Episode_10.04 別働隊、急襲!


10月16日 夜 王都リムルベート河川港上流


 王都リムルベートの港湾地区はテバ河の河口を起点として北から南西へ向けて海岸沿いをなぞるように作られている。そして船が接岸できる岸壁は南と北の二か所に離れて存在しているのだ。


 外洋に面した南側の港は近年整備されたもので、喫水の深い大型帆船などの交易船が主に使用している。一方で、昔からある北側の港はテバ河の河口にあり、主に二本マストの中型帆船や、漁師たちの船、そしてテバ河を行き来する運搬船が利用する河川港となっている。


 予定通りならば、その北側の河川港の岸壁に接岸しているはずのメオン老師やパーシャ率いる騎士達は、しかし、所定の場所からかなり北の上流側の離れた場所で、運搬船を川岸に乗り上げるようにして上陸していた。なぜかというと――


「パーシャ副団長、斥候が帰ってきました」


 そうパーシャに告げる兵士の声と殆ど同時に斥候に出た哨戒騎士の一人が帰ってくる。全力で走ったのだろう、息も絶え絶えと言った風であるが何とか呼吸と整えて報告を始める。


「前方の火事ですが、しゅ、襲撃のようです」

「何だと? 確かなのか」

「はい、王都の外へ逃れようとしていた人々から聞きました。北の河川港にガレー船が乗り付け、そこから現れた兵士達が港湾地区の北側から北の居住地区に掛けて火を放っているようです」

「わかった……少し休め」


 パーシャは一旦斥候役を買って出ていた若い哨戒騎士を下がらせるとメオン老師を振り返る。


「ただの火事では無かったのですね」

「だから言ったじゃろう……」


 パーシャの言葉に「それ見たことか」と言わんばかりのメオン老師が言葉を返す。この二人のやり取りの経緯、そして河川港よりも更に北に強引に上陸した経緯はこうだ。


 彼等の乗った運搬船から北の河川港を示す灯台の灯火が視界に入った時、不意にその方角から火の手が上がったのだ。何事かと驚く水夫達は、突然激しく上がった炎に浮かび上がった見慣れない船・・・・・・の存在を発見し、パーシャに報告した。しかしパーシャはそのまま接岸しろと命じ、それに「待った」を掛けたのがメオン老師だったのだ。「遠見」と「暗視」の付与術を自らに掛けた老魔術師は、いち早く火の手が上がる港の状況を観察しており、


「このままだと敵の集団に飛び込むことになるぞ」


 という警告を発したのだった。リムルベート王国の中心部である王都に、あってはならない「敵」という異質な言葉を受けたパーシャは止むを得ず港から二キロほど上流の海岸へ運搬船を乗り上げさせ、上陸を果たしたのだった。


 そして上陸後直ぐに出した斥候が、戻って来て伝えた内容はメオン老師の見込んだ通りのものだったのだ。


(敵……この状況下ではノーバラプールの勢力か、または……)


 パーシャが敵の正体について無言で考えを巡らす間にも、豊富な経験とそれに基づく観察眼、洞察力を持つメオン老師は一足飛びに答えへ辿り着いていた。


「あれはカルアニスやニベアスの連中が海戦で使うガレー船のようじゃな。すると、街に火を放っているのは四都市連合ということか」


 パーシャの隣に立つメオン老師はそう呟くように言うのだ。その言葉を聞きパーシャは問い掛けるようにメオン老師に質問する。


「四都市連合ですか……まさかノーバラプールの援護のために?」

「十中八九それで間違いないじゃろ。連中も思い切ったことをするのぅ」


 パーシャの問いにメオン老師は断言するように答える。


「どのみち、このまま放って置く訳には行きません。おい!」


 パーシャは敵の正体が分かったところで行動へ移ることを決心すると哨戒騎士の部隊長達を呼ぶ。呼ばれた隊長達は既に自隊の状況を確認し終えている。現在、北の海岸に上陸したパーシャ率いる勢力は哨戒騎士五十騎と哨戒騎士団に出向していた正騎士五十騎、それに兵士が二百人という規模である。それらが無事上陸していることを部隊長達はパーシャに伝えるのだった。


「副団長、全員無事上陸済みです!」


 その報告を聞いたパーシャは一つ頷く。本来大隊一つ分の騎士がいる訳だが、騎士とその馬の輸送を優先させたため兵士の数は定員割れをしている。それでも武装を整えた三百の手勢がパーシャの指揮下に入っていることになる。


