Episode_09.13 籠城


 時間は少しだけ溯る。


 晩餐を終えたローデウス王は配下の近衛騎士隊長を含む五名の騎士を伴い、居館へ続く短い渡り廊下を歩んでいる。今晩は珍しくルーカルト王子が


「少しお話をしたい」


 と言うので、ローデウス王の一行の後ろにはルーカルトと彼の近衛騎士隊五名が付き従っている。そんな一行は居館に入ると二階へ上がる。二階は居室と寝室という造りである。調度品は豪華であるが、派手さを極力排しているため全体として質素な雰囲気が漂った空間だ。かつてウェスタ侯爵領を襲ったオーク戦争の後に、侯爵ガーランドがローデウス王に見舞いと称して面談したのもこの場所である。


 ゆったりとした長椅子に腰掛けたローデウスは、部屋の扉を背に立ったままのルーカルトを見る。配下の近衛騎士達は居室の扉の外に控えているので、この空間には王と王子の親子二人きりである。


「どうしたルーカルト、座らぬのか?」


 ローデウスの問い掛けだが、ルーカルトは薄く微笑んだような表情を顔に張り付けたままだ。最近この王子は、このような表情で過ごすことが多い。それをローデウス王は


(心の中が治まった証拠よ)


 と思っていたのだが、改めて二人きりでその表情を見ると「うすら寒い」何かを感じるのであった。腹のシコリがシクシクと痛む感覚が不意に思い出される。


「……何か、話があるのでは?」

「……ヤレッ!」


 再度問い掛けるローデウスに対する返事ではない、鋭い声を上げるルーカルト。その声に応じるように、室外でガシャ、ガシャと甲冑の立てる音が響き続いて籠った呻き声が上がる。


「……父上」

「ル、ルーカルト、何をしたのだ……」

「そのような怖い顔をされると、このルーカルト、とても心が痛みます」


 相変わらずの表情のままだが、一歩距離を詰めるルーカルトが言う。


「父上……王位を譲って下さいませぬか?」

「なにを……正気か、ルーカルト?」

「はい、既に第一城郭内は私の配下が押えております」

「む、謀反というのか?」

「謀反? いえ、父上はお心の儘に私へ王位を譲るのです」


 そう言うと、ルーカルトは窓際へ歩み寄り何気ない動作でカーテンをけると窓を開ける。冷たい十月の夜風が部屋に吹き込むが、同時に何かが「焦げた」ような匂いが漂ってくる。


「父上、見えますか? 港が燃えておりますよ」

「なんだと!」


 ルーカルトの一言にローデウスは立ち上がり窓の外を見る。確かに微かではあるが、東の空 ――港湾地区―― が赤く照らされているように見える。


「ルーカルト……お前は一体?」

「敵襲でしょうか? 王都を守る兵力の大半は私の指揮下です。私が命じなければ防衛は儘ならないでしょう……」


 ルーカルトはそこまで言うとパッと王を振りかる。そして、


「父上が悪いのです、あの狭量な兄上に言われるまま、私をないがしろ・・・・・にした!」


 激昂して声を荒げるルーカルトだが、その内容に違和感を持つローデウスだ。


(何を言っておるのだ……兄であるガーディスをあれほど慕っていたはずなのに)


 ローデウスの心中が示す通り、ルーカルトは四歳違いの兄ガーディスを心の底から敬愛していたはずだった。しかし今、彼の口をついて出た言葉は敬愛する兄への「怨嗟」である。


「ルーカルト……狂ってしまったのか……」

「さぁ、皆の前で私に王位を譲ると宣言するのです! さもなければ、街が、貴方の大切な民が焼かれますぞ!」


****************************************


 王宮の最奥部でルーカルトがローデウスに譲位を迫っている頃、第二城郭内では既に目に見えた異変が始まっていた。


 港湾地区の火災を伝える伝令が届いた矢先、第一城郭の城門が閉じられたのだ。通常の運営とは異なる城門の動きをいぶかしむ第二騎士団詰所には、この時二十人の騎士とその従卒兵ら、それに王宮へ行かなかったドワーフ戦士団二十数名がいた。彼等は事情を訊くために従卒兵を数人選ぶと城門へ派遣したが、兵達は戻って来ず、その代りに第一城郭からやって来たのが武装を整えた五十騎の第一騎士団騎士と三百の従卒兵だったと言う訳だ。


