Episode_09.21 怒りと困惑と


 城壁と城門の騒ぎを治めたウェスタ侯爵領の騎士達は、そのまま第二城郭内を進む。行政部門の庁舎や貴族達の会合に使われる建物、国外の貴賓を宿泊させる建物や兵器を納めた武器庫、様々な建物が立ち並ぶこの区画は登り坂の道が何度か直角に折れ曲がる作りになっている。万が一敵に攻め込まれた際には、想定される敵勢力の突進力をぐことを意図した作りである。


 左右に建物が迫るような狭さを感じる登り坂を抜けた後は一変して視界が開ける。有事の際は王城を防衛する兵達が展開できる広い空間に出るのだ。その場所に辿り着いたウェスタ侯爵家の騎士や兵士達の注目は、三百メートル先にある第二騎士団詰所に向いていた。


 第二騎士団の詰所は城壁こそ持たないが、砦のように堅牢な造りである。その建物は今、数百人の兵と騎士に包囲されている。火の手こそ上がっていないが、屋上から濃い煙が上がっているのが離れた場所からでも見て取れた。


「ガルス……どうする?」


 目の前の事態に少し困惑した様子のアルヴァンである。何と言っても味方同士、第一騎士団が第二騎士団の詰所を包囲攻撃している状況は、いかにアルヴァンであっても動揺する光景だった。


「流石に、問答無用で後ろから突撃する訳には行かないでしょう……」


 そう答えるガルスである。と言うのも、前方で詰所を包囲している集団は積極的に動いている者と、茫然とその様子を眺めている者に二分されているように見て取れるからだ。積極的に動くのは立派な甲冑を身に着けた騎士達と五十人程の兵士で、それ以外の者は包囲網を形成しているものの、矢を放つ訳でもなく、槍を構える訳でもない。


「第一の中隊一つ分だな……」

「そうですね、騎士が五十に兵が三百。ですが兵の士気は低いようです」

「ならば、呼び掛けてみるか」


 アルヴァンは包囲網を形成する兵達へ呼びかけることを決意した。因みにアルヴァンが引き連れている兵力は騎士約二十騎に兵が百人だ。まともに衝突すればかなり不利な状況である。


「ユーリー、ヨシン! 付いて来てくれ」


 アルヴァンの声に、ユーリーとヨシンの二人は馬を進めるとアルヴァンの近くへ進み出る。当然のようにアルヴァンの隣にいるノヴァを含めた四騎は、ゆっくりと包囲網の後端に接近していく。残ったガルスは残った騎士達を一列横隊に整列させると、いつでも突撃が掛けられる態勢を整えていく。


****************************************


(なぁユーリー、戦いになるのかな?)

(知らないよ!)


 小声で話し掛けるヨシンに、ユーリーの返事は機嫌が悪い。ヨシンに腹を立てている訳では無い。ユーリーの機嫌の悪さは目の前の集団、特に固く守りを固めた詰所を何とか攻め落とそうと躍起になっている第一騎士団の騎士達に向けられたものだった。


(街の人たちが大変な目に遭っているのに……味方同士で何をやっているんだ)


 逃げ惑う人々や怪我をした人々、親を探して泣く子やはぐれた子を探す親の叫び声、突然戦場と化した王都の人々の様子が頭に浮かぶユーリーの心に沸々と怒りが込み上げてくるのだった。それは、通常のユーリーの性格からすると少し異常な感情の盛り上がりだったが、当の本人はその事に気が付いていないようである。一方、そんな親友の様子を目の当たりにしたヨシンは自分が怒られたような気になりシュンとしてしまうのだった。


 そんな二人のやり取りが終わる頃、四騎は包囲網の直ぐ後ろへと接近していた。これほど接近されているのに全く気付く事のない第一騎士団の様子は、やはり異常と言えるだろう。そんな彼等の最後尾に位置する兵士たちは、茫然とした様子で前列に立つ騎士や仲間の兵達を見ているだけだった。そこへ、不意に厳しい口調の声が掛かった。


