Episode_09.15 包囲


 絶えず左右に回り込もうとする敵に対して、通りの左側に寄るようにしながら後退しつつ位置を変え続けるユーリーは、飛び掛かってくる敵を浅く斬り付けて撃退することに専念する。大勢を相手にするときの戦法は騎士デイルから教えられたものである。そして、持ち主から魔力を吸い取るように呑み込む「蒼牙」の切れ味は凄まじく、「撫で斬り」に徹するユーリーの奮戦を助けている。


 或る者は右手を肘の下から失い、また或る者は太腿をザックリと割り切られる。苦悶の声を上げる敵は多いのだが、そんな傷ついた仲間を後方へ押しやり、新手が次々と襲い掛かる状況だ。ユーリーは補助動作無しの「魔力衝マナインパクト」でさえ撃ち出す暇が無かった。


(まずいな……)


 やがて裏通りに面した商店の軒先を背に半円状に敵に取り囲まれたユーリーは、観念した気持ちになる。せめて、人々が逃げる時間を稼げたことが唯一の救いだと思う。


(リリア……ごめん)


 今にも自分目掛けて突き入れられる数々の切っ先を見てユーリーは心の中で愛する少女に詫びる。しかし――


(あっ!)


 自分を取り囲む敵の集団の隙間から見える裏通りの中央部分に、握り拳ほどの大きさの赤い光が収束するのを捉えたユーリーは、次いで耳元で聞こえるリリアの声に反応する。


『ユーリー! 伏せて!』


 何故と問い掛けることは無く、ユーリーはその場で身を低くした。一方彼を取り囲んでいた敵は、目の前の若いが手強い騎士が最後の瞬間に怯えてちぢこまったと勘違いする、そして――


「しねぇ!」


 と誰かが口にした瞬間、


ドォォンッ!


 裏通りとそれに面する建物を揺らすような轟音、爆音が響き渡る。赤い光が収束した後、球体は一気に爆ぜると辺り構わずに炎の波と衝撃波を撒き散らす ――「火爆波エクスプロージョン」―― という放射型の攻撃魔術だった。


 ユーリーは姿勢を低くうずくまっていたものの、至近で発生した爆発の衝撃に弾き飛ばされ地面を転がっていた。しかし、幸いにして彼を取り囲んでいた多くの敵が致命的な熱と衝撃波を盾となって受け止めたために無傷だった。ただ「キーン」と耳鳴りを続ける聴覚と、朦朧とした思考を振り払うように頭を振って立ち上がる。


 裏通りの中央部分は爆発によって浅く地面が削り取られている。そして、周囲には身体の表か裏の片面のみを高熱で焼かれた死体とも怪我人ともつかない敵が何十人と転がっていた。


「一旦退け! 立て直すぞ!」


 という敵の指揮官の号令が通りの先から響いている。まだ幾分ぼんやりとした思考でその声を聞いたユーリーだが、次の瞬間


『ユーリー、屋敷まで逃げてきて! 早く!!』


 というリリアの声を聞き、急速に意識が明瞭となった。風の精霊術「遠話テレトーク」で声を送ってくるリリアだが、彼女の後ろの喧騒も同時に伝わってくる。


「リリア、まだマルグス子爵の屋敷なのか?」

『そうよ、避難する人達が押し掛けてきて動けない!』

「分かった、直ぐに行く!」


 ユーリーはそこで言葉を区切る。するとそんな彼に対して、今度は別の声が頭上・・から掛かった。


「ユーリー! 早く皆を連れて城郭か侯爵様の邸宅へ!」

「あっサハン先生!」


 頭上からユーリーに声を掛けたのは、「浮遊レビテーション」で空中に浮遊する前魔術アカデミーマスターのサハン・ユードース男爵であった。先程の「火爆波」も彼の放った攻撃術だったのだ。


「港湾地区から敵の集団が迫っているのが見える。マルグス子爵の屋敷に集まっている人達を早く逃がすんだ!」

「はい!」


****************************************


 ユーリーはサハンと共にマルグス子爵の屋敷に戻り、その状態に驚いていた。彼の目の前には、混乱を逃れてきた人々が集団となって屋敷に押し掛けていたのだ。屋敷の立地は商業地区の端、山の手の入口という場所で、表通りと裏通りを繋ぐ百メートルほどの路地に面している。表通りから裏通りへ逃れる人々と、逆の道順を辿る人々が丁度屋敷の前でぶつかり、そのまま見栄えの悪い子爵の屋敷へ入り込んだと言う訳だった。


