Episode_09.08 すれ違い
ひとしきり起こった笑い声の輪の中で、ユーリーは一旦リリアを気にすることは止めて、ポンペイオ王子との会話に集中しなければならなかった。ポンペイオ王子がユーリーの腰にある剣に注目したからだ。
「それにしても、ユーリー殿の腰の剣……新調したのだな?」
「え……はい、ザッペーノさんから頂きました」
「なんと、叔父上から?」
驚くポンペイオ王子に経緯を説明するユーリーである。
「ふむ、どう言った経緯でリムルベートの館に仕舞い込まれていたものか……分からぬがユーリー殿の役に立つならば、仔細は構わぬな」
「はい、この剣のお蔭で竜牙兵も退けることが出来ましたので、役に立ちます。ありがとうございます」
ユーリーはトルン砦の塔の頂上で、竜牙兵と対峙した話を引き合いに出して礼を言う。ユーリーとしては「それだけ役に立った」と表現したかったのだが、その言葉は思わぬ反響をもたらしていた。
「ユーリー! お前、あの『竜牙兵』を倒したのか?」
そう言って目を丸くしたのはアルヴァンとガルス中将を始めとした騎士達である。何と言っても竜牙兵は手強い相手として有名である。しかも、トルン砦へ突入した第一騎士団と第二騎士団の一部は傭兵団「暁旅団」が時間稼ぎに置いて行った三体の竜牙兵を相手にして、多大な被害を被っていたのだ。ウェスタ侯爵領の正騎士達も三名が犠牲となり、四名が現在所領地に戻って療養中となっていた。それを「退けた」と言っているユーリーに驚くのも無理は無い話だった。
「竜牙兵って、塔の上でブラハリー様が閉じ込められていた部屋の門番をしてたっていう、
とはヨシンの言葉である。因みに「蜥蜴骸骨」とはユーリーがヨシンに話した竜牙兵の外観から、ヨシンが思い付いたあだ名である。当時は居館の二階で階段を防衛していたヨシンは直接見ていないのだった。
「蜥蜴骸骨って……あの頭部は元の竜の骨格の再現だって言う話だけど、蜥蜴に見えるは間違いないね」
ヨシンの言葉に笑って応じるユーリーであるが、その二人以外の騎士達はユーリーに詰め寄らんばかりの様子である。
「ど、どうやって倒したんだ?」
詰め寄ってくるガルス中将の迫力に負けて、ユーリーは経緯を白状する。
「屋上におびき寄せて、『
早い話が自分の失策なのだが、結果的に「蒼牙」の持つ「
(あれ? もしかしてあの蜥蜴骸骨って、河の底で生きてたりしないよね……)
と、ちょっとだけ不安になるのだが、大半の者はその可能性には気付かず感心しているだけだった。
「ほぉ、
そう言うポンペイオ王子は、ユーリーから「蒼牙」を借りてその刀身を見ている。少し普通の金属と違い、鈍く青い光沢を持つ刀身に疑問を覚えるが、ユーリーが言うには千年以上昔、ローディルス帝国の初期の剣だと言うことなので、
(現在には伝わっていない製法なのだろうな……)
と、興味が湧いてきたのである。そこへ、
「そういえば、ポンペイオ王子。あの『剣』はどうなりました?」
とアルヴァンがポンペイオ王子に訊く。「あの剣」とは「深淵の金床の儀式」でポンペイオ王子自らが鍛えた魔剣のことである。その言葉に今回の訪問の目的の一つを思い出したポンペイオ王子は取り敢えず「蒼牙」を置くと相好を崩し、
「おお、よくぞ訊いてくれた! 今回はアレをローデウス王にお見せしようと思い持って来たのだが……勿論その前にお見せしよう」
そう言うと、ドワーフ戦士の一人に合図する。合図を受けた戦士は、邸宅を訪れてからずっと肌身離さず持っていた細長い木箱を差し出してくる。
「
そう言いながらポンペイオ王子自らが箱から取り出した剣は、抜身のまま絹の布が何重にも巻かれた上から油紙で厳重に包まれていた。その包装が取り外され、姿を見せた「
テーブルに置かれたユーリーの「蒼牙」と似たような形状であるが、それよりも指二本分ほど反りが強く刀身が細い。峰の方には刃が付けられていないが、何と言っても――
「おお……」
騎士達の間から溜息が漏れる。それほど美しい剣なのだ。しかし、この剣の価値は美しさだけではない。
「鉄をも切り裂く鋭さと、羽のような軽さ……アルヴァン殿持ってみるか」
ポンペイオ王子に言われてアルヴァンは恐る恐るといった風に手を伸ばすと柄を掴む。
「ああ! 本当に軽いな……これだけしっかりとした造りでこの軽さとは」
驚く声を上げるアルヴァンである。流石に人だかりの中で振り回す訳にはいかないが、持ち手を上下させたり、腕を伸ばして持ってみたりしてその軽さを確かめている。そして、ユーリーやヨシンもアルヴァンから受け取って、その美しい魔剣を手に取ってみる。
(「蒼牙」も軽いけど……「
(軽すぎて、頼りない……俺は「折れ丸」が良いな)
と夫々内心で感想を述べるのだった。
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一方、リリアは話に盛り上がる騎士やドワーフ達の人だかりの間に入り込むことが出来ず、外から中心にいるユーリーの様子を伺うことになっていた。山の王国の王子だというドワーフと親しそうに会話をしているユーリーの姿に、
(なんだか、偉い人に囲まれて……ユーリーはスゴイわね……)
そう感じるリリアは、しかし内心で呟いた言葉とは別の感情を抱いてしまう。これまでもうっすらと感じていた感覚の正体はハッキリとしないが「劣等感」「引け目」「罪悪感」といった感情が含まれているものだった。そして、リリアは身近に感じていたユーリーが急に遠い世界の人になったような感覚を覚えるのだった。
(やっぱり釣り合わないのかしらね……私なんか)
私は暗殺者の娘だ、と強く思うリリアである。養父のジムを責める気持ちは全く無いが、自分がこれまで育ってきたのはジムの稼ぎがあったからこそだ。だから自分は決して他人に胸を張って自分を語れる人間では無いと思う。
(今までだってユーリーに迷惑を掛け通しだった。黒蝋の時に、デイルさんに嘘を吐いたのはお父さんのためだし、その後の看病にも殆ど毎日付き合ってくれた。それに、この間のポルタ姉さんと子供達の時もそうだわ……)
リリアの思考はそんな自虐的な深みに落ち込んでいく。「決して私の事をそんな風に見ていない」そんな確信は、ユーリーが自分を見て微笑んでくれる時にはしっかりと感じることが出来るのだが、自分以外の人々と係わっているとき ――例えば目の前の光景のように―― には、言い知れない不安感が襲ってくるのだ。
そんな気持ちを打ち消したいから、二人でいる時は不自然に身体を押し付けたり、顔を近づけたりしてみせる。リリアは、自分の行為がユーリーを戸惑わせていることを自覚している。しかし、そう自覚してみたところで、どうしても「才能溢れ、将来を嘱望されたユーリー」と自分の不釣り合いさに思いが行ってしまうのだった。
傍から見れば、誰にも恥じることの無いリリアであるが、ひと
(私って……どうしたらいいんだろう……)
絶望的な呟きが胸を締め付けるような気がするリリアであった。
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