Episode_09.16 救援急行!


 ユーリー達がマルグス子爵の屋敷に辿り着く少し前、ウェスタ侯爵家の邸宅にも「港湾地区の異変」が伝わっていた。伝えてきたのは非番で街をぶらついていた兵士だった。元々今晩は、テバ河を下って王都に到着する予定の「応援部隊」を受け入れる準備をしていた邸宅は、その報せを受けてにわか・・・に慌ただしくなる。


「ガルス! いま邸宅におる手勢は?」

「は、騎士が二十に、従卒兵が百二十です」

「そうか……近隣の住民を邸宅に避難させるために兵士を送り出せ!」

「ははぁ!」


 侯爵ガーランドの判断は、情勢が明瞭に分かるまでは「様子見」である。一方で近隣の住民を邸宅に避難させることも忘れない。指示を受け、避難を促す使いの兵士が十名ほど邸宅の門を飛び出すと坂を駆け下っていく。


 やがて、近隣に住む者がワラワラと邸宅へ集まって来る。かつて「親善試合」が行われた邸宅内の広場に集まる人々は兵士達の誘導を受けて、本来応援部隊のために設営していた天幕へ納まっていく。まだ火の手も敵の姿も目にしていない「山の手」付近の住民は落ち着いた様子で兵士の誘導に従っている。


 一方で、物見櫓の上の兵士は王都の状況を伝えて来る。


「港湾地区の船着き場とは別に、テバ河沿いの居住地区にも火の手が上がっております」

「敵兵と見える者達が大通り伝いに繁華街を北上しております」


 その報告を聞くガルスは広場に出した大机の上の地図を睨む。隣では侯爵ガーランドも同じようにしている。


「港湾地区から西へ進み商業地区、そして足元の『山の手』へと続く大通りがあるな」

「はい、その通りを押えられると大勢の人々が住み暮らす居住区が孤立してしまいます」

「敵はそれを狙って動いておるように見える……」

「見張り兵! 敵の人数は分かるか!?」


 侯爵ガーランドの洞察にガルスが物見櫓の兵へ呼びかける。しかし、櫓からは期待したものと違う返事が返ってきた。


「城郭内に火の手! 煙が上がっております!」

「なんだと!!」

「第二城郭です、第二騎士団の詰所近辺から煙が……いや、あれは狼煙か?」

「はっきりせんかっ!」


 不明瞭な物見櫓の兵の報告にイライラするガルスは声を荒げるが、隣の侯爵がそれを制する。


「ガルス、兵を急かすなよ。じっくり状況を見極めるのじゃ」

「はぁ……申し訳ありません」

「多方面から攻められておるのやもしれぬ……よし、ガルス! ロージアンとウーブルへ使いを出すのじゃ」

「はい、何と伝えましょうか?」

「港湾地区から城郭へ伸びる大通りの確保だ! 『我らと合力せよ』と伝えるのじゃ。それに衛兵団の市中詰所にも使いを出せ、動きが悪い連中の尻を蹴り飛ばして働かせるんじゃ」


 侯爵ガーランドの指示が実質的な出陣の合図となった。邸宅に詰めていた騎士二十が広場に馬を出して整列を開始し、その後ろには従卒兵約百が集まり隊列を整えようと動いている。


 広場には、近隣から避難してくる住民の数が徐々に増え始めている。全体としてバタバタと忙しなく準備が進む中、アルヴァンの元側係りのゴールスが血相を変えて侯爵ガーランドとガルスの元に駆け寄ってきた。


「どうした、ゴールス?」

「た、大変で……若殿様が未だお戻りではありません!」

「なんじゃと? そう言えば姿が見えぬが、何処へ行ったのか?」

「はぁ、マルグス子爵のお屋敷へ向かうと言い夕方前に邸宅を出ていかれました……」

「うむ……」


 ゴールスの言葉に黙り込む侯爵ガーランド。そこへ、広場に整列する騎士達の中から見習い騎士のヨシンが駆け寄ってくる。


「ガルス中将、ユーリーが未だ戻っていません」

「なんだと、何処へ行ったか分かるか?」

「多分、マルグス子爵のお屋敷へ……」


 思わず侯爵ガーランドとガルスは顔を見合わせる。そして、


「騎士を差し向けましょうか?」

「マルグスの屋敷は……ここか。商業地区と山の手の境じゃな」

「そうでございますな……大通りと裏通りの間に挟まれている場所……こうして見ると、要衝ですな」

「うむ。ガルス、済まぬがこのマルグスの屋敷の周辺を制圧してくれ」

「分かりました!」


 行方が分からなくなった若殿アルヴァンが目的地とした子爵の屋敷は大通りを防衛するための拠点と成り得る重要な立地だった。そして、見習いながら実力者のユーリーが同じ場所を目指しているという。


(仲の良い二人の事だ、きっとノヴァ殿やリリアとかいった少女目当てで出かけたのだろうが……屋敷にジッとしていてくれよ……)


 ガルス中将は念じるようにそう考えると、整列を終え号令を待つ騎士や兵士に対面する。


「良く聞け! 我らはこれより商業地区と山の手の境目にある地点で大通りの守備を行う。他家との連絡に不安はあるが、同士討ちは避けるように……わかったか!?」

「オウッ!」


 ガルスの気合いの籠った言葉に、騎士達が吠えるように返事をする。気合いは充分入っているようだった。その返事に満足したガルスは馬上に跳び乗ると一度だけ侯爵ガーランドを見る。


(頼むぞ!)


 と言う風に頷く老侯爵の姿を見て、老騎士は気を引き締めると兜の面貌を下ろして言う。


「全軍出陣だ!」


****************************************


 ウェスタ侯爵邸宅から外は下り勾配の坂道になっている。馬では速度が出せない白を基調とした石畳の上を騎士達は逸る心を押えて進む。追従する百前後の従卒兵と離れてしまっては軍勢の意味が無いからだ。


 そんな集団の中程にヨシンは位置している。西方諸国を巡る「使節団」の旅から世話になっている愛馬とも言っていい馬に跨り、左手にユーリーが使う馬の手綱を握っている。目的地は、彼も縁浅からぬマルグス子爵の屋敷がある近辺だ。そして、ユーリーとアルヴァンという二人の親友の行方が知れない。そんな状況で、彼は人一倍心がはやるのを何とか落ち着かせようと、やり慣れない「悪態」を親友に向けていた。


(まったく、ユーリーは、リリアちゃんが可愛いのは分かるけど、ここぞっ・・・・て時に……アルヴァンもアルヴァンだ! 二人揃って遊びに行きやがって)


 悪態が板に付いていない純朴な青年騎士の内心などこのような物だった。そんな彼は、ふと隊列の斜め前に見慣れない……いや、或る意味とても見慣れた騎士が進んでいることに気が付いた。


 親友ユーリーよりも輪を掛けて細身な身体は見覚えのある馬に跨っている。そして、その騎士は兜と首当ての間から細い金髪と青いスカーフの結び目を覗かせた……


(え!? ハンザ隊長!? なんで?)


 ヨシンは一人で目を白黒させるのだ。そんな彼の横を今度は白い馬体が猛烈な速度で駆け抜けていく。


(今度はルカンかよ……もう滅茶苦茶だな!)


 何故か笑みが浮かぶヨシンであった。


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