉にポンペイオ王子も同意する。この場に居る宰相を始めとしたリムルベートの役人達の反応から言っても、この暴挙がリムルベート王国の総意ではないと確信しているポンペイオ王子なのだった。


「なんとか脱出し、ウェスタ侯爵の邸宅にでも逃げ込めれば……」


 ポンペイオ王子がそう言い掛けた時、不意に部屋の壁が大きな音を立てた。


ズドン、ズドン――


 隣の会議室と仕切る壁が大きな音を立てている。腹に響くような音は壁の反対側から何か重量のある物体を叩き付けている事を示したものだ。その証拠に大きな音を立てる壁には塗り込められた漆喰の表面に蜘蛛の巣状のヒビが走っている。


「何事だ?」

「む……恐らく、隣の部屋から壁を破って侵入しようとしているのでしょう」


 宰相の上げた声に宮中魔術師ゴルメスが冷静な返事をする。


「しまった……こんな壁、レンガを積んで漆喰で固めただけだ。直ぐ破られるぞ!」

「王子、このままでは部屋の外と隣の部屋から挟み撃ちにあい、逃げるどころではありません」

「ここは一か八か、討って出ましょう!」

「……止むを得んな。外に居る仲間と合流したらそのままウェスタ侯爵家まで走るんだ。いいな!」


 ザッペーノの悲鳴のような指摘に、ドワーフ戦士団の戦士長らが進言する。彼等の言い分は尤もだった。ほんの少し考えた後、ポンペイオ王子は脱出を試みることを決めた。


 その命令を受けてドワーフ戦士の一人がそっと、扉を開けて外の様子を伺う。扉の隙間から覗く謁見の間の前室は、壁や天井に焼け焦げた跡がのこっているが、兵の姿は見当たらなかった。この角度では見えないが、隣の部屋に集まっているのだろう。その戦士はそう判断すると、振り返り合図を送る。


「よし、出るぞ! 者共続け!」

「おおお!」


 ポンペイオ王子の号令に二十人のドワーフ戦士達と、何故か宰相を始めとした役人達も気勢を上げて応える。そんな彼等の集団が全員部屋を出たのとほぼ同時に、壁が打ち崩され、隣の部屋から兵士達が雪崩れ込んで来た。


****************************************


 集団の前方に十人、後方に殿しんがりとして十人のドワーフ戦士を配した一行は、謁見の間の前室を駆け抜ける。広い前室を駆け抜けた一行は、そのまま王宮の外へ続く長い廊下へ出た。廊下は真っ直ぐ続いて、突き当りを左に折れれば王宮の玄関へ繋がっている構造だ。


「我らドワーフは足が遅いのが玉に瑕じゃ!」


 ドワーフ達は全員短い足を目一杯動かして駆けている。一番高齢のザッペーノ大使は、毒づきながらも、なんとか一行に付いて行くが遅れ気味になるのは仕方なかった。


「叔父上、急がれよ!」

「も、もう、無理じゃ! 兄上によろしくお伝えを!」


 ザッペーノ大使はそう言うと、その場で立ち止まり後ろを振り返る。追手を迎え撃つつもりなのか、携行していた儀礼用の片手斧を手に握っている。その様子に渉外長官とその補佐官のチュアレが駆け寄ると、


「大使、失礼します!」


 と声を掛けて、酒樽のようなザッペーノ大使を担ぎ上げようとする。


「お、重い……宰相殿も手伝って……」

「こら、止めんか。私も山の王国の王族の端くれ。見事に散って見せるわ!」

「散られると、後々困ります! 大人しくして下さい」


 一行の後方でそんなやり取りが繰り広げられるが、前方からはもっと緊迫した声が発せられた。


「王子! 行く手を塞がれております」

「くそ……挟まれたか……」


 前方を行く戦士からの声にそちらを振り返るポンペイオ王子、その視線の先には廊下の角から姿を現したリムルベート王国の兵士の一団が映った。五十名程の兵士の中には十人程騎士の姿が混じっている。それらの兵士の中から、隊長格の騎士の号令により弓を持った兵が進み出る。彼等はポンペイオ王子の一行目掛けて何のためらいも無く弓を引き絞ると矢を射掛けようとしていた。


「いかん!」


 矢が放たれる寸前、宮中魔術師のゴルメスが声を上げる。咄嗟の対応で「縺力場エンタングルメント」の術の発動が間に合い、放たれた矢の大部分は一行の手前で勢いを失うと床に落ちる。しかし、縺れの力場をすり抜けた矢の何本かは一行の頭上目掛けて飛び込んで来て、不運な事に術を放ったばかりのゴルメスの左肩に突き立っていた。


「うぅ……」

「ゴルメス殿!」


 肩に矢を受けた魔術師はその場で蹲ると苦悶の声を上げる。命に別状はないだろうが、強い痛みは集中を乱し、魔術陣の念想を妨げる。ゴルメスはしばらく魔術の発動は無理な状態となってしまった。


 一方、前を塞ぐ兵達は、矢が効かないと分かると、今度は盾と槍を持った兵士達が弓兵の前に出て一行に近付いてきた。後方では、既に殿しんがりについたドワーフ戦士十人と、追って来た兵士達が武器を打ち合わせる音が響き始めている。しかし、王宮に入った戦士達は主力装備の槍や斧槍ハルバートを置いて来ているので、武器と言えば手斧が精々である。間合いの差から、リムルベート側の兵士の武器である槍とは相性がとても悪い物だ。あっという間に押され始める。


 前からも後ろからも攻め立てられたポンペイオ王子は、観念したような気持ちになり掛けるが、寸前の所で留まると己を奮起する。そして、


「おい! 『疾風ゲールブリンガ』を」


 部下に言うと、自らが成人の儀式で造り上げた一振りの魔剣を取り出す。


「剣は得意ではないが……せめて最後はコイツの試し切りをさせて貰うぞ!」


 そう吠えるように言いながら魔剣を頭上に振り上げる。そして、後方と同じく敵兵士と接した前方の戦士達の列に割って入ると「疾風」と名付けた剣を振るうのだった。


 ポンペイオ王子の魔剣は羽のように軽かった。重量を無視する「軽量」の魔術は持つ者にだけ作用するため、決して剣自体が軽い訳では無い。そんな魔剣「疾風」を叩き付けられた兵士はまるで藁の束を切り払ったかのように、槍の中程とそれを支える右手を切り飛ばされる。凄まじい切れ味は「鋭利」の魔術の恩恵である。そんな強力な魔剣を振るうポンペイオ王子は、眼前に突き入れられ、振り下ろされる槍をまるで麦の穂を刈るように切払って行く。


 しかし、多勢に無勢であった。槍を切り落とされた兵達は大型の円形盾を前方に押し出し、一行を押し潰そうと圧力を掛け始める。後方も相変わらず押されているようで、ポンペイオ王子達の一行はいよいよ、廊下の途中で追い詰められる。


(ここまでか……父上、申し訳ありません)


 ポンペイオ王子が心の内でそう呟いたその時、前方の廊下のさらに先から聞覚えのある少し甲高い声が聞こえてきた。その声は明らかに自分の名前を探すように呼んでいる、ポンペイオ王子にはそう聞こえたのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る