Episode_09.19 第二城郭へ
ユーリーの隣で戦う者は、既に騎士ドラスからノヴァに交代していた。流石に樫の木で出来た麺棒で大勢の敵兵に立ち向かうのは無謀だったようで、途中で麺棒を折られてしまったドラスは敵のカトラスを取り上げると奮戦したが、
「ドラスさん、代わるわ! 下がって」
というノヴァの声に応じざるを得なかった。一方ノヴァは、残り僅かな矢をリリアに預けると二階の窓から飛び降りてヒーターシールドと
しかし、早々に「芋」を撃ち尽くした庭には、石壁を乗り越えた敵が侵入し始めていた。庭に降り立った数人の敵兵に対して抜剣したアルヴァンと物干し竿を構えた屋敷の使用人達が挑み掛かる。使用人達の攻撃は頼りないものだったが、それでもアルヴァンを助ける牽制にはなった。そして、山の王国で鍛えられた業物の
だが、一旦侵入を許せば、屋敷の庭で満足に戦えるのはアルヴァン一人という状況だ。あっという間に周囲を十人程度の敵兵に囲まれてしまう。そんな状況で、アルヴァンの乗る雌馬は常に動きながら時に包囲する敵を威嚇するように距離を詰め、時に後ろ足で蹴り出す動作をして奮戦している。その上に乗るアルヴァンもまた同じであった。しかし、
(くそ、数が違い過ぎる!)
浅く斬り付けることは出来ても、トドメまでは刺せない状況で敵は増える一方だ。その時――
「うぁ!」
「なんだぁ?」
「馬が飛び込んで来たぞっ」
石壁の向こう側の路地に
「ルカン! 助けに来て――」
アルヴァンは「助けに来てくれたのか」と言い掛けるが、ルカンはその声をまるで、聞きたくない、と言わんばかりに途中で嘶きを上げて遮る。そして、大きな白い馬体を躍動させると、アルヴァンの周囲を取り囲む敵兵を文字通り蹴散らして行った。敵兵も何とか反撃を試みるが、彼等の武器はルカンを傷つけることが出来なかった。
庭に侵入していた二十近くの敵兵はあっという間に無力化され、彼等に続こうと石壁を乗り越えようとしていた敵兵達もその様子に二の足を踏む。そこへ、表通りの敵を掃討した第一騎士団と第二騎士団の混成騎士部隊が路地への突入を敢行した。元々逃げ腰の上、指揮官を討ち取られてしまった敵は、成す術もなく蹴散らされ、裏通りへ逃れるとそのまま港湾地区へ後退していった。
「今は追うな!」
そんなガルス中将の号令が路地の先から聞こえてくる。そして、静かになった路地から屋敷内へ、一仕事終えた雰囲気のウェスタ侯爵領の正騎士達が入って来るのだった。
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真っ先に屋敷の敷地へ入ってきたヨシンはユーリーの姿を認めると少し安心した様子で、
「大丈夫……そうだな。ホラ弓だぞ!」
と言い、ユーリーへ
「ユーリー! 大丈夫? 怪我してない?」
ドンという軽い衝撃と共にヨシンに向き合っていたユーリーの背中にリリアが飛びついてくる。一瞬前にヨシンの表情が「ニヤケ顔」に成ったので、こうなる事は察していたユーリーだったが、流石に他の正騎士が大勢いる所で愛する少女と抱き合うのは気が引けた。
「ほらリリア、離れないと血が付いちゃうよ」
「血? 怪我したの? 何処、見せなさい」
「ちがうよ……返り血。僕は無傷だよ」
「あぁ良かった!」
そんなやり取りに「こっちが火傷しそうだぜ」と言うセリフを残してヨシンはマルグス子爵家面々の様子を見に行くのだった。
一方で、屋敷の庭の方では、
「アルヴァン様! 御無事ですか!?」
馬を下りたガルスがアルヴァンに駆け寄っている。
「済まない、心配をかけたようだ」
「危うい所でしたか?」
「ああ、間違いなくギリギリだった。俺は
「何言ってるのよ、アルヴァンは『勝利する者』なのよ。これくらい平気よ」
