Episode_10.03 攻撃準備
その頃、ノーバラプールの北に広がる平野にはリムルベート王国の第一騎士団と第二騎士団の合計五千を超える騎士と兵達が展開していた。ノーバラプールへ馬を走らせれば二時間で到着するという距離に布陣した軍勢の目には、ノーバラプール側が築いた野戦陣地が数個、遠くに霞んで見える。
そんな布陣の中央からやや後方の場所にガーディス王子率いる第一騎士団の幕屋と第二騎士団長ブラハリーの幕屋が並んで建っている。そして主要な騎士隊長らが集合しているのはガーディス王子の幕屋であった。彼等はこれから予定されている作戦についての打ち合わせを行っているのだ。そこには勿論ブラハリーやウェスタ侯爵家筆頭騎士のデイルの姿もある。
「斥候の連絡によりますと、本日正午頃、東の水門にて守備隊であるウーブル侯爵家騎士団が敵傭兵団と交戦に入ったとのことです」
「喰い付きましたな……これで、我ら第二騎士団が
先ほど伝令兵によってもたらされた情報を繰り返す近衛騎士隊長ジェネスの報告に対してブラハリーが冗談めかして言う。居並ぶ第一騎士団の各大隊長や、第二騎士団を構成する主要な貴族達は追従の笑い声を上げる者や、ほっとした様子になる者など様々だ。だが、一人ガーディス王子は表情を緩めることなく、報告に立ったジェネスに幾つかの質問をぶつける。
「それで東の水門に向かった敵の数は分かるのか?」
「は、敵の数はおよそ千五百から二千の間とのことです」
「我が方の援軍は出たのか?」
「はい、手筈どおりロージアン侯爵家の騎士達がトルン砦から出撃しました」
「わかった」
そこまで聞くとガーディス王子は小さくそう言い、隣に座るブラハリーへ視線を送る。そして、その視線に答えるようにブラハリーが口を開く
「千五百と見るべきでしょうな。すると残るは四千五百……微妙な数を残しましたな」
「全くだ、相手も馬鹿では無いようだな。我が方の戦力はどうなっているか?」
ブラハリーの見積もりは、最悪を想定している。つまり東の水門へ兵を割いた後でもまだノーバラプールを守る敵の傭兵兵力は四千五百残っていることになるのだ。それに対してガーディス王子が戦力確認を行う。問い掛けに答えるのは近衛騎士隊長のジェネスだ。
「第一騎士団は第一から第四、及び第七、第八大隊は前方へ展開済みです。第九、第十大隊は攻城兵器の準備を終えて北部平野とトルン砦の間に展開完了となっております」
ジェネスの報告通り、現在北部平野に展開しているのは第一騎士団の六個大隊、四千二百人の騎士と兵達だ。更にトルン水門からノーバラプールの居城に伸びる水路を利用して攻城櫓や破城槌を運び込むために中間地点に二つの大隊を配している。これが、第一騎士団の布陣という事になる。対して第二騎士団はというと、
「騎士デイル、第二騎士団の状況を報せ!」
ウェスタ侯爵家の当主ブラハリーが団長を務める第二騎士団は貴族達が擁する各自の騎士団の寄せ集め集団であり、各自の戦闘力は第一騎士団を凌ぐと言われるが統率という面では心もとない。ブラハリーの代になってから第一騎士団を真似て中隊、大隊制を敷いたほどで、それより昔は各家単位の集団だったのだ。その名残は今も残っていて、第一から第三までの大隊は夫々、ロージアン大隊、ウーブル大隊、ウェスタ大隊と通称されている。非公式の呼び名だが、主のブラハリーから促されたデイルの報告はその通称を踏襲したものになる。
「ロージアン大隊、ウーブル大隊はジェネス卿の報告通り、東の水門防衛です。ウェスタ大隊と……あぁ、申し訳ありません、第三大隊と第四大隊がこの場所に展開しております。残る第五大隊と特設中隊がトルン砦の防衛にあたっております」
つまり、第二騎士団は二個大隊、騎士二百に従卒兵千二百を北部平野に展開していることになる。その配置は第一騎士団の後方、ちょうど今作戦会議が行われている幕屋の周囲を固める格好となっているのだ。
「ふむ、では、合わせて五千と六百の騎士と兵士が展開を終え、千四百が水路の上流に待機しているということだな」
「はい、今晩から明日の午前に掛けて、ノーバラプールの市民による武装蜂起の状況を
総括するように言うガーランド王子にブラハリーが答える。武装蜂起の状況を見極める、つまり状況が芳しく無ければ無理に攻撃しないという事を暗に示していた。
(それでは、蜂起した民を見殺しに……)
デイルは反発めいたものを感じるが、精一杯の自制心でそれを表情の奥へ押し留める。戦いとは常に犠牲を前提としている。どれほど輝かしい大勝利であっても、犠牲者は必ず出るのだ。蜂起が小規模にとどまった場合にそれを救援するように自分達が攻め込めば、ノーバラプールの戦いは市街地での消耗戦へと移り、
「……ノーバラプールの民による蜂起が成功することを祈りましょう」
ブラハリーはそんなデイルの、いや、居並ぶ全員の内心の葛藤を見透かしたように、そう告げる。その言葉に幕屋に居合わせた面々は無言で頷くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます