Episode_10.10 遺恨の決着


 突き入れられた切っ先を上の方へ逸らせて防御するデイル。相対する敵となったジェネスの動きは常人のそれを遥かに凌駕して鋭い。その上、一撃には充分に力が籠められているのだ。


 その一撃を防御したデイルは素早く攻撃に転じる。相手の突きを防御した動作から、流れるように斬り返しに転じて、ジェネスの肩口を狙うデイルの一撃。対するジェネスは、この一撃を片手剣で受け止める。華奢な見た目に反して魔術で強化された剣はびくともせずに、デイルの持つ業物の大剣を受け止めていた。両手で剣を持つデイルと片手で持つジェネス、二人は鍔迫り合いに入るが、力は互角だった。


(剣の腕が立つ上に、魔術とは厄介な!)


 デイルは内心で吠えると、渾身の力を振り絞って相手を突き放すと同時に蹴りを放つ。


ガンッ


 デイルの鉄靴のつま先がジェネスの胸甲に叩き込まれ、ハンマーで鉄を叩いたような音が響く。ジェネスは今の攻撃で姿勢を崩し掛けるが、何とか持ち堪えると、その隙に付け込もうとするデイルを牽制するために横薙ぎに剣を一閃させる。


 デイルは、その一撃を前に出かかった足を止めることで紙一重で躱していたが、追撃の機会を失っていた。ジェネスはそのまま後ろへ少し下がると間合いを取る。両者の間合いは三歩分ほど離れていた。


「押し包んで捕えよ!」


 対峙する二人の騎士が作った時間の余白、その刹那に歩兵の隊長の誰かだと思われる声が響く。そして五名の兵士が左右からジェネスに飛び掛かるが――


「やめ……」


 咄嗟に制止させようとするデイルの言葉が終わる前に、右から飛び掛かった三人の兵士が吹き飛ばされ、左から迫った二人の兵士はアッと言う間に斬り倒されていた。右の三人には「魔力衝マナインパクト」を、左の二人は剣で、夫々羽虫を払い除けるかの如く造作なく斬り倒していたジェネスであった。


「手を出さないほうが良い! 王子をお守りしろ!」


 デイルは兵達にそう言うと、今度は自分から間合いを詰めていく。力強い踏み切りから、一瞬で二歩分の距離を跳ぶように詰めると渾身の大剣を上段から叩き付ける。必殺の威力ではあるが、この攻撃で勝負が決まるとは思っていないデイルだった。果たしてその通り、ジェネスはその一撃を自分の右側へ受け流すと、空いた左手で複雑な動作をする。


(頭は狂っても魔術は使えるのか!)


 肉迫した状態のデイルはその動作を見逃さなかった。対魔術剣士の戦いは他人よりも優れていると自負がある。何故なら、邸宅にいる間は毎日毎日、訓練馬鹿ユーリーとヨシンにつき合わさせられているのである。その内の一人、ユーリーの方は間違いなく魔術剣士として成長を遂げている。稽古ながら常に本気で向かってくる若者の相手をする内に、デイルもまた磨かれているのだ。


(何を撃つ? 魔力衝か? 魔力矢か?)


 流石のデイルでも、敵の左手の動作から繰り出す術を読み取ることまでは出来ない。タダ、何か仕掛けようとしている事が分かればそれで充分なのだ。何故なら、剣と魔術の両方を使う剣士は、攻撃手段を魔術に切り替えた時、手に持っている剣に対する注意が希薄になる、という癖を見抜いていたからだ。デイルは次の一撃に備え、相手の右に流れる上体はそのままに、左足を一歩前に踏み出し踏ん張りを付ける。


(右手がお留守なんだよ!)


 デイルは、左手から繰り出される何等かの魔術を意識から外している。何を撃ち込まれようと、即死するほどの術は放てない、そう肚を括った上での大胆な決意だった。そして意識を敵の右手に持たれた剣に集中していた。


 その瞬間、ジェネスの左手に不可視の魔力が纏わり付く。ジェネスは一撃を受け流されて、右側に上体が泳いでいるように見える・・・・・・デイルへ向けてその左手を突き出した。「魔力衝マナインパクト」は初歩の術でありながら、発動手順が短く簡単で、至近距離の相手に打撃を与えることが出来る。その術を叩き付けるつもりなのだ、そして――


ドンッ!

ガキンッ!


 魔力の塊が人を叩く鈍い音と、剣が打ち付けられる鋭い音と火花が交差すると……その後には、魔力衝の一撃を喰らい蹲るデイルと、剣を持つ右手の甲を|手甲(ガントレット)ごと砕かれたジェネスの姿があった。


 デイルは朦朧とする意識を、頭を振って明確にすると、直ぐにジェネスに向き直る。一方のジェネスは、砕かれた右手を抱きかかえるように蹲っている。足元には取り落とした片手剣ロングソードが転がっていた。


「……勝負有だ。大人しくしろ、ジェネス……」


****************************************


 リムルベート王国軍の本陣を急襲したフロンド提督は、敵の士気の高さに驚いていた。大抵の場合は本陣を急襲されれば退却しようとするものだが、リムルベート王国軍はその場に留まり、前線の布陣も変えることなくフロンド率いる陸戦部隊を迎え撃ったのだ。


「これほど手強いとはな……」


 すでに、千二百いた陸戦部隊の数は半分にまで減っている。一方で敵も相当消耗しているが、それに反して勢いはそれほど弱まったように感じられなかった。


(そろそろ、引き際か?)


 そう考え始める彼の耳に、前方の敵が叫ぶ声が聞こえてきた。


「アレを見ろ! ノーバラプールから合図の炎が上がっているぞ!」

「住人の蜂起が成功したんだ!」


 敵の騎士達が中心となって、そう叫んでいる。フロンドもその声の示す「合図の炎」らしきものを見ることができた。


(策を巡らせていたのは、我々だけでは無い。ということか……)


 考えてみれば当然の話だった。策が有るから、敵は後退せず踏み止まって戦ったのだ。そう思ったフロンドは退却の意志を固めていた。


「作戦終了だ。引き上げるぞ!」


 フロンド提督としては苦渋の決断だが、これ以上兵力を消耗すると退却自体が困難となる。この辺りが引き際だった。


***************************************


 円形陣を組みガーディス王子を守った第二騎士団第三大隊の中心部では、乱心した近衛騎士隊長ジェネスが拘束されていた。その一方で自分達を急襲した敵の攻勢が弱まっていくことも感じられていた。


「ガーディス王子、敵兵が退却していきます! 追撃しますか?」

「そうか……なんとか持ったな。追撃の必要は無いだろうが、後方監視に兵を割く必要はあるな」


 兵に支えられながらガーディス王子に報告するブラハリーは、右腕に添え木をして白い包帯を巻いている。


「それより、ブラハリー。お前は大丈夫なのか?」

「この歳で骨折は、治るのに時間が掛かりそうですが……まぁ大丈夫です。それよりもノーバラプールへ進撃するべきと思いますが」

「そうだな、前線の戦いも終息したようだ。こちらから攻勢にでるぞ! 伝令」


 ガーディス王子の声に応じて伝令兵が駆け寄ってくる。


「今すぐ東に待機している攻城兵器部隊へ『攻撃開始』と伝えよ!」


 それから約一時間後、戦いによる被害状況を確認したリムルベート王国軍は、負傷兵と後方監視の部隊を本陣に残すと、約三千の軍勢となって南下を開始した。既に時刻は真夜中を過ぎた頃のことだった。


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