 第二騎士団の詰所となっている石造りの建物はたちまちの内に味方のはずの第一騎士団に包囲されてしまった。そして、第一騎士団の大隊長が


「建物に残る第二騎士団に告げる、速やかに武装を解除し投降せよ! 貴様らは王家転覆を図った謀反の罪に問われている!」


 と大音声で呼びかけ始めるのだった。事の成り行きを唖然と見ていた第二騎士団の面々とドワーフの戦士達はこの言葉で混乱に陥った。混乱気味に怒鳴り声に近い言葉でやり取りが始まる。


「第一の連中、一体どうしたんだ?」

「わからん! 何かの演習か?」

「『使節団』が来ている時に演習など無いだろ」

「ちょっと待てよ、第一の連中、こっちが謀反を企てたと叫んでいるぞ?」

「謀反? 誰が?」

「そんなの知るか!」

「殿下は、ポンペイオ様は無事なのか?」

「わからん……城郭の中だ、くそ!」

「状況が分からないが、とにかく攻められた以上は防衛するしかないだろ」

「そうだ、何かの間違いに違いないが……誤解が解ける迄は立て籠もるぞ」

「そうだな、第一の連中の言いなりなど、成っていられない」

「返り討ちにして殿下をお助けするのだ!」


 混乱しつつも、次第に意見が集約していく。こうなって来ると各自が一端いっぱしの騎士であり戦士だ。自然と一番年長だったコンラーク伯爵家の老騎士が指揮を執る格好になり「籠城」の準備を始めるのだ。色々な爵家領地の正騎士とドワーフ戦士達の寄せ集めであるが、彼等は狭い入口に机や椅子を積み上げ防備を固める者と、備蓄庫から矢の束を運び出す者に分かれて準備に取り掛かる。


 元々第二騎士団詰所自体は、王城が外敵に攻められた場合に備えて頑丈に造られている。第二城郭内に在り独自の城壁は持たないが、建物は要塞のように堅牢である。一階の入口は狭く頑丈に造られているうえ、三階建ての屋上は平らな形状で外縁を鋸壁に囲われている。第二城郭が陥落した際には立て籠もり、敵を第一城郭に集中させないための備えであった。


「弓を使う兵を屋上に上げよ、さらに狼煙を上げろ!」

「狼煙といっても、どのような?」

「うっ……構わん煙が出れば何でも良いわ! 各屋敷から見えるようにするのだ!」


 若干混乱は有るものの、共通の危機を目の前にした騎士達は団結力を見せる。多くの者は、


(屋敷から救援が来てくれるのだろうか?)


 という不安を大なり小なり胸に抱えているが、それを吐露する場合ではないと奮起しているのだった。


「繰り返す、貴様らは『謀反』の罪に問われている。速やかに――」

「謀反とは誰が誰に対しての謀反か? 答えてみよ、ゲーブルグの青二才!」


 準備が整い始める。そして、立ち上る狼煙の煙を背にコンラーク伯爵家の老騎士が屋上から、包囲する第一騎士団の隊長に負けぬ声量で言い返した。


「我らが『謀反の逆賊』というならば、我らのあるじを連れて来い! そうで無いならローデウス陛下の投降命令を持ってこい! 話はそれか――」

「射掛けよ!」


 老騎士の抗弁が終わるのを待たず、館を包囲した第一騎士団の従卒兵がその老騎士目掛けて矢を放つ。十数本の矢が夜の闇を切り裂いて老騎士目掛け飛ぶが、寸前のところで彼は鋸壁に身を隠すと事無きを得る。そして、


「ええい、木端こっぱ貴族の次男坊め! 矢の撃ち方を教えてやる!」


 その号令と共に、今度は詰所の屋上に上がった弓兵らが応射の矢を射るのだった。こうして第二城郭は第一と第二騎士団が、分かれて争う戦場と化してしまった。


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