「貴様ら! 何をしているんだ!」


 ガルスのものとはまた違う、戦場の雑音を切り裂くような声質がアルヴァンには備わっている。本人は少し気にしているようだが、やや甲高い声は包囲網の後列の兵士達を振り向かせるには充分だった。


「おい、あれはウェスタ侯爵の……」

「アルヴァン様じゃないか?」

「どうなってるんだ?」

「さっぱり分からないよ」


 兵達はアルヴァンの姿に気付くとザワザワと声を交わし合う。その様子にアルヴァンは適当な兵を指差して言う。


「そこのお前! 状況を説明しろ!」


 指差された兵士は隣の同僚達と顔を見合わせるが、アルヴァンの剣幕に気圧されるように口を開く。


「自分は第一騎士団第五大隊所属の兵士です。山の王国の使節団が第三城郭内の大使館へ戻る道中の護衛ということで晩餐が終わるまで第一城郭で待機していたのですが、突然別の命令が下りまして……」

「別の命令?」

「は、第二騎士団の連中が謀反を企てているから包囲して捕縛せよと……」

「バカな……誰の命令だったのだ?」

「分かりませんが、現在この隊の指揮を執っているのは……」


 そこまで言うと兵士は詰所の方を振り返り、


「あの、第五大隊長様です」


 その兵士の視線の先には一人だけ騎乗した騎士の後ろ姿が見える。リムルベート王国の軍制では騎士五十に従卒兵三百を合わせて一つの中隊に編制し、その中隊二つに補給部隊を配した集団を大隊と称する。軍事行動は通常大隊単位で行われるため、大隊長はそれなりの実力者ということになる。


「第五大隊長……ということは、ゲーブルグ伯爵の二男だな?」

「はい……」

「それでは、第一城郭の中に残っているもう一つの中隊の指揮は……第六大隊の隊長……確かトリノ子爵の二男だったか三男だったかが執っているんだな?」

「その通りです……それに、第一城郭内には衛兵大隊も詰めています。指揮官はマイゼ伯爵様の二男です」


 兵士はアルヴァンの質問を先回りして答える。それを聞きながらアルヴァンは少しの間考え込む。城内の第五大隊、二つの中隊を第五大隊の隊長と第六大隊の隊長が指揮している。そして、第三城郭の城門で聞いた通り衛兵隊も五つの部隊が第一城郭内にいると言うことだった。それらの指揮官は……


「ゲーブルグ、トリノ、それにマイゼ……例の『ルーカルト親衛隊』の主要人物だな……」

「アーヴ、どうするんだ?」


 独白するアルヴァンに、ヨシンが声を掛ける。ユーリーは相変わらず怒った様子で背中の留め金から弓を取り外して左手に持っている。ノヴァは精霊の囁きに耳を傾けているのだろう、集中しているようだった。だからヨシンは必然的にアルヴァンに声を掛けたのだ。


「取り敢えず、投降を呼びかけるさ。駄目なら引き返してガルスらと合流し……仕方がない、一戦交えるしかない」


 アルヴァンはヨシンの問いに、自分へ言い聞かせるように答えると、兵達に向き直る。


「皆良く聞け、これは謀反……いや反乱だ! お前達は反乱の片棒を担いでいることになる。今、港は所属不明の敵に攻められている状態だ。この状況で、お前達がやっている事は明らかな反乱行為だ!」


 アルヴァンの声はよく通る。城郭内に詰めていた兵達はアルヴァンが語る港湾地区の状況を知らなかったために動揺している。


「今すぐ武器を置き、第二城門まで進め。この場に留まる者は反逆者として俺達が成敗する!」


 アルヴァンの言葉に兵が再びざわめく。先程よりも大きなどよめきとなって隊全体に広がっていく様子が見て取れた。


「なんで……」

「おい、俺達が反乱?」

「どうなっているんだ?」


 そんな声が聞こえてくるが、兵士達はなかなか武器を置く踏ん切りがつかないようだった。そこへ、


「どうした貴様ら、攻撃に加わらないか!」


 第五大隊の隊長が兵達を振り返り叱咤するが、直ぐにアルヴァンら四騎を目に留めると形相が険しくなる。


「貴様は、ウェスタ侯爵のアルヴァンだな。者共、あの若造が首謀者だ! ひっ捕らえろ!


