Episode_09.17 マルグス子爵家の芋合戦
「正面門はユーリー! それに騎士ドラス、頼むぞ」
「分かった!」
「ノヴァとリリアは?」
「ここよ! サハン男爵も居るわ」
「二階か……援護を頼むぞ!」
「まかせて!」
マルグス子爵の屋敷では、庭に陣取るアルヴァンの指示が響いている。正面門の防衛はユーリーとマルグス子爵家唯一の騎士ドラス。屋敷の二階 ――子爵の寝室―― にはノヴァとリリアが弓を構え、サハン男爵が瞑目して待機している。そして――
「ちょっと待て!
「トール様も、見てないで手伝って下さい!」
トール・マルグス子爵の慌てた声に、そちらを振り向きもしない家令セバスが答える。答えつつも、屋敷に逃げ込んだ人々に芋を配って歩いている。生の芋だ、勿論食べる訳では無い。
「まさか、敵に投げ付けるつもりか?」
「生で齧るわけには行かないでしょう!」
「セバス! 食糧だぞ」
「トール様、死んでしまえば食糧以前の問題です!」
「ぐぬぬ……」
そんな
「マルグス殿、今後は……少しでもいいから武具の類を整備しておくように……」
「わっ……分かりました、アルヴァン様」
思わず指摘するアルヴァンの言葉に、親子ほど年の離れた子爵は
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ユーリーと騎士ドラスが守る屋敷の入口の門には、門扉が無い。随分昔に、借金取りが持ち去ったのだ。そのためタダの石組のアーチである。その上、屋敷を囲む壁も高さが二メートル強の石壁である。
(大勢で攻められたら、とても守り切れないな)
と不安に思うユーリーだった。隣に立つ騎士ドラスも同じように考えているらしく、緊張した面持ちで麺棒を構えている。
「ところで、ドラスさん……その長剣は?」
「ははは、ユーリー君。この剣の中身は木剣だよ」
「え……」
ヨシンからマルグス子爵家の困窮ぶりは聞いていたが、
(まさか、ここまでとは……)
と、驚きを通り越して呆れた気持ちになるユーリーであった。そこへ、
「来たわ! 裏通りから!」
そんなリリアの鋭い声が聞こえた。
「先手を取る!」
リリアの声に大声で返したユーリーは、門から路地へ飛び出すと同時に「
路地から飛び出しざまに攻撃術を放ったユーリーの視界には五十人ほどの敵兵が見えたが、一連の攻撃で十数人を倒したと手応えを掴む。しかし、そんなユーリーの背中側 ――表通り―― から、
「敵は少数だ、構わず突っ込め! この屋敷を拠点に街を分断するんだ!」
と指揮官の声が聞こえてきた。どうやら、先ほどの攻撃は屋敷側の防衛力を測るための牽制だったらしい。そして、こちらの反撃が
ユーリー達の攻撃で一旦出鼻を挫かれた裏通り側の敵兵も、勢いを盛り返して距離を詰めてきている。
「ユーリー、一旦屋敷の中に引いて! サハン男爵がもう一回撃つ」
そんな耳元で聞こえるリリアの声に、ユーリーはもう一度「火炎矢」を路地へ向けて放つと一旦門の内側に戻る。
「どうだ、ユーリー君?」
「凄い数ですよ……二百人以上いる」
「……」
一方屋敷の二階に陣取るリリア、ノヴァそれにサハンの三人は下にいる者よりも良く状況が見えていた。
「表通りと裏通りで合せて……三百はいるわね……」
窓から顔を出して、ノヴァがそう言う。そして、彼女の隣から外を覗こうと、サハン男爵も窓に近付くが、そこに敵の矢が飛び込んできた。
「うわぁ!」
「サハン男爵、気を付けてね」
「わ、わかった」
思わず窓から飛び退くサハンにリリアが声を掛ける。やはり「荒事」に慣れていないサハン男爵は青い顔をしているが、一度生唾を呑み込むと言う。
「敵が壁や門に取り付いたところで、もう一度さっきの『火爆波』を撃つ……それで私は撃ち止めだ……魔力が持たない」
「
(この歳で魔力欠乏症は……キツイな)
実際は二発撃つのも辛い状況だが、サハン男爵は半ば諦めた風にそう考えるのだった。
「サハン男爵、今が撃ち時だと思う!」
「わ、わかった!」
ノヴァの声に促されると、サハンは一度大きく息を吐いて集中し複雑な放射系の攻撃術に取り掛かるのだった。
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ドォォォン!
