Episode_09.18 包囲突破


 カルアニス海軍海兵団の現場指揮官はマルグス子爵の屋敷攻略が円滑に進まないことに苛立っていた。


 彼はカルアニス海軍が誇る最新式の三段櫂船五隻に分乗した海兵部隊の指揮官の一人だ。今回の作戦には別の部隊も参加していて、二つの部隊はカルアニスが誇る精鋭部隊 ――海兵団―― だ。その精鋭部隊を指揮する彼に与えられた任務は、リムルベート王都内に浸透・侵攻し戦略拠点である大通りと裏通りを制圧することだ。


 海賊共やロ・アーシラ海軍との戦闘とは異なり、今回は海軍力の皆無なリムルベートを相手とする陸戦任務だった。陸戦専門の部隊では無い彼の海兵部隊だったが、事前に聞かされた通り、作戦開始当初から全く抵抗を受けず、順調に任務遂行の一歩手前まで漕ぎ着けていた。


 二本の大通が比較的近いところを走る場所にある貴族の屋敷 ――つまりマルグス子爵の屋敷―― はあらかじめ決められた戦略目標だった。この屋敷を占領すれば一旦任務完了となるのだが、ここまでの順調な進軍とは裏腹に、屋敷からの抵抗は頑強そのものだった。


「『火爆波』の攻撃はさっきの一発以後は無いな?」

「はい」

「ならば、何故あんな低い壁を乗り越えられないのだ?」

「屋敷の二階から弓矢の牽制が凄まじく……」

「それも矢が尽きれば途絶えるはずだ! 攻め手を緩めるな!」

「はっ」


 指揮官である彼の叱咤に、副官は敬礼して返すと即座に前線へ戻っていく。その後ろ姿を見つつ、


(楽な任務は無いな……)


 と呟くのだった。


****************************************


 ガルス中将は我が目を疑っていた。それには色々と理由がある。大通りの先に陣取る三百前後の敵兵がマルグス子爵の屋敷を攻めあぐねている様子や、五十騎程の第一騎士団の面々がようやく追い付いてきたこと、などは理由の一つであったが、それ以上に――


「ハンザ! お前何をしているんだ?」

「戦える者は剣を取るべきでしょう、違いますかお父様?」


 兜の面貌バイザーを下ろした小柄な騎士だが、流石に父親であるガルスにはそれが誰なのか分かった。余りにも当然という風で屋敷を出た二十の騎士に混じっていたので今の今まで気付かなかったが、気付いてしまえば言いたい事が沢山あるガルスだ。


「戦える者は剣を取る、確かにその通りだが……パルサはどうしたのだ?」

「婆やらと一緒に邸宅に置いてきました」

「お前は……」


 何を考えているのだ! そう怒鳴ろうとしたところでガルスは娘に先手を打たれた。


「夫が帰る場所を守るのが妻の務めだと……そう婆やは言っておりました。ところでお父様、あの小さな屋敷が持ち堪えているのは中にアルヴァン様達がいるからに違いありません! 早く救出に向かいましょう」

「ぐ……何かあっても助けてやれんぞ、自分の身は自分で守れ!」

「心得ております」


(まったく、誰に似たんだ……婿殿デイルに叱られるじゃないか……)


 ブツブツと言い出すと切りがない、そう感じたガルスはそこで一旦ハンザに関する思考を止める。そして、前方で大通りを塞ぐように展開する三百前後の軽装歩兵を睨む。ガルス達は大通りの角に隠れているため、約五百メートル先にいる敵兵は未だこちらに気付いていなかった。


