Episode_09.22 第二城郭の戦い


「騎士達は正面! アルヴァン様の周囲を固めろ! 兵は右へ迂回しつつ側面を突け!」


 ガルスの指示で騎士と兵士達は勇躍する。三百メートル先で行われていたアルヴァンの説得をヤキモキしながら見ていた騎士達は、主の危急を受けて発せられた号令で、弓から解き放たれた矢のように第二城郭内の広場を疾走する。

 

 騎士が馬を使う、その目的は本質に於いて攻撃力の増強だ。二重三重という訳に行かない二十騎のみの一列横隊であっても、突進する騎士達の姿はそれを見る者にとって迫りくる暴力の壁となって見える。通常の神経をしている者ならば、確実に恐れ、狼狽える圧力を発する攻撃が騎士の突撃なのだ。その効果は凄まじく、時に一度の突撃でいくさの勝敗を決してしまうことがある。


 しかし、その突撃を受ける側に通常と異なる・・・・・・神経の働きがあった場合はどうだろうか? 結果は凄惨な殺戮劇となるだろう。


「突っ込めぇ!」


 ガルスの一際大きな号令が掛かった瞬間、ウェスタ侯爵領の正騎士二十騎は一斉に敵となった第一騎士団の前列に激突していた。


 アルヴァンを狙うべく、その周辺に群がるようになっていた敵集団は殆どの者が側面から突撃を受ける格好になった。


ドシン、バンッ、ゴンッ


 重たい物同士がぶつかる音に、馬の嘶き、怒号、そして悲鳴が混じりあう。戦場の音としか形容の仕様が無い音を撒き散らして馬上の騎士は敵の集団の三列目まで食い込むとそこで縦横無尽に武器を振るう。


 当然皆が無傷では無い。中には敵の反撃を受け傷つく者や、馬から振り落とされる者もいる。しかし大勢を以て言うならば、この突撃は成功であった。


「アルヴァン様をお守りしろ!」


 そんな掛け声と共に、中央付近に突撃した騎士が引き返すとアルヴァンを含む四騎の周囲を固める。一方で両翼に突撃した者達は再度距離を取り再びの突撃に備えるのだ。


「右翼! 中央へまわれ! 左翼はそのまま、もう一度突撃!」


 ガルスの号令に応じて右翼側に突撃した七騎の騎士は再突撃を中止すると中央部へ駆け寄る。ガルスが右翼側の突撃を止めさせたのは――


「構え! 前進!」


 盾を構え、長槍を突き出した歩兵による槍衾の隊形が右翼から敵集団へ迫っていく。既に騎士の突撃により散々に崩された集団は陣形と言えるものが無い。そこへ接敵した整然と並ぶ百人の歩兵達は長槍を繰り出すと、叩きに叩き、突きまくっている。


****************************************


 そんな中ユーリーとヨシンはアルヴァンを守り、群がる敵を払い除けていた。最初の内は飛び掛かってくる敵の数が多いため、度々ユーリーの魔術による牽制が必要だった。ユーリーは「蒼牙」の増加インクリージョンの力を使うことに抵抗を感じるが、そんな事を言っている状況では無かった。何度も剣に魔力を籠め、代わりに消費魔力の少ない術である「魔力矢エナジーボルト」や「魔力衝マナインパクト」を使用するように戦法を切り替えていた。


 何度目かの「魔力衝マナインパクト」を放ち、接近した敵五人を一度に吹き飛ばすと、ユーリーは自分を鼓舞するように大声を上げる。


「うおーっ!」


 ユーリーの隣では、ヨシンが同じように声を上げると自分を鼓舞している。二人は考えている事が同じだと知り、お互いに勇気づけられるのだった。


 ヨシンは馬上から愛剣「折れ丸」を振るい続けている。鍛え抜いた彼の腕は無骨で丈夫な長剣バスタードソードを軽々と片手で扱い。突きを主体として敵の数を減らしている。その戦い方は攻撃重視だ。敵の攻撃は多少の事ならば敢えて防御にまわらない。自分用に装甲を強化した鎧で受け止め、引き換えに強烈な攻撃を見舞うのが彼の得意な戦法になっていた。当然無傷と言う訳でなく、腕や腿には幾つもの切傷や刺し傷を受けるが、それ以上の代償を敵に払わせるのだった。


 もう何人斬ったか等覚えていない若武者は、敵の騎士が突き出してくる片手剣ロングソードの一撃を「折れ丸」の腹でいなし・・・つつお返しとばかりに必殺の突きを見舞っている。


 一方ユーリーは、性懲りも無く打ちかかってくる新手の騎士に対峙する。その騎士は両手持ちの大剣を構え、馬上のユーリー目掛けて大上段に斬りかかるが――


ガキィ!


