Episode_09.14 避難
「早く逃げろ! ウェスタの邸宅か、城郭へ! 早く!」
ユーリーの声が、赤く燃え上がる炎の下に響く。
突然の出来事に茫然と港の方角を見ていた多くの人々は、港湾地区から逃れてきた人々 ――怪我をして血を流したまま走ってくる者も多い―― の様子に驚く。そして、我先に災難から逃れようとする群衆は大通りを目指すのだった。そんな人々の波に揉まれながら、ユーリーやアルヴァン、リリアとノヴァも同様に、周囲の人々に声を掛けつつ大通りを進んでいる。
王都リムルベートは港湾地区から繁華街、そして商業地区に至る一帯が混乱に包まれていた。港に接岸した敵はそれ程進軍速度が速くないものの、既に港湾地区を制圧したようで、今は繁華街から商業地区へ進出しつつあった。
そういう状況下で、大通りは城郭の方へ逃れる多くの人々で埋め尽くされている。怪我人を戸板に乗せた水夫と思しき人々が群衆を掻き分け先へ進む。戸板に乗せられた怪我人は皆一様に剣で斬り付けられたような傷を負っている。中には戸板の上で息を引き取ったかのような生気の無い重傷者も多いようだ。
その近くでは、幼い子供が大きな泣き声を上げ、別の場所では母親のような年代の女性が我が子の名前を叫んでいる。そんな人々の中を掻き分けて進むユーリーとリリア、それにアルヴァンとノヴァは商業区の外れで大通りから路地へ逸れる。
「なんでだ! 衛兵隊も第一騎士団も……なんで姿が見えない?」
「分からない。最近は煩いほど街中にいたのに……」
路地に飛び込み一息ついたアルヴァンの言葉にユーリーも同意見だった。ノーバラプール攻めが決定して以降、普段以上に街を巡回していた衛兵隊と第一騎士団の姿は何処にも見当たらなかったのだ。
「ユーリー、早く!」
「わかった!」
路地に入ったところで疑問を言い合う二人にリリアの呼び声が掛かる。彼等が目指しているのはマルグス子爵の屋敷である。そこに滞在している孤児達を連れてウェスタ侯爵の邸宅へ逃げ込むつもりなのだ。
「何事ですか、アルヴァン様?」
とは、騒ぎを聞き付け門の前に出ていたマルグス家唯一の騎士ドラスである。
「ドラスさん! 今すぐ皆を起こしてウェスタ家の邸宅へ避難します!」
「港が何者かに襲撃されているんだ!」
その言葉に弾かれたようにドラスは屋敷内へ戻る。それを後ろからノヴァとリリアも追うのである。一方門の前で待つユーリーとアルヴァンはさっきの会話の続きをしている。
ここまで逃れてくる道すがら、ノヴァは
「ガレー船だな……多分『四都市連合』の海軍だろう。確か一隻の定員が三百だから……」
「千五百か、半端な数だな……」
「なぁユーリー、やっぱりオカシイと思わないか?」
とはアルヴァンの言葉である。ユーリーも同意見だ。彼等二人が腑に落ちないのは、攻めてきた敵の数が、本来のリムルベートの防衛力に見合った規模では無いということだった。
「……考えてても仕方ない、ちょっと斥候に出てくる」
「わかった、すぐ戻れよ!」
気になるが、答えの出ない思考よりよも周囲の安全確保を優先するユーリーはそう言い残して屋敷を後にした。
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ユーリーは大通りと並行して走る裏通りを数区画分、港方面へ戻り様子を伺う。普段は人気の少ない裏通りは道幅約十メートル、裏通りにしては大きな道だが、今は王城の方へ逃げる人々でごった返している。そんな喧騒の中、
(千五百って微妙な数字だな……王都を攻め落とすには数が少ないが、港湾地区を襲撃するには少し多い……それに)
ユーリーは物陰に隠れて裏通りの先を見つつ先程の考えの続きを巡らせる。なにより気になるのは、すでに火の手が上がって一時間近く経過しているのに、衛兵隊も第一騎士団も防衛の動きを見せていない事だった。
(まさか、裏切り?)
そう思うユーリーの脳裏には、ふと今日の昼に謁見の間で見たルーカルトの薄い笑みを張り付けた表情が過った。その時――
「きゃーっ」
「き、来たぞー!」
「早く逃げろ! いそげー」
裏通りを急ぐ人々の奥から一際大きな悲鳴が上がる。そして、逃げる人々を追い立てるような松明の明かりが迫って来るのだった。
(くそっ!)
ユーリーは、裏通りを逃げる人々の最後尾に、年端もいかない子供を抱える母親の姿を始めとした女性の集団を視界に捉えていた。彼女達と、迫る敵の距離はもう二十メートルも無いように見えた。逃げる集団に迫る敵の数は定かではないが、松明の数から見ても、
(百はいないだろうけど……)
そう思うが、それでも数の多い敵の数に怯む自分を感じる。
(何を怖気づいてるんだ! 哨戒騎士だろ!)
自分を叱咤するユーリーは来年の叙勲を前に暗記した「哨戒騎士の心得」の一節を思い出す。
――華々しく散る名誉より、泥を啜っても民を守る騎士道を。哨戒騎士は護民の徒であるべし――
貴族に
「みんな急げ! ウェスタ侯爵の邸宅へ逃れるんだ!」
裏通りに飛び出したユーリーは、そう叫ぶと右手の「蒼牙」で山の手地区の方を指し示す。既に強化術である「加護」を自分に掛けた状態で右手の愛剣には魔力を叩き込んでいる。そして、人々の最後尾を行く女性の集団と敵の間に割って入るのだ。
突然現れた若い騎士に敵の集団は目標を変えたようだった。
「たった一人だ、押し潰せ!」
全員が揃いの
ババババッ!
突然闇に浮かび上がった十本の燃え盛る炎の矢が敵の前列に襲い掛かる。ユーリーの放った攻撃術「
「クソ! 魔術を使いやがる!」
「一気に畳み掛けろ、術を使う暇を与えるな」
先頭集団十人が火達磨になり悲鳴を上げるが、その後ろから冷静な指示を出す声が響く。そして、一旦怯んだ敵の集団は、再び ――今度は通り一杯に散開して―― ユーリーに迫るのであった。
対するユーリーは余り少数が有利といえない広い裏通りの中央に立っている。背中には裏通りを走って逃げる人々の気配が遠ざかるのを感じるが、
(まだ、充分じゃない)
そう思い、この場に踏み止まっているのだ。敵の数は、酷い火傷を負って道端に
「うぉりゃ!」
「しねぇ!」
ユーリーの左側から未だ若い二人の敵がカトラスを振りかぶって斬りかかる。ユーリーは咄嗟にその一人の一撃を盾で受け止め、もう一人の斬撃を蒼牙の腹で
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