Episode_10.05 哨戒騎士団、参戦!
パーシャ率いるウェスタ侯爵の騎士達は、海岸沿いを通る街道沿いに河川港を目指して南下していた。進む街道はこのままコンラーク伯爵領へ繋がる大きな街道で、進軍する彼等は道幅一杯になって進む。ちょうど槍と盾を持った歩兵が三十人三列、その後ろを弓兵が三十人三列と言った具合だ。一方、騎兵たる騎士は哨戒騎士が街道の海側、正騎士が街側を二列縦隊になり歩兵の隊列を挟むように進行している。
そうやって街道を南下する一行は、すぐに居住地区の端、つまり王都の端とも言える粗末な家が立ち並ぶ地域に差し掛かる。ここまでの短い距離の移動でも、火事と敵兵の襲撃を逃れて避難してくる人々と遭遇していた。最初は数人から十人程度の集団が街道を北へ向かって逃れてくる状態で、その度に数名の騎士が隊列を離れてそれらの人々から事情を聞きパーシャへ伝えるという状態だった。しかし直ぐに避難する人々の数が増えていき、ウェスタ侯爵家の騎士達は隊列を保つことが出来なくなっていた。
「隊列変更だ、騎士を先頭に五列縦隊だ! 端に寄るんだ、人々の邪魔になる」
「歩兵は変わらず槍隊が前、弓が後ろだ」
そんな号令を掛けるのは哨戒騎士の部隊長達だ。しかし、その声に割り込むように避難してきた人々から声が掛かる。
「早く追い返してください!」
「家が燃えてしまうわ、火事を何とかして!」
「やっと来てくれた!」
「いったいどうなってるんだ!」
「今頃になって、お出ましかよ!」
「早く何とかしろー」
着の身着のままで家を焼き出され、又は襲撃者の白刃を避けて逃げてきた人々から掛けられる言葉は、歓迎の声援が半分、残りは語調の厳しい罵声である。衛兵団も第一騎士団も充分な防衛行動が取れていないことは、ここに来るまでの避難民からの聞き取りで把握していたパーシャは、人々に向かって大声で応じる。
「我らはウェスタ侯爵領の哨戒騎士団だ! 我々が来たからにはもう大丈夫だ、しばし街を離れていろ。敵を追い払い、火を消し止めたら呼びに行ってやる!」
馬に跨り騎士の甲冑を身に着け、大剣を佩いた髭面の偉丈夫が大音声で言うのである。その自信満々な様子に、不満を口にしていた人々の言葉は次第に声援へと変わっていくのだった。パーシャは声援を送ってくる人々に対して、手振りで「早く避難を」と促すと隊列に戻ろうとする。その時――
「パーシャさん! 前方に敵です。避難民を襲っています!」
と叫ぶような声が上がった。その声は前列の若い哨戒騎士のものだった。避難民とやり取りをしていたパーシャの位置は隊列の中程まで後退していたが慌てて馬を走らせる。そして、走らせつつも大声で指示を飛ばすパーシャなのだ。
「騎士隊前列、突入だ! 避難民と敵の間に割って入り盾となれ! 後続は敵を叩け! 歩兵は遅れず付いて来い。行くぞ!」
割れ鐘のような号令に弾かれるように、隊列の前方に位置していた哨戒騎士達が飛び出す。続いて同系色の甲冑ながらより重厚な装備をした若い正騎士達がその後ろに続くのだ。パーシャはそれらの騎士の最後尾に付けると、馬を走らせつつも前方を睨む。
パーシャの視線の先には、揺れ立つ炎に照らされた人々と、それを追い立てるように振るわれる鋼の武器が炎を反射して鈍く赤く光るのが見えた。
(数は……五十前後か!)
