Episode_10.13 第一城郭潜入


 先頭をきって飛び出すのはヨシンである。既に強化術の恩恵を受けた彼は、抜身の「折れ丸」を片手に扉から飛び出す。彼の視界には、薄い松明の明かりの元で十人の兵達が武器を手に待ち構えている光景が映った。そう認識したと同時に、何本かの槍が彼目掛けて突き入れられた。


「――!」


 静寂場の力場術により、ヨシンの上げた気合いの咆哮はかき消される。しかし、凄まじい形相と共に、突き入れられる槍の一本を「折れ丸」でかち上げ、残り二本の穂先は板金鎧の表面を滑るに任せた青年騎士は、疾風の如き踏込で兵達の間に割って入ると先ず一人 ――槍を「折れ丸」で上方に振り払われた兵士―― の右腕を叩き斬る。そして、間髪入れずに右手側の兵を盾の上から蹴りつけた。


 その頃には、後続の騎士やドワーフ戦士も戦列に加わっていた。騎士と兵士では元から勝負にならないが、ドワーフ戦士達の戦いもまた、勇猛で巧妙なものだった。|斧槍(ハルバート)と言われる長尺の武器を持った彼等は、その先端の形状を利用し、盾を構えて防御に徹する兵から盾を引き剥がし、鋭い先端を無情に叩き込んでいた。


 そんな戦いを後列から見守るユーリーとリリアは弓を構えているが、どうやら矢を射るまでも無く戦闘は終わりそうだった。あっという間に十人の兵を倒した一行は目の前にある階段を見ると目配せしあう。そして階段を少し上ったところでリリアが全員に「静寂サイレンス」の精霊術を掛けると、再び一列になって階段を上って行くのだった。


****************************************


 城壁の上に広がる空間は、城壁を守るための防衛戦に必要不可欠なものだ。有事の際には篝火が焚かれ、矢の束や石がうず高く積まれ、兵士達がせわしなく行き来する場所なのだが、今はガランとした印象を与える。アルヴァン率いる軍勢が城門の右側に集中しているため、左側に当たるこの場所を守備していた兵達も、そちらを防衛するために移動した後だったのだ。


 階段の上り口から顔を出し、周囲を伺うリリアは既に風の精霊の囁きからこう言った状況を認識していた。念のため、周囲に敵がいない事を確認すると後ろのユーリー達に合図をする。


「大丈夫よ!」

「リリア、周りの敵は?」

「全く居ない訳じゃないわ……城門の開閉仕掛けがある部屋に十人ほど、それと別に十人の集団が反対側に居る気配がするわ」

「わかった……挟み撃ちに気を付けつつ、仕掛けのある部屋を目指そう」


 ユーリーの言葉を合図に十一人の侵入者は城壁の上を駆け抜ける。大人が三人横に並んでも余裕のある広さが、城壁の上の空間である。そこには等間隔に篝火が灯されているが、先頭を進むユーリーやヨシンが近付くと不思議な事に篝火の炎が弱くなり暗くなる。


(ん! リリアがやっているの?)


 疑問と答えを同時に思い付いたユーリーは後ろを振り返る。そこには次の篝火に視線を向けて何か口元を動かしているリリアの姿があった。炎の精霊に呼びかけて火の勢いを弱めているのだろうと察するユーリーだった。


 距離にして百メートル未満の距離を駆け抜けたユーリー達は、直ぐに目的の場所に辿り着いていた。結局、途中で発見される事が無かったのはリリアの精霊術に依るところが大きかった。


 目的の場所は石造りの部屋で、城壁と一体化している。この部屋に入らずに更に城壁の上を進むことで丁度城門の上を渡り反対側へ辿り着けるが、今の目的は扉の片方でも開く事だ。部屋の入口の扉は閉じられていて、施錠されているのかどうか分からなかった。


 先に扉に辿り着いたヨシンら騎士達が「一、二、三、で飛び込むぞ」と手で合図をしているが、リリアは思う所があってそれを制する。そしてユーリーに何事か告げるのだ。リリアの思い付きを聞いたユーリーは


(結局中に飛び込むなら、こっちの方が良いかも知れない)


 という感想と共に、扉の前に立つ。そして、おもむろに扉を勢い良くノックすると普段よりも低めの声を取り繕って声を掛ける。


「オイ! 城門の防衛を手伝ってくれ!」


 その声を受けて、部屋の中から数人が立てる物音が響いて来た。そして、


「分かった! 今行く!」


 という返事と共に勢いよく扉が開け放たれた。扉を開け放ったのは、城壁の一階で対峙した兵と同じ格好をした兵士だった。その兵士は扉を開けた瞬間、自分達兵士の装備と格好の違う、騎士の装備を身に着けた一団を目にして呆気にとられたような表情になった。そこへ、