「ユーリー! 大丈夫だった?」


 周囲の喧騒に負けずに、ずっとユーリーの動きを風の精霊で追っていたリリアが目に涙を溜めて抱きついてくる。グッと彼女の重みを感じるユーリーだが、堅い板金の胸甲越しではその柔らかい感触を感じ取れないことに少し勿体無い気持ちになる。だから、ユーリーは、抱きつくリリアの両肩を掴んで少し引き離すと、自分から少女の右耳の辺りに顔を近づけて一度深呼吸するように息を吸い込むのだ。少し汗ばんだ耳元から首筋に掛けて、そして、明るい茶色の髪から発せられる体臭を吸い込んだユーリーは、小さな声で


「もう、大丈夫」


 とリリアの耳元で言う。その突然の行動にリリアは、


「あ……」


 と呟きとも溜息とも取れない息を漏らし、次の言葉を継げなくなってしまった。そこへ、


「ユーリー、彼女の事もいいが!」


 とサハン男爵の少し苛立った声が掛かったのだった。


****************************************


 マルグス子爵は、大勢の人々に踏み荒らされる庭の畑を茫然と見ていた。


(ああ私の畑が……まぁ、芋を収穫した後でよかったとするか……)


 大勢の平民が屋敷に土足で踏み込んだ事よりも、食糧が無事な事に安堵する自分に何の疑問も持たない子爵は気を取り直すと大声で言う。


「皆の者、落ち着け! これから王城へ向かうぞ!」


 だが、威厳の足りない子爵の言葉に百人ほどの人々は耳を貸そうとしないのだ。その事を情けなく思う子爵は助けを求めるような目をウェスタ侯爵家の御曹司に向ける。アルヴァンはその意図を見て取り、少し情けない気持ちになるが仕方なく言う。


「落ち着け! 俺はウェスタ侯爵の公子アルヴァンだ! 皆良く聞け、この屋敷には長く留まれない。女子供を先頭に城まで逃げるぞ! いいか!」


 因みにアルヴァンは屋敷まで乗って来た馬に跨り馬上からの号令である。その少し高い声と何より「ウェスタ侯爵」という名前で人々は幾分かの落着きを取り戻していた。


「これから、裏通りを進み第三城郭の東通用門から中へ入る……」


 そうしてアルヴァンが道順を説明し掛けたとき、その横に立っていたノヴァが声を上げる。


「アルヴァン! ……駄目だわ、表通りも裏通りも敵に塞がれている……」


 途中から声のトーンを落としてなるべく混乱に拍車を掛けないようにするノヴァの声に、アルヴァンは号令を止め同じく潜めた声で会話する。


「どれくらいの数だ?」

「路地の両端に百人ずつ……かしら」

「突破は無理だな?」

「私達だけなら……って訳には行かないわよね」

「だな」


 ノヴァはチラとポルタの周辺に集まった孤児や、母子連れ、さらには親からはぐれた子供の集団に目をやっている。その視線を追ったアルヴァンも即同意する。


「今、援軍が向かっていると情報が入った! よってこのままこの屋敷に留まることにする。女子供を屋敷の奥へ移せ。男は全員このまま庭に待機だ!」


 そう言うと、アルヴァンは馬を下りる。勿論「援軍」など口から出まかせだが、混乱し易い人々を落ち着かせるための「方便」であった。すると、庭に留まれと言われた男達から声が上がる。


「俺達はどうするんだ!?」

「戦おうにも棒切れ一本無いんだぞ!」

「せめて石くらいあれば……」


 そんな風に言い立てているのだ。「女子供を守れ」といわれて「厭です」という男が実際どれくらいいるのか分からないが、百人近い集団の中でそう意見を言える者はいなかった。その代りに「武器が無い」と精々の反発を見せるのだ。しかし、その言葉に、裏手の厨房から大きな篭を抱えて出てきた騎士ドラス、家令セバス、それに屋敷の使用人達が言う。


「石ころは無いが、『芋』ならあるぞ!」


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