Episode_10.09 ノーバラプールの蜂起
静まり返った夜の街、普段は申し訳程度の巡回をしている傭兵達の姿さえ、今晩は見られなかった。ここはノーバラプールの街中である。街を南北に分ける大きな運河の南側は通称「南街」と言われている。雑多な商店が立ち並び、蜘蛛の巣のように張り巡らされた水路にせり出すようにして貧しい人々が暮らす掘っ建て小屋が軒を連ねている。
そんな南街の各地に散らばった倉庫や大き目の建物、それらの中には今晩という夜を待ち侘びた人々が集まっていた。それらの中で中心的な役割を担う者達が集まる場所が「フジツボ亭」であった。
外面上は「閉店」している店は、小さい窓は黒い布で目張りしてあり中の明かりが外に漏れることは無かった。そんな店内には、下の階の倉庫から運び上げられた武器類が所せましと並べられている。弱いランプの明かりの下で鋼の刀身を持つ槍や剣がその炎を反射させている。
デルフィルからインバフィルを経由して密輸された武器は、これが全てでは無かった。今日の昼過ぎから夕方にかけて水路を利用して各地にある「集合場所」に分配されていたのだ。今この店にある分は、これから、この店に集まって来るはずの「市民」のための武器だった。
「オヤジ、本当にありがとうな!」
「ふん、別にお前らのためにやったんじゃない。このままだと商売にならないからな、それだけだ」
「飛竜の尻尾団」のリーダーであるジェロの言葉にフジツボ亭のオヤジはぶっきら棒に返事をする。そんな二人以外にも店の中には、リコット、タリル、イデンといったジェロの仲間の他に、主だった街の住人の代表が居合わせている。
「ジェロ、そろそろ時間だと思うぞ」
リコットが言う。彼の言う時間とは、今回の
「そうだな。念のため確認だが、運河に掛かる橋に一番近いのはフジツボ亭にいる俺達だ。橋を渡った『北街』の橋詰には警備の詰所がある。普段通りなら二十人位の傭兵が詰めているはずだ。まずはこれを叩く、いいな?」
ジェロの言葉にリコットを始めとした「飛竜の尻尾団」の面々と住人の代表者達が頷いた。
「その後は、幾つかある詰所を襲いつつ最終的には北の居城を包囲。合図となる篝火を盛大に燃やすんだ……北の平野に展開している王国軍と連携が取れなかったら、今回の件は失敗だ。多少無理をしてでも合図の炎は盛大にやってくれ」
「分かってるって」
「大丈夫、大丈夫」
ジェロの念押しに、リコットとタリルが応じる。合図の篝火はこの二人の担当だった。
「ヨシ! じゃぁ始めよう、セガーロのおっさんもこっちが動くのを待っているはずだ」
フジツボ亭の扉が開かれる。夜の闇の下、店の前には二百人近い男達が集まっている。気合い漲る雰囲気を醸しているが、声高に喋る者は誰も居ない。大声を出して暴れ回るのはもう少し先の話なのだった。
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「しっかしよー、本当にシケタ街だよな」
運河に掛かる橋の北側に位置する警備の詰所では、この夜も二十人の傭兵達が詰めていた。南街の巡回をしなければならない時間だったが、だれも腰を上げようとせず、意味の無い会話や、カードを使った賭け事に興じているだけだった。
しきりにぼやく傭兵は未だ二十代前半の年頃だ。それに対してやや年配の、別の傭兵が答える。
「まぁ良いじゃないか、無駄金を使う必要が無いんだ」
「チッ、なんだよ、所帯じみたこと言いやがって」
「酒も女も覚えたばかりの若造には、この街は少しツマランかもしれんなぁ」
そう言い合うやり取りに、周囲の者達が笑い声を上げる。傭兵だからと言って常に殺伐としている訳では無い。寧ろ独特の仲間意識を持っているのだ。
「考えようによっては、楽な仕事だぜ。なーんにもしなくても金が貰えるんだ」
「だから、その『なーんにもしない』ってのが退屈過ぎて死んじまうぜ」
「違いないや」
カードの賭け事をしている面々からそんな声が上がる。確かに彼等傭兵は、戦場で最前線に立つことを求められるのが常だ。そんな彼等に治安維持をやらせているのはノーバラプールの「市民政府」が既に住人達の協力を得られないほど、人心が離れている証拠でもあった。
しかし、「市民政府」を取り巻く事情など、どうでも良い傭兵達は今晩もダラダラと過ごし、明け方に酒を喰らって寝てしまう事しか考えていなかった。そんな彼等の中で、詰所の外を見ていた数人が同時に声を上げた。
「あれ、なんだ?」
「おい、凄い大人数がこっちへ来るぞ!」
「何だと!」
詰所の窓から橋を見る数名の声、それに反応した傭兵達は詰所の外にでる。そこへ、
ヒュン、ヒュン――