「まず、敵が橋頭堡としている北の河川港を奪い返す。恐らく接岸した船を守るために幾らか敵兵が防衛に当たっているだろうが、これを突破して敵の退路を断つのだ」


 パーシャの指示に部隊長の騎士達が返事をする。彼等の半数は身分的に格上の正騎士である。しかし、小滝村を襲ったオーク戦争の後、哨戒騎士団の人員不足を埋めるために配された若手を中心とする彼等は、日々の厳しい実戦任務を通じて哨戒騎士団の気風に馴染んでいる。身分の違いを意識する事無く、素直に平民出の副団長の指示に従っているのだ。


 そこへ、メオン老師の助言が入る。


「ざっと見るとガレー船が五隻、儂が知っている昔の船よりも一回り大きいが、乗っていても一隻に三百人が限界じゃ。全てで千五百の敵勢だが、殆どは船上での斬り合いを重視した軽装歩兵のはずじゃ……お主ら、充分勝機は有るぞ!」


 メオン老師の助言に一礼すると、パーシャは皆に向き直り再度号令を掛ける。


「敵は大人数だが、武装は貧弱だ。一気に港を奪い返す、奴らを海に蹴り落とせ!」

「応!」


****************************************


「船の周囲は二部隊で固めろ! 残りは散開して住居に火を着けるんだ。対岸のノーバラプールから見えるくらい盛大に燃やせ!」


 船上で部隊長コラルドが号令を発している。


 抵抗らしい抵抗を受けずに河川港へ接近したのは、コラルド率いる五隻の三段櫂ガレー船である。五隻の船は、河川港に停泊していた何艘もの小舟を文字通り蹴散らしながら強引に接岸する。喫水下に備え付けた|衝角(ラム)で敵の船を攻撃することを前提に造られた船は頑丈そのもので、漁師の使う小舟や河川交易に使われる中型の運搬船など物ともせずに、叩き潰し押し退けながら接岸したのだ。


 そうやって接岸した各船は全てに定員越えの三百人という戦闘兵を満載している。そんな兵達は接岸と同時に船首に設置した跳上げ式の渡し板を伝い、手際よく上陸を果たしていく。まだ深夜には程遠い時間だったため、港では仕事終わりの水夫や人足が大勢いて、突然の出来事に驚きの声を上げている。


「てめーら! 一体何のつもりだ!」


 威勢の良い海の男達が、商売道具である船をぶつけられて黙っているはずがない。罵声のような声が彼方此方から上がるが、次いで上陸し始めた武装した兵の集団に言葉を呑み込む。そして皆が「なんだ?」と異様な雰囲気に動揺し始めた次の瞬間、


「放て!」


 とコラルドの非情な命令が下り、彼の指揮下の海兵団の弩弓隊が一斉にクロスボウを放つ。


 この一撃で港は大混乱となった。先程まで威勢のいい怒鳴り声を上げていた漁師は何本もの矢を体に受けて倒れ込み絶命している。周囲には同じように、ものを言わなくなった男達の死体が転がる。そして、辛うじて最初の一斉射を生き残った人々は蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出したのだった。


「海賊だ!」

「衛兵隊をよんでくれぇ!」


 そんな悲鳴とも怒声ともつかない声を上げて逃げ惑う人々を後目に、上陸を完了したコラルドの部隊は、かねてからの作戦通りに二部隊六百人を港に残し次々に港湾地区やその奥の居住地区へ向かって進んでいく。


「よし、この辺りが港湾地区と居住地区の境目だな?」

「はい、コラルド隊長」

「隊長! アレを見てください」


 簡単な地図を見ながら場所の確認をするコラルドに、部下の一人が南の夜空を指差して声を上げる。その方向を見るコラルドの視界には夜空を赤く染める炎の色と、それに照らされた重い煙が飛び込んで来た。


「アイロの奴、上手くやってるみたいだな! よし、全員散開して作戦開始だ。深入りしすぎて迷子になるなよ!」


 コラルドの合図に従い兵達が居住地区へ飛び込んでいく。既に周囲は逃げ惑う人々で混乱しているが、立ち向かってくる兵や騎士の姿は見られない。


「さっさと終わらせてインバフィルへ戻るぞ!」

「衛兵一人出てこないな! 楽勝だぜ」

「お前ら、任務優先だぞ! 略奪や女には……」

「分かってますよ、皆コラルドさんに斬られたくないですよ!」


 などと口々に言い合いながら、海兵達が数十人で一組となり松明を手に港湾地区から居住地区へ向けて散っていく。やがて色々な場所から火の手が上がり始めるのをコラルドは満足気な表情で確認するのだった。


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