「ゴメンよ!」


 という声と共に、ヨシンの拳が叩き付けられると先頭の兵士は鼻血を吹き出しながらその場に崩れ落ちた。


「何だ!」

「誰だおまえら!」


 その様子に慌てた室内の兵士達へ、ヨシンの横をすり抜けた騎士達が殺到していき、盾や拳骨を使って次々に打ちのめしていくのだった。


****************************************


(しかし、攻める振りというのは、いっそ攻めるよりも難しいんじゃないか?)


 そんな事を考えながらアルヴァンは兵達の指揮を執っている。厳密に言えば、より城壁に近い場所にガルスが陣取っており、そのガルス経由で指揮を執っている格好だ。幾らなんでも、


「矢盾の無い場所で、矢の届く距離にアルヴァン様を出す訳には参りません!」


 とガルスが強く反対したからこうなったのだ。結局少し離れて戦況を見ることになったアルヴァンは、お蔭で広く周囲を見渡すことが出来た。


 城壁に果敢に取り付こうと攻城梯子を掲げて接近を試みる兵達は何度も前進と後退を繰り返している。彼等の上には、城壁から矢が降り注いでいるがそれほど濃密な射撃とは言えなかった。


「城壁の上の兵もそんなに多く無いのね」

「ああ、多分城郭の中には四百人は居ない筈だ……けど」

「けど、どうしたの?」


 アルヴァンの隣で同じように戦況を観察するノヴァの声にアルヴァンが応じる。その少し含みのある言葉にノヴァは訝しそうに訊き返した。


「中には第一騎士団の騎士五十人と近衛騎士が十人……さっきみたいに頑強に抵抗されれば……」


 アルヴァンの言葉は、先ほど自分が下した命令を悔いているような響きが籠められていた。その事を読み取ったノヴァはそっと手を伸ばすと、手綱を握ったアルヴァンの左手に自分の右手を重ねる。言葉は発しない、ノヴァには掛ける言葉が無かった。だからそっとその手を強く握ることで意志を伝えるのだった。


その時、不意に周囲の風の精霊が騒ぎ出すのを感じた。


「ん、風か?」

「たぶん、リリアからね」

(アルヴァン様、ノヴァさん、聞こえる?)


 ノヴァの察した通り、耳元でリリアの声が聞こえてきた。その声は続ける。


(城門を開けるための仕掛けは確保しました。これから城門を開けます)

「よくやった、みんな無事か?」

「無事だぜアーヴ! 今度何かご馳走してくれよ!」

「なんとか大丈夫だけど、城門を開けたら、今度はこの場所が狙われる。早く下を片付けて欲しい」


 思わず無事を確認するアルヴァンの言葉に、まずヨシンの元気な声が聞こえる。そして間を置かずにユーリーの冷静な声が聞こえてきた。二人の声に無事を確認したアルヴァンは内心で胸を撫で下ろしつつ、返事をする。


「分かってる、下は任せろ……開けてくれ!」


 アルヴァンが声を発すると、重厚な第一城郭の城門の左側の門扉が低く軋む音を立てながら少しずつ内側に開き始めた。それを確認したアルヴァンは大声で全軍に号令を発する。


「城門が開くぞ! 騎士隊突入準備、兵達の半分は騎士隊に続け、残り半分は引き続き城壁上の兵を牽制しろ!」


 その命令に、アルヴァンの周囲に控えていた騎士隊が応答の気勢を上げる。やがて城門は半分ほど開いた状態となると、その間隙目指して徒歩となった騎士隊が突入を開始した。ウェスタ侯爵領の正騎士を中心としつつも、各爵家の正騎士も含まれる混成部隊だが一つの目標に向かって息の合った突進を繰り広げている。


 時間は既に真夜中を過ぎたころ、数時間ぶりに異常な方法で開かれた城門の中で待ち構えているはずの異変を思い、アルヴァンは不意に武者震いに襲われる。こんな時は、大声を上げるに限る。昔、ガルスから教えられた通りにアルヴァンは剣を抜くと大声で騎士達を叱咤するのだった。


「ローデウス陛下とポンペイオ殿下の身の安全を第一に! 逆賊共は手向かうなら容赦するな!」


 暗闇を切り裂くような号令が第一城郭の城門前に響き渡っていた。



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