Episode_09.20 城郭内の混乱
アルヴァンとガルスに率いられたウェスタ侯爵領の騎士達は第三城郭へ侵入していた。率いているのはユーリーとヨシンにノヴァを加えた騎士二十四騎と、従卒兵百人だ。そんな一行の前に立ち塞がる第三城郭東の通用門は、この時間ならば閉じられるはずであったが、開け放たれたままだった。
その東の通用門を通り抜けたところで、ガルスが城門管理を行う部隊に大声で問い掛ける。
「貴様ら! 所属を言え!」
「だ、第二十三衛兵隊です……ガルス中将様ですか!?」
「そうだ。お前達に出されている命令は?」
城門の管理棟という城壁と一体化した石造りの建物から出て来た第二十三部隊の隊長と思われる兵士は、ガルスの問い掛けに戸惑った様子で答える。
「それが……第二城郭からはルーカルト王子の命令として『城門を閉じよ』とあったのですが、先ほど出て行った第一騎士団の中隊長からは『避難民収容のため城門を開けろ』と言われていて……」
相反する命令が出ていたのだ。因みに城門を開けるよう指示したのは先ほど大通りで合流した第一騎士団の中隊の中隊長だった。結局城門を開けていたのは、城壁の上から見える港湾地区の火の手の様子と、次いで避難してくる住民を受け入れるための措置で、第二十三部隊長の独断だった。
「事情は分かった、良い判断だ! このまま城門は開けておけ! ウェスタ侯爵が公子アルヴァンが命じる!」
状況を見て取ったアルヴァンの声が響く。いかにウェスタ侯爵家の跡取りだといっても、アルヴァンに「城門の開閉を指示する権限」は無い。権限は無いのだが、その自信に溢れる命令は聞く者を従わせる力がある。だから第二十三部隊の隊長は、その命令に敬礼をもって承服する意思を示すのだ。
「ところで第二城郭内にはどれほどの兵がいるのだ?」
「はい、衛兵隊は第一から第五の二百五十人が第一城郭、第十一から第十五の二百五十人が第二城郭に詰めているはずです。第三城郭内には我々を含めた第二十五部隊までがいるはずですが……それ以外の部隊は『特別休暇』という事になっております」
ここでも「特別休暇」ということだった。王都の治安を守る衛兵団の勤務は部隊毎の輪番制になっているが、城郭内に詰める部隊は第一から第二十五部隊と決まっている。それらの部隊が輪番で警備に当たるのだ。一方城郭外の市街地も同じようなものなのだが、全ての部隊が「休暇」となることは考えにくい。
「やはり、何者かが裏で……」
「ガルス、何者もなにも、そのような動きが出来るのは今『ルーカルト親衛隊』しか居ないだろ。違うか?」
「おっしゃる通りです……やはり?」
「ルーカルト……あのボンクラめ、しばらく大人しくしていたと思ったが……
アルヴァンの言葉にガルスは息を呑む。アルヴァンの言う「
「とにかく、第二城郭へ急ぐぞ!」
ウェスタ侯爵家の騎士達はアルヴァンの言葉に応じると隊列を整えて第三城郭内を進む。彼方此方には避難してきた人々がおり、各ギルドやアカデミーの建物の軒先に集団を作っている光景が先を急ぐ騎士達の周囲を流れていった。
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第二城郭の城門は一つだけだ。そして第二城郭から城壁と城門は本格的なものになる。高さ十メートル、幅四メートルを超える城壁は内部に通路と階段を備えており、防御に当たる兵は城壁の内部を行き来して各階段から城壁の上に出ることが出来る構造になっている。また、頑丈な城門は二重の作りになっており、分厚い樫材で作られた内門扉は表面を鉄や青銅の板で補強されている。有事の際は、その内門扉の外側に鉄製の格子門が降ろされる仕組みとなっている。
攻め落とすにはそれなりの準備と装備、それに覚悟が必要な防御構造は、リムルベート王国の国力に比例した堅固なものである。
そして、情報によれは、その第二城郭の城壁には衛兵中隊が五部隊、二百五十人の兵が防御に当たっている。アルヴァンもガルス中将も、いや騎士達全員がこの城門・城壁を力尽くで突破することは無理だと考えていた。だから、
(どうやって説得しようか?)
