Episode_09.11 火の手


 一瞬だけ考え込んだ風になったリリアだが、直ぐに何時もの調子に戻ると、悪戯っぽく笑いながら


「そうね、許して欲しかったら二日に一度は逢いに来るって約束してくれるかしら?」


 と言う。ユーリーは、心底可愛らしく映るその笑顔に安心すると同時に、難しい条件を出してきた少女に驚いた声を上げる。


「え?」

「どう?」

「いやぁ、二日に一度だと……」


 邸宅での役目に支障が出る、とユーリーが正直に言い掛けた時、


「あら、ユーリーさんに……リリアちゃん。二人揃ってお出かけ?」


 炭火焼の屋台の前で話し込んでいた二人に声を掛けて来たのは、同世代に見える女性だった。男好きする顔立ちに加えて何かとユーリーに構ってくるため、一時期ヨシンがからかいのネタにしていたアニーである。実際のところユーリーに気があった・・・ようだったが。ユーリーがリリアをつれて屋台街を訪れるようになって、何度かその様子を見かける内に、あっさりと諦めていたのだった。今は、


「おーい! アニー、こっち手伝ってくれ!」

「あいよー、あんた・・・! ちょっと待ってて」


 などと、内臓肉の煮込みを出す屋台の店主と声を掛け合っている。桐の木村出身の屋台店主は実直な男で、歳も三十代後半だがこれまで商売一筋で結婚することが無かった。そんな彼とアニーはいつの間にかそういう・・・・関係になっていたのだ。


「あ、アニーさんこんばんは。繁盛してるみたいね」

「お蔭様でね、後で煮込みをテーブルに持って行くわよ?」

「そうね、お願いします」


 そんなやり取りでリリアは注文を済ますのであった。実際、最初にアニーを見た時のリリアの印象は余り良く無かった。「女の勘」とでも言うべきものが競合相手の出現を察知したのだが、リリアの警戒を余所にアニーはさっさと鞍替えしてしまったので、それ以来は何のわだかまりも無い歳の近い女性同士の付き合いである。


 やがてテーブルに戻ったユーリーとリリア、それに待っていたアルヴァンとノヴァの所に注文していた料理が運ばれてくる。


「へー、邸宅で食べるものよりも……豪華に見えるな。ユーリーこれ全部で幾らくらいなんだ?」

「えーっと、牡蠣のオムレツ、豚肉の串焼き、魚と海老の炭火焼に内蔵肉の煮込みで……銀貨一枚と大銅貨十枚かな?」

「あってると思うわよ」


 アルヴァンの問いに答えるユーリーは各店での勘定を思い出して暗算してみる。そして答えを出してからリリアに確認するのだった。因みに一晩の食費として銀貨一枚は庶民にはかなりの贅沢と言えるが、屋台街の共用テーブルに各店で買い求めた料理を並べてみると見栄えが良いものだ。


「僕は、邸宅の食事も悪くないと思うよ……調理担当の人達は結構工夫を凝らしているもの」


 とはユーリーの言葉だ。アルヴァンが食べ慣れない料理を「おいしい」といって口に運んでいるので、邸宅の調理担当者達の肩を持ちたくなるのだった。一方で、ノヴァとリリアは


「こんなの毎日食べてたら……」

「太っちゃいますね」


 などと言い合っている。ウェスタ侯爵家邸宅の食事は質素だが、それは「質素倹約」が家訓のためである。一方マルグス子爵家の屋敷の食事も質素だが、これは単純に家計問題のためであった。何と言っても、限られた予算で来年春の税収まで持ち堪えなければならない子爵家である。


(来年の春まで持たせることを考えたら……まぁ太る心配なんてないわね)


 とリリアが皮肉っぽく考えていた時、土鍋から取り上げたアツアツの肉の塊をどうにか呑み込んで一息ついたアルヴァンが不意に言う。


「ところでユーリーとリリアは、なんで一緒に暮らさないの?」

「え?」

「え?」


 余りにも唐突なアルヴァンの質問に、思わず顔を見合わせるユーリーとリリアだ。因みに、リリアが以前養父のジムと暮らしていた家は家財道具ごと処分している。そのため、二人で暮らすとなると、何処かに家を借りる必要があるのだがユーリーの貰っている給金ならば、特に問題の無い程度の家を借りて暮らすことが出来るのである。