ガルスとアルヴァンの会話にノヴァが割り込んでいる。そのノヴァの隣には、アルヴァンに尻を向けた状態のルカンが居るが、それは何時ものことだったので周りの騎士は誰も咎めないのだ。ガルスも「やれやれ」といった表情になるが、緩み掛ける顔を厳しくすると話を続ける。
「第二城郭にも異変が有るようです」
「……やはりタダの海賊の襲撃では無いな」
「はい、動きの悪かった第一騎士団の連中に聞きましたが……指揮系統が滅茶苦茶のようです」
「どう言う事だ?」
「王都に残留する四つの中隊の内、二つは第一城郭と第二城郭。そして残り二つは『特別休暇』となっていたようです」
「……有り得ないな」
「その通りです、ただでさえ戦時。それに『使節団』を迎えた状態で治安維持の要である第一騎士には休暇取り消しは有っても、特別休暇は有り得ません」
「指示したのは誰だ?」
「二人の大隊長です。二人とも王城で中隊の指揮を執っているとのことです……」
アルヴァンとガルスの会話は続くが、そこへ伝令の兵が駆け込んでくる。
「報告します、ロージアン侯爵、ウーブル侯爵共に出兵に同意されました。ロージアン侯爵の騎士団はこちらへ合流し大通りと第三城郭の防衛に当たられます。ウーブル侯爵の騎士団は、居住区に侵攻した敵の別部隊を掃討するという事です」
その伝令にガルスが返事をする。
「ご苦労! 休めと言いたいが、まだ働いてもらうぞ!」
「は!」
「至急河川港へ走り、上陸しているはずの哨戒騎士団に指示『居住区を守れ、独自行動を許す』必ず伝えよ!」
「ははぁ!」
アルヴァンの指示に駆け込んできた伝令兵は、水を一杯マルグス子爵家の使用人から貰うと、それを一気に飲み干し再び駆け出て行った。
「アルヴァン様、我らはいかがしましょうか?」
「そうだな……第一騎士団の中隊にここは任せよう。ロージアン侯爵の騎士団が間も無く着くのだろう」
「そうですな、して我らは……やはり?」
「そうだ、王城の様子が気になる」
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マルグス子爵家の人々と、屋敷に逃げ込んだ百人前後の集団はハンザを先頭としたウェスタ侯爵家の少数の兵士達に護衛され、小高い丘の上のウェスタ侯爵邸宅を目指して坂道を歩いている。その集団の中にはポルタと子供達の移動を助けるリリアの姿もある。マルグス子爵家を巡る戦いが終わった今、十月半ばの夜の空気が思った以上に冷え込んでいることを感じるリリアは、その夜の闇の向こうに浮かび上がる王城の方を見る。
ウェスタ侯爵の騎士達はマルグス子爵の屋敷から王城を目指すことになっていた。リリアはユーリーに付いて行きたかったが、彼の気持ちを考えるとそれを口に出すことが出来なかった。
ノヴァは早々に付いて行くことを決めており、相棒のルカンの背に跨っていた。周囲の誰も、アルヴァンでさえ、その事を咎めないのは、皆彼女の実力を知っているからだ。しかし、リリアは別だった。
(私の我儘でユーリーを困らせたくない)
そんな強い想いが、自分の感情を抑制するのだった。また、リリアには見慣れない甲冑姿になったハンザが、
「リリア、人々の護衛を一緒に頼む」
と言ってきた事も理由だった。そんな彼女は、屋敷を出発する間際のユーリーに一言だけ、
「ユーリー……無事に帰ってきてね」
と言葉を絞り出すように言った。
そんな彼女に対してユーリーは微笑み返すとそっと顔を寄せて、
「勿論だよ、リリア」
「うん」
そんな小さな出来事を思い出すリリアは溜息を吐かない。ただ奥歯をギュっと噛締めると、王城を睨むように見つめるのだった……
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