敵の勢力を目算しつつも、無意識にパーシャの瞳は避難民を襲う集団の先頭に注目する。「我が手よ届け!」とばかりに伸ばす彼の右手には既に重厚な大剣が握られている。嘗て先陣を切って敵に飛び込んだ彼の目前には、
「突っ込めぇ!」
その一言が合図だった。避難する人々を斬り付け追い立てる敵の集団に、先陣となった哨戒騎士達の集団が割って入り壁を作る。そして、生まれついてから騎士となるべく育てられた正騎士達が己の力量を試すが如く、飢えた獣の如く、敵集団の横腹に容赦なく突撃を敢行したのだ。
長らく戦乱から遠ざかっていた王都リムルベート。西方辺境随一の大都市は夜の帳の下で炎と共に
正騎士による突撃、それは、本来同等の戦力である敵対する騎士に向けられる最強の攻撃である。そして、それは同時に「正々堂々」と戦うこと、卑怯や
彼等は各自がその大小を問わず所領地、つまり
納税の管理や民衆の統治ならば役人でも出来る。彼等正騎士の存在意義はやはり戦場にあるのだ。そのため、幼い頃から剣を握り槍を振るい馬に乗って己を鍛えてきた。いつの日か訪れる「その日」のために準備をすることが正騎士の人生なのだ。
一方、ウェスタ侯爵領内の制度である哨戒騎士は立場が違う。身分として本来の騎士ではない。例えるならば、第一騎士団の一般的な騎士に近い身分、つまり自身の代に限って認められた当代騎士と呼ばれる立場だ。
幼い頃からの研鑽は無い。その代わり、多くの兵の中から選抜されたという矜持と「民を守る者」としての強い自己認識がある。自分達こそが民を守る鎧であり盾なのだと思い極めている。そしてその民とは、自分達と同じ身分の人々、つまり自らの父母、兄弟、恋人に友人、そして子供達なのだ。
今目の前で、そんな民が危急に面している。「ならばどうする?」問わずとも自然と答えは決まっている。敵と民の間に我が身を盾として差し込む。我が身の事は次として、先ず民を守る、それが哨戒騎士の本分なのだ。
出自と重きを置くものに違いはあるが、同じ活躍の場を与えられた騎士達に夫々の本分に応じた命令が下った。目の前の敵は、無辜の民を傷つけんと剣を振るっている。やるべきことは単純だ。馬を駆って敵をなぎ倒し、剣で、槍で、敵を殺し尽くす。パーシャの発した命令は、各自が
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隊列の前列に位置していた哨戒騎士達五十騎が敵の集団五十の兵に対して、逃げ惑う人々との間を遮るように突入する。
「なんだ!?」
「おい、なんで騎士がでてくるんだ?」
動揺した声が敵の兵達から上がるが、それらの声は次の瞬間悲鳴と化した。敵集団の横腹に正騎士達が突入したのだ。勢いを付けた騎馬の突入により五十の敵兵はあっという間に踏み潰され、跳ね飛ばされていた。突入した正騎士の内、実際に武器を振るったものは殆どいなかったほどである。そして、打ち倒された敵兵の多くは敢えてトドメを刺す必要が無いほど凄惨な姿を晒していた。
重装備の騎士達と、海戦に主眼を置いた軽装備の歩兵では話にならなかった。
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メオン老師は隊列の最後尾で、補給部隊の荷馬車に乗っている。その位置から騎士達の突撃を目にしていた。パーシャの号令により、引き絞られた弓から撃ち出される矢の如く突進を開始した騎士達は、前方の敵の集団に雪崩れ込む。
「まさに蹂躙……」
その光景にメオン老師は呟くように感想を漏らす。その言葉の通りの光景が広がっていたからだ。
前列からいち早く突出した哨戒騎士が全速で馬を走らせると敵の集団と逃げ惑う人々の集団の間に割って入った時、敵の動揺が大きかったようにメオン老師には見えた。
「なんだ!」
「おい、なんで騎士が出て来たんだ?」
「抵抗は無いって聞いてたぞ!」
そんな敵兵の叫び声は続く正騎士達の突撃で掻き消される前にメオン老師の元に届いていたのだ。
(そもそも騎士や衛兵などの防衛行動が無いと見越しての作戦だったのか……そう言えば逃げてきた人々もそんな事を言っていたな……)
メオンは、逃げてきた人々が「騎士も衛兵も姿が見えない」という言葉と、前方の敵の動揺ぶりを結び付ける。
(つまり、騎士や衛兵が動けないような工作をした後の襲撃……リムルベート側に内通者か?)
限られた情報だが、メオン老師の頭の中はパッパッと音を立てるように思考が段階的に進んでいく。
(内通、ノーバラプール防衛のための後方攪乱として王都襲撃……辻褄は合うな)
思考がその結論に辿り着く頃、後方を移動していた補給の荷馬車はメオン老師を乗せたまま、一戦を終えた騎士達と合流していた。
文字通り敵を蹴散らした騎士達が再び隊列を整える中、パーシャは自分達の被害が戦果に比較し軽微だったことを確認すると、追いついてきた歩兵達に号令を発する。
「輜重部隊と歩兵を二十程残して行く。上陸した地点まで戻り、そこに救護所を設営しろ! 避難してくる人々に怪我人があった場合の手当だ」
「了解しました」
「他は予定通り河川港を目指すぞ!」
「進め!」
パーシャの命令に従い、騎士と兵士達は前進を再開する。その隊列の中から傷の手当に優れた兵と補給部隊の兵達が来た道を戻るために引き返し始める。一方のメオンは、補給部隊の荷馬車から降りるとパーシャに近づき声を掛ける。
「儂はお前達に付いて行くが、良いかな?」
「メオン様、しかし……」
「なに、儂の心配は無用じゃ。危なくなればサッサと
「そうですか……」
メオン老師の申し出にパーシャは複雑な表情をする。目の前の老人が、見た目通りの老人でないことは分かっているが、一方で侯爵ガーランドが王都の邸宅に招いた客人でもあるのだ。
(万が一怪我でもされたら……困る)
そんな内心の思いがアリアリと表情に出てしまっていた。しかし、その表情を見て取ったメオン老師は特に気分を害した様子も無く、ニヤリと笑っただけでスタスタと歩兵の後方について歩いて行くのだった。結局一人取り残される格好となったパーシャは隊列を追い越すように馬を掛けさせ先頭の位置に戻るのだった。
「メオン様! 危なくなったら、逃げてくださいよ!」
駆け抜けざまに、老魔術師に声を掛けるパーシャであった。
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