「考えてないわけじゃないよ。でもまだ見習いでしょ、だから正式に哨戒騎士に昇格したら……そうしようかと」

「え?」


 今度はユーリーの言葉に驚くリリアである。ユーリーがそう言う風・・・・・に考えていることが初耳の彼女である。思わず非難めいた調子で声を上げる。


「ユーリー、なんでそういう話を教えてくれないの?」

「だって……哨戒騎士になったら、ウェスタの領地に帰るかもしれないし、そしたらポルタさんのお手伝い出来なくなるだろ。それだとリリアが困るかもしれないと思って……」


 ユーリーとしては、騎士に昇格した後の自分が王都か領地のどちらに配属になるか分からないので、不確定な話でリリアを悩ませたくなかったのだ。しかし、こういった場合の「男の気遣い」は、往々にして女には「まどろっこしく」見えるだけである。だから、


「じゃぁユーリーは、もしも領地に配属になったら私は『王都に残ります』って言うと思ってたわけ? それで良かったわけ?」

「え? い、いや……そう言う訳じゃないけど」

「じゃぁ何で教えてくれないのよ!」


 にわかに、痴話喧嘩が始まるのであった。その様子を本来なら・・・・苦笑いしつつ見ているはずのアルヴァンなのだが……こちらもノヴァにやられていた。


「ちょっとアルヴァン。前から言おうと思っていたけど、あなたちょっと『ガサツ』よ!」

「えっ?」


 思わぬところから攻撃を受けてアルヴァンはたじろぐ、しかしノヴァは構わずに言うのだった。


「そういうことは、二人に任せて口出ししないものよ。聞いたとしてもユーリーにだけ聞くとか、有るでしょ? だいたいあなたは、私の時も――」

「ご、ごめん……」


 一方的に責められているアルヴァンの様子に、ユーリーとリリアの痴話喧嘩が一旦止まると、「まぁまぁ」と仲裁し掛ける……その時、


「火事だ!」

「港が燃えているぞ!」


 という叫び声が聞こえてきた。この声に流石にノヴァもアルヴァンを責めるのを一時中断すると、状況を良く知ろうとして、声の上がった方を見る。そして一拍置いた後、


「あ! これ……火事じゃない」


 と短く叫び、リリアの方を見る。一方ノヴァの目配せの意味を悟ったリリアは地の精霊に呼びかける地の囁きアースウィスパの精霊術を使う。


(なにこれ……この時間に港にこんなに大勢の人がいるはず無いのに)


 と感じるリリアには、離れた場所から地の精霊が伝えてきた地響き ――まるで大勢の人間が大地を踏み鳴らすような響き―― が伝わっている。


「港に……沢山の人がいる……こっちへ集団で向かってくる」

「なんだろう?」

「……ちょっと、わからないな」


 リリアの言葉にユーリーとアルヴァンは首を傾げる。そこへ、


「あぁ! 火を放っている……敵、なの?」


 より広範囲を探索できるノヴァの風の囁きは、港湾地区で大勢の男達が接岸した船から飛び降りると周囲の倉庫や船具などに片っ端から火を放っている光景をイメージとして

伝えてくるのだった。そして、彼女のイメージを裏付けるかのように


「火事じゃねー、海賊だ!」

「衛兵隊を呼べ!」

「みんな、逃げろ!」


 と叫び声の内容が変わったのだ。気が付くと、南東側の港の方角は夜空を赤く染める程の炎が立ち上っている。


「なんで!? ノーバラプールか?」

「わからないけど、とにかく邸宅まで避難しよう!」


 アルヴァンの疑問にそう叫ぶユーリーの目には、港の方角から逃れてくる人々と、それを追いたてるような大勢の人影が映っていた。



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