Episode_10.12 開門
リリアは、彼女の中に四分の一流れるエルフの血脈のお蔭で、暗闇の中でも視界が効く。昼間のように見えることは無いが、目の前の狭い通路に固まっている十人の騎士や戦士が放つオーラ、そして周囲の石壁が微かに放つ地の精霊の燐光によって周囲の状況を察知できるのだ。
そんなリリアの視界の中、一際目を惹くのは一行の先頭に立つ青年、ユーリーの発するオーラだった。良く見知った光であり、愛する男性のもので有る事を差し引いても、それだけで周囲を照らしているような錯覚を覚えるほど光が強い。その光の持ち主が、暗闇の中、視界が効かないながらに自分の居場所を見据えるような視線を送っている。その表情が少し怒っているようにも、戸惑っているようにも見えるリリアは、少しだけ後悔の念を覚える。しかし、彼女の決意は揺るがない。
「私、暗闇でも見えるし、潜入はお手のものよ。ちょっと通してください」
その声に暗闇の中で全く視界が効かないヨシンを始めとした騎士や戦士達が片方の壁に寄る。しかし、ユーリーは最後までその場を動こうとしなかった。
「ユーリー……通して」
「リリア、危ないま……」
「危ない真似をしないで」とユーリーが言い掛けるが、その唇をリリアは人差し指で塞ぐ。ユーリーの言葉は、自分の身を案じて真心から発せられたものだということが分かるリリアは、しかしその優しい言葉を聞きたくなかった。心配されていると、心が、決意が揺らぎそうになるからだ。
つり合いが取れないとか、足手纏いになりたくないとか、そんな後ろ向きの気持ちがもたらす葛藤によって、本当に「やりたい事」から自分を遠ざけることはもう止めたのだ。そう決心した今の彼女は単純だった。
(ユーリーの近くに居て、自分にしか出来ないことで力になりたい)
そんな決意を固めた彼女は、唇に指を押し当てられて戸惑っているユーリーに一言、
「私はあの暗殺者ジムの娘よ……見くびらないで頂戴」
と言うのだった。
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「暗視」の力を持つリリアに先導された一行は、扉を抜けると城壁の基礎部分に出た。石組の小部屋といった様子だとリリアは伝えて来るが、ユーリーを始めとする十人の騎士や戦士達には全くの闇が広がっているだけだった。結局行動が儘ならないため、先頭のリリアの腰の辺りをユーリーが掴み、そのユーリーの背中をヨシンが、と言った風でムカデのように連なって移動しているのだ。
「ここから上りの階段よ」
そう告げるリリアの声に従い、慎重に石の階段を上る。十段も進んだところで、先頭のリリアが立ち止まると少し緊張した風に小声で扉の向こうの状況を伝えてきた。
「精霊の働きが弱いから、良く分からないけど……扉の向こうに十人程気配がするわ」
その言葉に、城壁の構造を簡単に説明されていたユーリーが答える。
「この先は城壁の一階部分、門の左側になっている」
「城門を開ける仕掛けは、確か城壁の上にあるのよね?」
「そうだね、出た所から長い階段が城壁の上に続いているはずだから、まずはそれを上りって城門の上を目指そう」
ユーリーの言葉を後ろで聞いていたヨシンが言う
「ユーリー、どうする? 派手に戦闘を始めると人が集まって来るぞ」
「うん、部屋を出た瞬間『
ユーリーはそこで言いよどむ。静寂場の力場魔術は部屋等の限られた空間ならば問題無いが、これから先の移動する経路全てに掛けるのは無理があったのだ。そこへリリアが口を挟む。
「静寂場って、あの音が聞こえなくなる術でしょ? 私も似たような術が使えるから、風の精霊に頼んで此方が出す音を伝わりにくくする術よ」
「そうか、じゃぁ城壁内を移動する時はリリアの術で頼むよ」
「任せてね!」
ユーリーの言葉にリリアは小声ながら弾んだような返事を返してくる。役に立つことが嬉しいのだろう。一方ユーリーは、
(リリアが使える精霊術の種類……一度真面目に聞いておくべきだった)
と少し後悔するような気持ちになるのだった。しかし、直ぐ後ろから掛かった言葉が、現実を告げる。
「とにかく、そう言う事で。早くしよう」
ヨシンの言葉は彼の後ろに続く騎士やドワーフ戦士達の言葉の代弁だった。彼の言葉通り、それほど|ゆっくり(・・・・)している時間は無いのだった。
「わかった、手始めに『
ユーリーの言葉に全員が頷いたのが、気配となって暗闇に伝わっていた。
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外周の長さ約八百メートル、高さ十二メートルの分厚い城壁の内部は二層構造になっている。一階部、と言うよりも城壁の基部は内部に通路を持っていて防衛に当たる兵が行き来できるような構造をしている。そして、幾つかの場所に城壁上に続く長い階段があるのだ。
城門は一か所、東側を向いており頑丈な樫の母材に鉄板を貼りつけた物だ。第二城郭の城門と違い、観音開きに押し開く扉だが、扉の重量がかなり重いため、通常の開閉作業にも巻き上げ機と重石と用いた仕掛けが使われている。
今ユーリー達が目指すのは、この城門を開閉する仕掛けの一つで、向かって左側の扉を操作するものだった。それを助けるため、外から城壁を攻略しようとしているアルヴァン率いる騎士や兵達は、右側の城門と城壁へ敵の注意を向けるための攻撃を行っている。
この城壁の守備には最低でも八百人の兵士が必要だと言われている。しかし、現在第一城郭内に立て籠もっているのは兵士と騎士を含めて多く見積もっても四百前後の数で、その内城壁の上にいる兵は百前後という数だった。そのため、少数のユーリー達が潜入して行動を起こすだけの隙が生じていたのだ。
そして、ユーリー達が潜む場所は城門の左側、直ぐ近くに城壁へ続く階段がある場所だ。城壁内部を貫く通路から、階段下の踊り場として比較的広い空間が部屋のようになっている。この場所にはリリアの読み通り十人の兵士が警戒に当たっていたが、彼等はわき目も振らずに目の前の扉を見詰めている。常人のそれとは違う、一種異様な集中力で無駄口も叩かずにそうしているのだ。と、そのとき不意に彼等が注目している扉が開いた。
バタン!
やや乱暴に開かれた扉の音は、少し離れた場所で行われている戦闘の音に紛れて大きくは響かない。そして次の瞬間、階段の踊り場に奇妙な静寂が訪れた。通常の神経の持ち主ならば、突然無音の世界に放り込まれれば動揺するのが普通の反応だ。しかし、この場にいた兵士達はその事に対して驚いた風な様子は見せずに、夫々が持っている槍と盾を構える。
一方、開け放たれた扉からは、矢のような勢いで大柄な青年騎士を先頭に騎士やドワーフの戦士達が飛び出してきた。そして、彼等侵入者と兵達の間でたちまち戦闘が発生した。
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