「おい! 第一!」

「はっ! ガルス中将」


 騒ぎが始まって二時間ほど経過した後で、ようやくに姿を現した第一騎士団五十騎を率いる中隊長を怒鳴り声で呼び付けるガルスは言う。


「一緒に突っ込むぞ、良いな?」

「勿論です!」

「よし!」


 そのやりとりを合図に、曲がり角に身を隠したガルス率いるウェスタ侯爵領正騎士二十と従卒兵、それに第一騎士団の一個中隊が突撃の準備を整える。そして――


「行くぞ! 突撃だ!」

「突撃だ! 突っ込めぇ!」


 角を曲がり大通りに飛び出した重装備の騎士達の姿に敵は大いに驚いた反応をする。指揮官と思しき人物が大声で喚き兵達を路地から大通りへ向けようとするが、突進する騎士を目にした敵兵達は、明らかに浮足立った様子となっていた。


「このまま通りを突っ切れぇ!」


 突撃しつつ、陣形は第一騎士団先頭で、第二騎士団のウェスタ侯爵領の正騎士達はその後ろを少し離れて追随するように変じていく。そして両騎士団は三十メートル以上ある大通りの道幅一杯に広がると、益々重圧を増しながら敵の集団に殺到していく。


 そんな中でヨシンは、なるべくハンザ隊長の左横になるように自分の馬をつける。ハンザ隊長の馬捌きも剣の腕も、ヨシン自身何度も目にしているが、


(しばらく現場を離れていたしな……)


 と思うのだ。そんなヨシンの気持ちが通じたのかは分からないが、ハンザは徐々に速度を調整すると、馬を一団の最後尾へ着ける。そして、


「ヨシン! 生意気な事を考えていると怪我をするぞ!」

「す、すみません、隊長!」

「……遅れを取るなよ!」


 そんなやり取りが終わるか、終わらないかという時に先頭の第一騎士団が敵兵の集団に突入した。


ドンッ、バンッ!


 という鈍い音と共に敵兵の悲鳴が上がる。重武装した騎士の全速力の突進は、それそのものが武器であり凶器である。次々と敵兵が跳ね飛ばされ、蹄に蹴り飛ばされていく。前列の騎士の突進を辛うじてすり抜けた敵兵も、続く二列目の騎士達が馬上から繰り出す槍や剣の前に次々と倒れていく。


 勿論突撃した騎士も無傷という訳には行かない。すり抜けざまに防具を掴まれ、或いは馬の足を切られ落馬する者が十名程度出てくる。そんな騎士達に、突撃を生き残った敵兵が群がりトドメを差そうとするが――


「俺達はウェスタ侯爵様の騎士団だ! 覚えておけい!」


 そんな大音声と共に、最後尾に着けていたウェスタの騎士達が突入する。既に第一騎士団により散々に荒らされた敵の集団に飛び込むと各自が思う儘に剣や槍を振るう。


「うぉぉ!」


 ヨシンは馬上から愛剣「折れ丸」を片手で振るい、落馬して意識を失った騎士に馬乗りとなっていた敵を切り払う。彼の乗る馬は名馬とは言い難いが、決して駄馬ではない軍馬だ。ヨシンはそんな馬を手綱とあぶみに乗せた両足の操作で向きを変えさせ、次の獲物を探す。突入前には三百前後だった敵兵は既に三分の一にまで数を減じると、路地の奥へ逃げ込むようになっている。そんな敵の兵士を目で追うヨシンは、路地の入口で、敵の指揮官と思しき羽飾りのついた兜を被った戦士と、小柄な騎士 ――ハンザ―― が剣を交えているのを目にしたのだ。


「……! ハンザ隊長!」


 思わず叫ぶヨシンは、咄嗟に馬を飛び降りると駈け出していた。


****************************************


 ハンザは突入と共に持前の観察眼で敵陣の様子を見て取っていた。有体に言えば「壊滅」という表現がぴったりの敵情だが、まだ統率を完全に失っていないのは派手な羽飾りの兜を被った指揮官が健在だからだと見て取る。そして、彼女は生存者を纏めて路地の奥へ誘導する指揮官に戦いを挑んだ。