地鳴りのような音と石壁が崩れるかと思うほどの衝撃に加えてパッと路地を照らす赤い炎が上がる。全て一瞬の出来事だったが、サハンの放った「火爆波」で路地の両側から押し寄せる敵の内、裏通りから進む一団は殆ど壊滅していた。しかし、本隊は表通り側だったようで、勇敢な敵兵は爆発を伴う攻撃魔術をものともせずに壁や門に突入してくる。
ユーリーと騎士ドラスは門へ殺到してくる敵兵の曲刀を夫々の武器で払い除けては反撃を加えていく。さらに、ユーリーは「蒼牙」の力を借りた「
「ユーリー君は、流石に強いな! ヨシン君の言った通りだ!」
「そんな事無いですよ!」
殺到する敵を退けつつ、声を掛けてくる騎士ドラスも中々の使い手だった。騎士デイルと比較すれば、同等とまでは行かないだろうが、それでも樫材でつくられた麺棒を振り回して殺到する敵の攻撃を器用に受け流し、打ち据えていく。
その様子を横目に見つつ、ユーリーも危なげなく立ち回っている。華奢な見た目の仕掛け盾だが、ミスリル素材の特徴である軽量と堅牢性を充分に発揮し、敵の大振りな曲刀の一撃を受け止めると、魔力によって鋭さを増した「蒼牙」で革鎧ごと胴を切り裂くのだ。しかし、
(壁に取り付いた敵までは……手が回らない)
のだった。
一方庭に待機するアルヴァンとマルグス子爵、それに避難してきた男達は壁をよじ登ろうとする敵が頭や上半身を出した所目掛けて「芋」を投げ付けていく。音頭を取っているのは家令のセバスだった。
「アッチに顔を出したぞ! 投げろ!」
その号令に従って数十人の男が手に握った芋を投げ付けていく。たかが芋だが生のそれは硬く重量もある。それが勢い良く飛ぶと数個が石壁をよじ登ろうとして顔を覗かせた敵兵の顔面を強打するのだ。
「うわぁ!」
その兵士は情けない声を上げると顔を仰け反らせて壁の向こうへ消えていく。敵兵の中には壁の向こう側から芋を投げ返してくる者もいるが、山なりの軌道を描く芋は庭に陣取る男達に当たるものでは無かった。
そんな状況で、マルグス子爵一人が、
「お前達、ちゃんと狙えよ! 無駄撃ちするなよ! 食糧なんだぞ!」
と男達の間を右往左往しながら声を掛けている。そこへ――
ヒューン
と緩い風切音をたてて投げ返された芋が飛んでくると、子爵の頭を直撃した。
「痛っ! ……こん畜生! もういい、じゃんじゃん投げろ! 私が許す!」
一気に激高するマルグス子爵なのだ。周りの男達は「おお!」と気勢を上げているが、少し下がった場所からその光景を見るアルヴァンは、
(イマイチしまりがないな……)
と冷めた気持ちになるのだった。確かに庭から芋を投げる男達の攻撃は壁を乗り越えようとする敵を叩き落とすが、それ以上に効果的だったのは二階に陣取ったリリアとノヴァからの弓矢による牽制射撃だった。
状況は拮抗しているように見えるが、二階の二人の矢筒が空になれば芋を投げ付ける程度の攻撃では敵の勢いは止まらないだろう。そう考えるアルヴァンはいよいよ覚悟を決める。そこへ微かに馬の嘶きが聞こえた気がしたが、都合の良い空耳と思い目の前の状況に集中するのだった。
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