突然無数の石が雨のように降り注いだ。窓から飛び込んで来た握り拳大の石に打たれて昏倒する者、丁度詰所の外に出た瞬間、頭に石を受けて悲鳴も上げずに倒れ込む者、油断しきっていた傭兵達の被害は大きかった。
「ぼ、暴動じゃねーか?」
「なんだと!」
そう言い合う間にも、橋を渡り切った人々が詰所を包囲していた。そして詰所の外から大声が響いて来た。
「傭兵ども! 武器を捨てて投降しろ、大人しく従えば命は取らない!」
嫌も応も無かった、士気という言葉とは縁遠い彼等である。投降に反対するものはいなかった。
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「順調だな!」
「ああ、西の街道側の詰所も投降した。残っているのは商工ギルドの建物と港の方の詰所だけだ」
ジェロの言葉に、途中で合流したセガーロが応じる。すでに「北街」に点在していた傭兵の詰所は殆ど武装解除、投降していた。大人数で取り囲んでしまえば、反撃をしてくるような根性のある傭兵は一人もいなかったのだ。
「投降した傭兵は何人だ?」
「怪我した奴も含めれば二百人程だな」
「じゃぁ、城に残ってるのは……二百から三百の間か」
そう会話を交わす二人の横では、明らかに傭兵では無い者達が上等な夜着の上から縄を掛けられて、イデンによって連行されている。縄によって数珠つなぎに拘束された「市民政府」の要人たちだった。彼等はノーバラプールが解放されれば、リムルベート王国の法によって裁かれるだろう。そんな事を考えつつ、ジェロの視線は連行されていく太った男を追うが、そんな彼にセガーロが声を掛けてきた。
「ジェロ、合図の方はどうなっている?」
「あ、ああ。大丈夫だ、リコットとタリルがやっている。あの二人なら上手くやるさ」
そう言うと、ジェロは蜂起した住人達に向かって言う。
「みんな! 『市民政府』は残り僅かだ、もう隠す必要は無い! 松明に火を付けろ」
その声に、歓声とも怒声とも取れないような声が上がると、彼方此方で松明に火がともされる。松明の炎で照らされた住人達の数はざっと千を超える数に膨らんでいたのだった。
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北街の中央部で蜂起した人々が松明に明かりを灯し、自分達の存在を明らかにした頃、リコットとタリルは、港の北端にある灯台へ潜入していた。潜入といっても傭兵達が警備している様子もない灯台だ。自称
「なぁ、リコット。俺は頭脳労働担当のつもりなんだけど。ハァハァ」
「ごちゃごちゃ言うなよタリル……俺だって力仕事向きじゃないんだぞ」
二人は、高さ二十メートルはある石造りの灯台の内部にある螺旋階段を上っている。息を切らしながら文句を言っているタリルは背中に大きな木樽を背負っている。中に入っているのは、可燃性の油だった。一方のリコットは背中に大量の薪を担いでいる。二人は灯台の最上部で北の平野に展開する王国軍に向けた「合図」を行うために重い荷物を運んでいるのだった。
「はぁはぁ、もう少しだな」
「ああ、でもな……」
「なんだよ、リコット」
「今更で悪いんだが……お前の『
「……」
「……」
「あーっ! 今頃言うよ!」
後十段も階段を登れば頂上というタイミングでの出来事だった。息が合っているのか、チグハグなのか、良く分からない二人であった。タリルは文句を言う気力を無くしたように無言で先を歩くリコットを急かす。リコットも、それ以上何も言わずに階段を上り切ると鉄製の扉を押し開けて灯台の頂上へ出た。
「あ!」
「次は何だよ?」
「おい……アレ」
リコットに続いて外に顔をだしたタリルはリコットが指し示す方角 ――王都リムルベートの方角―― を見て絶句する。距離的に、ノーバラプールの街中からは対岸のリムルベートを見ることが出来なかったが、見晴の良い灯台の上は別だった。
「……燃えてる……のか?」
「た、多分」
その言葉が示すように、対岸の都は炎と煙に包まれて鈍い朱色に染まっていた。
「……い、今は、俺達のやるべきことに集中しよう……」
「そうだな……」
王都にいる知り合い達の安否が心配だが、この光景が広まると折角蜂起した住人の動きに水を差しかねないと感じた二人は、黙々と自分達の役割を果たすことに集中するのだった。
そしてしばらく後、ノーバラプールの北の灯台には赤々とした炎が立ち上がり、反射板の役割をする凹面の金属板は海とは逆の北側の平野に向けられる。後は、北の平野に展開する王国軍が呼応するのを待つのみであった。
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