 上擦った叫び声を上げると、大隊長の周辺にいた騎士達は一斉に四人の方を向く。既に抜身の武器を持った騎士達の集団、どの騎士の目も異常なほどの殺気を孕んでいる。その様子は常軌を逸しているようにヨシンには見えた。


「不味い、一旦退くか?」


 アルヴァンが声を掛けるが、それとほとんど同時にユーリーが古代樹の短弓を引き絞り、矢を放っていた。


ヒュッ!


 鋭い風切り音を立てた矢は直線の軌道を描くと周囲に怒号のような指示を飛ばしている大隊長の兜の面貌の下、ネックガードとの間に出来た隙間に飛び込んでいた。


「ぐぇっ」


 恐らく致命傷となった矢の一撃を受け、大隊長は籠った悲鳴と共に落馬した。しかし、自分達の指揮官が倒された状況に、詰所を包囲する騎士や兵士達の反応は両極端だった。


「わ、わかった。投降する!」


 そう言って武器を投げ出して第二城郭の城門へ駆けていく兵が約二百。全て包囲網の外周にいた者達だ。一方で、騎士達や一部の兵達は大隊長の戦死に全く動じることなく、ユーリー達四騎を取り囲むように陣形を変じつつあった。その数は凡そ百である。


「くそ、囲まれるぞ!」

「だが今退くと、投降した兵を巻き込みかねない」


 突然矢を放ったユーリーを唖然とした様子で見ていたヨシンとアルヴァンが我に返ったように口々に言う。その言葉にノヴァが、


「少し足止めするわ!」


 短くそう言うと、地の精霊に働きかける。狭い範囲で足元の地面を泥濘ぬかるみに変じる「拘泥の軛スラッジバインド」の精霊術を使用したのだ。ノヴァの呼掛けに応じた地の精霊は、ユーリー達一行の左手側に半径五メートル程度を円状の泥濘を作り出す。そして丁度そのあたりを、一行の側面へ回り込もうとしていた数十人の騎士と兵が、突然足元を取られると次々に転倒していく。みるみる内に膝下の深さの泥濘となった地面に突っ伏した彼等は驚愕の声を上げるのだった。


 一方、険しい表情で無言を保つユーリーは、自分達の右手側に迫る騎士と兵達に「火炎矢フレイムアロー」を浴びせるように撃ち放つ。右手で逆手に抜いた「蒼牙」を握り、魔力を込めた「増加インクリーション」の効果を発揮した攻撃は牽制では無い。標的を狙って放たれた十本の炎の矢は先頭を走る騎士達へ目掛けて火線を曳いて飛翔する。


***************************************


 ボンボンッと炎の爆ぜる音と共に、直撃を受けた騎士の悲鳴が響く。その光景を見ながらユーリーは急に我に返った。その表情からは、怒りが抜け落ち、代わりに困惑が浮かんでいる。


(まるで蒼牙これが求めているようだ……)


 マルグス子爵の屋敷でガルス率いるウェスタ侯爵家の騎士や兵達と合流してからずっと、ユーリーは軽い怒りを覚えていた。その怒りは、人々の危機に際して動かない第一騎士団や衛兵団、それに街の防衛よりも王城の異変を優先するアルヴァンの決定・・・・・・・・にさえも向けられていた。そして、その怒りの感情は、危機に陥った人々をそっちのけ・・・・・にして、味方のはずの第二騎士団の詰所を包囲する騎士達の姿を見て頂点に達していたのだ。怒りの大きさは、何の躊躇いも無く矢を射掛けて貴族の子弟である大隊長を仕留めるほどだったが、そのこと自体が普段のユーリーからすれば異常な興奮状態といえる。