 彼女の愛馬は、乗り手の意志を汲み取ると風のような速さで敵の指揮官に駆け寄りハンザの一太刀を助ける。


「いやーっ!」


 渾身の気合いと共にハンザは片手剣ロングソードを敵の派手な兜目掛けて振るう。その攻撃は確実に敵の兜を割り致命傷を負わせるもの、のはず・・だった……だが、


ガキィ


 敵の指揮官はハンザの一太刀に寸前の所で気付くと、手に持つ曲刀でその一撃を受け止めたのだ。分厚い刃が特徴的な幅広の曲刀ファルシオンとハンザの片手剣ロングソードが噛み合い火花を散らす。


(ちぃっ)


 一撃で仕留められなかったことに舌打ちするハンザは、しかし「受け」の体勢になっている相手に連続攻撃を叩き込む。馬上という高い位置を利用した斬撃は彼女の唯一の弱点である攻撃の軽さを補い、必殺の一撃を連続で打込む事を可能にする。しかし――


「甘いわ!」


 十に届こうかという斬撃を全て受けきった敵の指揮官は、息継ぎのために出来た隙を見逃さず曲刀ファルシオンを横薙ぎにして馬上のハンザへ叩き付ける。


「うぅっ」


 その一撃を何とか剣の鍔元で受け止めたハンザだが、勢いを受け止めきれずに馬上から転がり落ちる。ドンッという衝撃を背中に受け、肺の空気が全て押し出される感覚に喘ぐ。意識を失うまい、と何とか目を凝らすと兜の面貌越しに仁王立ちした敵の指揮官が曲刀を振り上げるのが見えた。


(油断した……)


 そう呟くハンザは、次の瞬間襲ってくる斬撃に身を硬くするが……それはやって来なかった。


「お前! 相手は俺だっ!」


 寸前のところで間に合ったヨシンは駆け寄った勢いのまま「折れ丸」を敵の指揮官に突き入れる。


「うぉ!」


 その迷いの無い突きに、トドメを差そうとしていた敵は驚きの声と共に後退した。そして曲刀を構え直すが、下がった相手をそのままにするヨシンでは無い。


「でえっい!」


 猪のように間合いを詰めると、両手持ちに構えた「折れ丸」を上下左右に打ち分ける。お互いに長めの武器を持つ者同士だが、ヨシンの方が若干リーチが長い。その上両手の膂力で操られる「折れ丸」の動きは素早く、敵の指揮官は防戦一方になる。


(だけど、それがお前の戦法なんだろ!)


 ヨシンは、ハンザに駆け寄る短い時間で敵の戦い方を見取っていた。堅く守り、相手の攻撃が途切れた瞬間に渾身の一撃を叩き付ける。ハンザとの戦いで見せたその戦法はとても「板に付いた」ものにヨシンには見えていた。だから、それが敵の得意な戦法だと山を張ったのだ。そして、その戦法に正面から挑むように連続攻撃を叩き付けていく。


 息を詰めて剣を振り続けるヨシンには、親友ユーリーの強化術は掛かっていない。それでも彼には地道な訓練で培ってきたスタミナが有った。だからヨシンは自分が頼みとする「折れ丸」に全てを掛けて敵を叩き続ける。そして、


「はぁはぁはぁ」


 息が続かなくなったように・・・、攻撃の手を止めて荒く息を吐くヨシン。その様子に、亀のように防御に徹していた敵は反撃に転じると電光石火の袈裟懸けの一撃をヨシンの右肩口目掛けて振り下ろす。


「うりゃぁ!」


 二人の戦士は同時に吠える――


 袈裟懸けに振り下ろされた敵の刃がヨシンの強化された肩当てに食い込み、止まる――


 ヨシンの腰だめに構えた「折れ丸」が雷光の如く突き入れられる――


 そして……ヨシンの折れ丸は見事に敵の指揮官の鳩尾に突き立つと、鋭い切っ先を背中に抜けさせていたのだ。


 若い騎士の勝利の雄叫びが戦場と化した大通りに響き渡った。


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