 ユーリーは、その斬撃をミスリルの盾でガッチリと受け止める。強化術「防御増強エンディフェンス」の効果が如何無く発揮されると、強烈な斬撃の衝撃は殆ど盾に吸収される。しかしその騎士は手練れのようで、直ぐに大剣を引き戻し再び突きの構えに入る。手元に引き戻された大剣は再び唸りを上げてユーリーに迫るが、寸前の所で馬を操ったユーリーがその突きの範囲外へ退く。そして、反撃とばかりに再び馬を近づけると右手の剣を振るうのだ。


キィン、キィン――


 自分用に調整した哨戒騎士仕様の鎧は右肩の自由が利くように工夫されている。本来は弓を射やすくする目的なのだが、剣を振っても自然に肩を動かすことが出来る。そんなユーリーの斬撃は素早い上に力強い。みるみる内に相手の騎士を防戦一方に追い込むと、頭を狙った一撃を放つ、と見せかけて相手の剣が防御のために上がった瞬間を見計らい右脇の防御の薄い個所に切っ先を突き込んでいた。


「ぎゃぁ!」


 両手持ちの剣を放り出した騎士がその場でのたうち回るように苦悶の声を上げる。その様子を横目で見ながら次の敵に向かい合うユーリーは、自分の中に先ほどのような突発的な感情のうねり・・・が込み上げてこない事を確認するのであった。


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 全体を見ると、この勝負はウェスタ侯爵の正騎士達が最初の突撃を成功させた時点で、いや、ユーリーやノヴァが先手を打って敵の包囲を妨害した時点で決していた、と言える。最初の突撃を不十分な態勢で受けた上に、右翼から敵集団を突く槍衾の歩兵隊列と、再び実行された左翼側の突撃が「駄目押し」となっていた。更に、


「ウェスタの連中が助けに来たぞ! それ! 討ち出せ、挟み込めぇ!」


 トドメであるかのように、老騎士の大声と共に詰所の扉が開かれると武器を手にした第二騎士団の面々とドワーフの戦士団が反撃に転じる光景がユーリーからも見て取れた。今まで詰所に立て籠もっていた第二騎士団の面々とドワーフ戦士達は徒歩ながら敵集団の後尾を突くと、散々に暴れ回っているようだった。


 既に兵力を四分の一まで減らした敵は、通常ならば降伏・投降するべき状況である。しかし、それでも抵抗を止めない第一騎士団の騎士や兵士達を駆り立てるのはどう言った決意なのだろうか? 終わりに近づいた戦いを後方から見守るアルヴァンと合流したガルスは不気味な光景を見せられている気分に陥っていた。


 既に自分達からは攻める事が出来なくなり、防御に徹した小集団と化している。それでも闘志が衰えていない風なのだ。


「ガルス……これは一体?」

「第一騎士団、第一城郭を防衛する第五までの大隊は精鋭で鳴らしていますが……」


 敵の様子を「精鋭だから」と片付けられないガルスなのである。


「武器を捨てろ! 降伏しろ!」


 彼方此方で味方の騎士達がそう叫び呼びかけている。敵対したと言っても、第一と第二の騎士団の違いは有ると言っても、中には顔を知った者もいるのである。戦う力を無くした相手を傷つけることなく無力化したい。そんな想いがあるのだが、敵は頑強に刃向ってきた。そして最終的に、


「止むを得ん……全員斬って捨てよ! 殲滅だ!」


 アルヴァンの悲痛な声が命じるまで、彼等の抵抗は続いたのだった。


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 少ない松明の明かりの下で、第二城郭の城門へ退避した投降兵たちが忙しく動き回っている。城郭内の広場で行われた戦闘によって倒れた騎士や兵達の数は百を超えていた。それらの死体を投降兵達が第二騎士団の詰所内に移動しているのだ。リムルベート王国の建国以来、第二城郭内で大規模な戦闘が行われたのは今回が初めてであり、その初めての戦闘は陰惨な同士討ちとなってしまった。