とアルヴァンは考えていたのだが、次第に近づく城門は意外なことに開け放たれていた。その上、城壁の上では
「何事でしょうか?」
「わからんが……突破するには都合が良い」
「全員! 城門を抜けたところで待ち伏せが有るかもしれん、気を引き締めろ!」
ガルス中将の言葉に全員が抜剣すると、城門を潜って行く。城門を潜った先は登り坂の斜面となっており、遥か前方には第一騎士団と第二騎士団の詰所があり、その先が第一城郭の城壁と城門である。
「ノヴァ! 周囲の状況は?」
心配した待ち伏せの類は無く、ただ頭上から言い争う衛兵達の声が聞こえる状況に、アルヴァンはノヴァの精霊術を頼る。
「ちょっと待って……城壁の上に兵士が二百人、前方では三百人以上が建物を包囲しているわ」
「建物?」
「そう……トルン砦にあった居館のような石造りの」
ノヴァの言葉に、アルヴァンが訊き返す。ノヴァは第二城郭内に入ったことがないので、風の精霊が伝えるイメージが何の建物なのか分からないのだ。それに、ガルスが口を挟む。
「騎士団の詰所でしょうな」
邸宅を出発する前に、物見櫓の兵士が伝えてきた「騎士団の詰所から煙が上がっている」という情報と結びつけたのだ。
「分かった……よし、前方は気になるが、先ず後ろを固めるぞ!」
しばし考えた後にアルヴァンはそう結論付けると、騎士と従卒兵達に指示を飛ばす。ユーリーとヨシンは、他の騎士十人と共に従卒兵を引き連れて城門上、城壁の制圧を命じられていた。残りの騎士と兵達は下で待機という事だった。
「頼むぞユーリー、ヨシン」
「わかった」
「任せとけ!」
そんなやり取りの後、ヨシンを先頭に騎士達は城門管理棟に突入していった。
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管理棟一階の部屋の扉を蹴破る勢いで突入したヨシンは、中に誰も居ないことを知って拍子抜けしていた。
「多分全員上に上がってるんだ!」
「そ、そうだな」
続いて部屋に入ってきたユーリーの言葉にヨシンは頷く。城門の制圧を命じられた他の騎士達も部屋内に侵入しており、上へ続く階段を上り始めていた。
「ああ! しまった、一番乗りを取られた」
「……なんだよその『一番乗り』って……まぁいいや、行くよ!」
悔しそうなヨシンを促してユーリーは兵達に混じって上を目指す。既に階段を上り切ったのだろう、先に行った騎士が何やら怒鳴っている声が聞こえてきた。
「お前達! どうなっているんだ?」
騎士の怒鳴り声に対して、衛兵隊の誰かが返事をする。
「あいつ等が勝手に城門を閉めようとするから、ウチの隊長が止めに入ったら」
「ウチの隊長が斬られたんです」
「あいつ等まともじゃねぇよ!」
城壁の上は幅二メートルほどの通路になっているが、城門の周囲は広い空間になっている。そして城門の開閉を操作する巻き上げ機が納められている小屋の付近に出たユーリーとヨシンは、言い合っている集団を視界に納めた。
集団は二つに分かれていて、巻き上げ機の小屋周辺を固める百人前後の衛兵達と、それに詰め寄る百五十人の衛兵集団という風なっている。しかし、詰め寄る側の兵士達も困惑気味で、実際「そこを通せ!」と喚いているのは隊長風の三人と他数名の兵士だけだった。
「なぁ、この時間なら城門を閉めるのは普通じゃないのか?」
ヨシンが、適当な衛兵を捕まえて質問をする。その衛兵は、自分よりも大分年下だが騎士の甲冑を身に着けているヨシンに軽く敬礼すると