 しかしユーリーは、治まらない怒りのままに、自分達へ向けて距離を詰める数人の騎士に対して得意の攻撃術を放っていた。そしてその瞬間、まるで「蒼牙」が悦びに震えるかのごとく自分の魔力を呑み込んだ感覚にうなじの毛が逆立つ感覚を覚えて我に返った・・・・・のだった。


 ユーリーは何とも言えない表情で右手の剣を見る。魔力を欲するような感覚は、トルン砦で初めて「蒼牙」を敵に対して振るった時の感覚よりも大きいようにユーリーには感じられた。


(やっぱり……気味が悪い……)


 右手の剣を今すぐ手放したい。そんな気色の悪さを感じるユーリーだが、周囲の状況は彼にそれ以上の思考を許さなかった。


「……リー、ユーリー!」


 不意に意識が親友の呼ぶ声に収束する。ついで周囲の怒号も聞こえてきた。ハッとした様子でユーリーは周囲の状況を見渡そうとする。そこへ、


「おい! どうしたんだ? しっかりしろ!」


 ヨシンの声が耳元で響いていた。余りの大声にユーリーは仰け反ると左耳を押える。


「ごめん! ボーっとしてた!」


 そう言い返すユーリーは、急いで周囲の状況を確認する。ユーリーとノヴァが先手を打ったため、包囲に失敗した敵 ――第一騎士団の残存勢力―― は正面から四人を呑み込もうと突進している状態だった。


「チッ」


 ユーリーは一瞬とは言え、意識を別に逸らしていたことに舌打ちすると「身体能力強化フィジカルリインフォース」と「防御増強エンディフェンス」をアルヴァンとヨシン、それに自分に掛ける。それと殆ど同時に、ノヴァの放つ風の精霊術「強風ブロー」が敵の先頭の数人をなぎ倒すのだ。


 それでも殺気に溢れた敵の勢いは止まらなかった。その様子にヨシンがアルヴァンの前に馬を進める。そして、


「うりゃぁ!」


 ヨシンは、集団の先頭を走り一番に攻撃を仕掛けようとする敵の騎士の兜目掛けて愛剣「折れ丸」を叩き付ける。強化術を受けたヨシンの膂力は凄まじく、頑丈な「折れ丸」を軽々と振り回す。結局初太刀を受け止め損ねた敵の騎士は兜を大きく凹ませるとその場に昏倒していた。


 一方憑物つきものが落ちたようなユーリーは、やや躊躇いを感じるものの再び「蒼牙」に魔力を籠める。相変わらず、体の芯からズズゥっと魔力が吸い取られるような感覚に身震いを押し殺したユーリーは、補助動作無しで十本の「炎の矢フレイムアロー」を放つ。狙いは、一人突出した親友ヨシンの左手側に回り込もうと動くひと塊の敵への牽制だ。


バンッバンッバンッ――!


 立て続けに敵の騎士や兵士に着弾した炎の矢は爆ぜる音を発して、直撃を受けた相手に燃え移る。その一撃に突進してくる敵集団の動きが遅くなる。そして、丁度ヨシンの左手側に誰もいない空白の空間が生じると、ユーリーはそこへ馬を進める。既に順手に持ち替えた「蒼牙」とミスリルの仕掛け盾を展開した状態で進み出た若い騎士は親友と並びあるじであり、親友であるアルヴァンを守る盾を形成すると敵の集団に立ち向かうのだ。


 ユーリーの雰囲気が普段通りに戻ったことを感じ取ったヨシンは、自然と口角が上がるのを感じる。ユーリーもそうだが、この二人、共に戦っている時は「負ける気がしない」という連帯感がある。


「ユーリーっ、ボサッとするなよ!」

「わかってる! ヨシンこそ!」


 そんな声を掛け合いながら、飛び掛かってくる敵を馬上から打ち据え、斬り捨てていくのだ。そんな二人の背後から、突撃の号令と共に味方・・の騎士達の蹄が立てる音が近付いてきていた。


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