 無言で働く兵の姿を横目で見ながら、アルヴァンはガルスとコンラーク伯爵家の老騎士、それにドワーフの戦士長らと今後について意見を交わしている。


「やはり王宮内に行くしかないのだな?」

「はい……おそらく異変の原因は王宮内」

「このような状況、私はローデウス王の身に何かあったとしか思えませぬ」

「ポンペイオ様の身の安全が……心配です」

「そうだな……」


 アルヴァンは一度だけ王都の街並みが広がる東北の方へ視線を向けるが、高い第二城郭の城壁に阻まれて、街の様子を見渡すことは出来なかった。そして、溜息を吐いた彼は、再び第一城郭とその向こう側にある王宮の方へ視線を戻すと肚を括るのだった。


****************************************


 港湾地区に放たれた火の手は治まること無く、今や繁華街や商業地区の一部も呑み込んでいる。大分離れた場所に建つウェスタ侯爵の邸宅にも濃い煙の臭いが漂うようになっていた。


 そんなウェスタ侯爵の邸宅は広大な敷地を誇っているが、今は多くの街の人々であふれている。元々今晩到着予定の哨戒騎士や正騎士の増援を受け入れるため野営の天幕が設営されているが、そろそろ不足する頃だろう。先程から輜重兵達が追加の天幕を張る作業を大急ぎで行っている。


 そんな状況の邸宅内でリリアは、マルグス子爵家の人々と避難民の誘導を行っている。この場所には、つい先ほどまで甲冑姿で兜を脱いだ状態のハンザが一緒にいたのだが、今は姿を見ることが出来ない。


「済まないが、河川港に上陸した応援の哨戒騎士達へ伝令と先導に行くことになった」


 相変わらず凛とした声でそう伝えたハンザは、少ない兵を伴って邸宅を出て行ったのだ。そして、残されたリリアは臨時の避難所となった邸宅内を見渡すと、何か決心したように人知れず静かに頷くのである。


 リリア達が避難してきた時点では、避難する人々の中に大怪我を負った者は少なかった。しかし、時間が経つにつれて、血を流した者や意識の無い者、果ては既に息の無い死体までが運び込まれるようになっていた。流石の一大事に、近くに在る戦神マルスの神殿や法の神ミスラの神殿から神蹟術を使える聖職者たちが駆けつけてきて、ようやく負傷者の治療には目途が立った状態だ。


 そんな中、リリアは取り敢えず僅かに居る顔見知りの兵達にポルタと孤児を託すと、人々が入って来るばかりの門を目指す。その心の中は、


(ハンザさんもノヴァさんも自分に出来ることを見つけてそれをやっている。なら私にできることは?)


 一度は自分に言い聞かせ、納得したつもりになっていた結論、それは決して心の底から納得したものでは無い。ユーリーの邪魔になっては駄目だ、一度はそう考えたが今は別の思いが心を支配している。


 リリアは王城の方を見る。港湾地区の火災に照らされた王城は不気味な影の中で揺れているように見える。


(あそこにユーリーがいる……胸が……ゾワゾワする……)


 そう思うリリアは、先ほどから厭な予感がして仕方ないのだった。表現できない不安感が先ほどから胸を押し潰すように大きくなっている。何故か分からない。分からないのだが、自分が見ていないとユーリーが遠くに行ってしまう、そう感じるのだ。


(私は……ユーリーに付いて行くべきだった……)


 自分の事を、何もできない女の子だとは思っていない。しかし、ノヴァやハンザのように戦いで役に立つほど強く無いことは分かっている。それでも彼女達のように自分も、自分に出来ることをしなければならない。そう強く思うリリアなのだ。


(私にできること……)


 その問いに対する答えは未だ明確ではないが、この場所 ――人々が避難する邸宅の広場―― にその答えは無い。


 大勢の避難する人々を受け入れることに忙殺されているウェスタ侯爵の邸宅から一人の少女が姿を消した。そのことに気付く者は誰も居なかった。


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