Episode_09.12 異変
その夜、王宮の奥にある国王の私的空間で行われた晩餐は和やかなものだった。和気藹々という訳には行かないが、参加する者はごく限られ、話題も
(人というのは、変われば変わるものだな……)
というポンペイオ王子の感想が示すように、ルーカルト王子は前回とは打って変わった穏やかな様子で、殆ど発言をしていない。
参加者は、山の王国側がポンペイオ王子と叔父のザッペーノ大使。それにドワーフ戦士団の隊長格が五名。対してリムルベート王国側はローデウス王、ルーカルト王子、宮中魔術師ゴルメスと宰相と渉外担当長官と長官補佐に昇進したチュアレ、それに近衛騎士隊長二名という少人数である。勿論晩餐の間の外には警護のための騎士が詰めているが、室内には数名の給仕が立ち働いているだけであった。
「そうですか、新しい鉱脈が見つかりましたか」
「いかにも、鉱脈というよりも鉱床という規模の鉄鉱石の層であるが所々銀鉱脈が走っているようだ」
「銀鉱脈ですか、それではミスリルも産するので?」
「はは、良くご存じで。まだ見つかっておらぬが、いずれは掘り当てるでしょうな」
という会話は、リムルベート王国の渉外長官とポンペイオ王子の会話である。補佐官のチュアレはこの勉強家の上司が事前に鉱脈に関する文献を読み漁って予習していたことを知っているので、
(流石長官殿だ)
と感心しきりである。一方宰相は、
「それでは、鉄の取引価格をもう少し融通して頂くことは……」
「宰相殿、その話は晩餐の後にしましょう。長くなる上にローデウス王には耳障りが悪いやもしれぬ」
目ざとく鉄の相場の話へ持って行こうとする宰相の出鼻をポンペイオ王子が制する。リムルベートに流通する鉄素材は殆どが山の王国製であるため、取引価格の話は重要な話題だが双方思惑がある話である。晩餐の場でする話では無かった。
「それでは、後程別室で……」
結局、宰相としてはローデウス王の見ている場所で「点数稼ぎ」をしたかったのかもしれないが、その目論見を引き下げるのだった。なんといっても病身の王を晩餐の出席させているのである。長くなるような話題は避けるべきだった。
晩餐に饗された食事は病身の王を配慮し、それほど「重い」ものでは無い。時間的にも長時間でないことは事前に知らされていたので、そろそろお開きという時間帯であることは皆の承知する所だった。
周囲の気遣いが分かるローデウス王は「そろそろお開きに」と言い掛けるが、そこへ近衛騎士の一人が晩餐の間へ入って来る。その騎士はそっと近衛騎士隊長の一人で、俗に言う「ルーカルト親衛隊」の中心人物の一人に耳打ちをする。やや顔色が蒼褪めているその騎士の様子であるが、耳打ちで報告を聞く隊長は平然とした表情を崩さない。そして、今度はその隊長がルーカルト王子へ耳打ちするのだった。
「どうした、ルーカルト?」
「いえ、大した話ではございません。今は市中の出来事は全て私に報告が入る故、失礼しました」
「そうか、ご苦労だな……それではポンペイオ王子、今晩はこれにて。楽しいひと時であった――」
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ポンペイオ王子とザッペーノ大使、それに数名のドワーフ戦士達は宰相、渉外担当長官と補佐官のチュアレ、それに宮中魔術師のゴルメスに伴われて、晩餐の間とは別の部屋にいた。部屋のテーブルには、引き続き酒肴となる食べ物とワインやスピリッツが数種類置かれていて長官を中心とした談笑が続けられている。
彼らがいる部屋は、謁見の間の前室である「控えの間」に面した会議室の一つである。詰めれば五十人は入れる広さの部屋であるが、ポンペイオ王子の使節団を構成していたドワーフ戦士団の内、王宮に同行していた護衛の二十人前後の戦士達はこの会議室の外 ――つまり控えの間―― に設けられた仮設の食卓で軽食を供されている。彼等の話声は自国の宮殿にいる時ほど大きくないが、それでも会議室内にも漏れ伝わっていた。
「いや、山の王国の人々を納得させられる質のエールを準備できませんでした……酒に関しては、我らの好みを押し付けるようで申し訳ありません」
「なにを仰るか、長官殿。我らとてたまには違う酒を飲みたいと思う時がある。現に外で待っている連中も其れなりに楽しんでいるよう……ちと
準備した酒がワインを中心としたものである点を詫びつつ、相手の国の特産品を持ち上げる、そんな渉外長官の言葉である。それに応じるポンペイオは自家の家臣団が部屋の外で立てる飲み食いと会話の音を冗談めかして言う。
「しかし、山の王国のエール『ピュア・エール』は国外には出荷しないとか……一度飲んでみたいものでありますな」
とは、宮中魔術師ゴルメスの言葉である。
「ははは、魔術師殿は流石に良くご存じで。
応じるポンペイオ王子はそう言うと機嫌良く笑うのである。そこへ、少し焦れたような様子で宰相が口を開く。彼としては、一年前の使節団が持ち帰って来た取引価格は多いに不満だったのだ。そのことで渉外担当長官を責めたが、
「仕方ないではないか、ウチの部下たちはそれこそ
と言うことだった。「針のムシロ」となった経緯は今更であるが、そう言われると宰相もその時は黙るしかなかった。その後は「四年後の使節団での交渉まで」と我慢をするつもりだったが、幸運な事に先方から王族が出向いて来たのだ。この機会を逃す訳にはいかなかった。
「ポンペイオ王子、昨年取り決めた鉄の取引価格の件ですが――」
満を持して宰相が口を開いたその時、にわかに部屋の外 ――控えの間―― が騒がしくなる。大勢の人間の足音や甲冑が出す金属音が聞こえてくるのだ。
「何事だ?」
ポンペイオ王子が、部下のドワーフ戦士に目配せをする。それを受けた髭面(ドワーフは全員髭面だが)の戦士が立ち上がるとほぼ同時に部屋の扉が乱暴に開けられた。
「殿下! 大変です、リムルベートの兵が!」
外に控えて食事中だった戦士の一人が血相を変えて飛び込んでくる。それと同時に、彼の頭上を通り越して一本の
カンッ!
弩から発せられた短い矢はポンペイオ王子の頭上を掠めて石壁に当たると乾いた音を立てる。
「宰相殿! これは一体!?」
思わず身を屈めたポンペイオ王子は、同じく椅子からずり落ちかけた宰相に詰め寄る。しかし、この部屋に居合わせるリムルベート王国側の人間は誰も状況を把握できなかった。
「王子、とにかく壁際へ」
そう言う宮中魔術師ゴルメスに押されるように、空いた扉から伸びた射線を避けるポンペイオ王子であった。そうする間にも控えの間からは
「ポンペイオを捕えよ! いや討ち取って構わん!」
という怒号が響いてくるのだった。その言葉に室内の面々は顔を見合わせるしか術が無かった。
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