「いえ、通常は巻き上げ機の操作をせずに人力で門を閉じるのですが。あの三人の隊長とその取り巻き達が『命令だから』と言って……」
衛兵の説明によると、城門の内門は人力で扉を押すことで閉じる通常の運用以外に、巻き上げ機を用いて吊り上げられた重石に連結して、重石を城壁の上から落とすことで閉じる「戦時運用」が有るとの事だった。
重石を用いた戦時運用で閉じられた城門は、強固に閉ざされるため突き破る以外に外から開ける方法は無くなってしまう。一方、内側から開ける場合でも、重石を繋ぐ鎖と城門との連結部分が噛み合ってしまい、一度閉じると再び巻き上げ機を操作して重石を吊り上げる必要が出てくる。
特別な命令が無い限り、この方法で城門を閉めることは無いのだが、衛兵の言う三人の隊長らが、
「ルーカルト王子から命令を受けた」
と言い張り、巻き上げ機を操作しようとしたのだ。それに対し、装置を管理していた隊の隊長が反対し「斬られた」という訳だった。
その説明を聞いたヨシンはユーリーの方を振り返る。ヨシンだけでは無い、城壁の上に上がったウェスタ侯爵家の騎士達は互いに顔を見合わせている。
「命令書はあったのかな?」
「無いようです。ウチの隊長も命令書が無ければ出来ないと断って斬られました」
「なら、隊長を斬った他の隊長を『逮捕』しよう」
というのが、ユーリーの意見だ。見れば斬られた側の隊長は兵士達に介抱されている。命に別状はないようだが、肩から二の腕をバッサリと斬られたようで白い包帯に濃い血の赤が浮かんでいる。
「そ、そうですが……あの人数では」
ユーリーの意見に兵士が尻込みするように言う。しかし、彼の言葉を聞いていないヨシンは早くも揉み合う集団の中に割って入ると、事を進めているのだった。
「オイ! 斬ったのはお前だな?」
「なんだ田舎騎士!」
ヨシンが目を付けた隊長は血糊の付いた抜身の剣を下げている。因みに「田舎騎士」とは第一騎士団や衛兵団の連中が第二騎士団の面々を馬鹿にして呼ぶやり方だった。しかし、ヨシンとしては「田舎騎士」なのは否定できない事実なので、そもそも悪口とも感じていない様子である。平然とした様子で続ける、
「城郭内での無用な刃傷沙汰、虚偽の命令、それに……なんだっけ?」
「王族の名を騙った行為は、港に所属不明の敵が上陸している状態では『利敵行為』に該当する疑いがある、お前を逮捕する!」
ヨシンの言葉尻を捉えたユーリーがそう宣言する。その言葉に三人の隊長の後ろに控えていた衛兵達がざわめく。
「お前達も、反抗するならば同罪だぞ。分かっていると思うが『利敵行為』は死罪だ」
すかさず、別の騎士が大声でざわめく兵達に怒鳴り付ける。隊長に従っているだけの兵達は、突然現れたウェスタ侯爵の正騎士達の言葉 ――利敵行為と断定的に言い放つ―― に動揺を増すのだった。しかし、その言葉が届いていないような三人の隊長は口々に、
「くそっ! 俺は、俺は門を閉じなければならないんだ!」
「閉じなければ! ルーカルト様の命令なんだ!」
「邪魔をするな!」
と喚くと、残り二人の隊長も抜剣しようと剣の柄に手を掛ける。が、
「もう、面倒だ!」
と言い放ったヨシンが手甲の右手を無造作に正面の隊長 ――他の隊長を斬った者―― の顔面に突き込む。ヨシンの隣にいたユーリーも素早く距離を詰めると、柄に手を掛けた隊長の右手を掴み、逆関節に捻り上げる。更に、最後に残った一人は、剣を抜き放ったところでもう一人の正騎士に殴り倒されていた。
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