Episode_09.07 宴の華


 余所の爵家であれば、このような時は楽士が奏でる音楽と共に、華やかな婦人達が居合わせ、宴もたけなわ・・・・になれば、音楽に合わせて男女で組になり踊りもするのだろうが、生憎ウェスタ侯爵家の晩餐とは、


「食べる」「飲む」「語り合う」


 という色気の無さこの上ない三拍子が揃っている。この上「喧嘩」が加わらないのは常にガルス中将が目を光らせているからで、それが無ければ、状況は繁華街の酒場、それも夜が更けきった後の状況と大して変わりは無いのだ。


 そんな宴は始まったばかりであるが、上座のテーブルに座るアルヴァンの視線は、早速ノヴァの姿に釘付けとなっていた。隣ではポンペイオ王子と祖父の侯爵ガーランドが話をしているが、殆ど耳に入って来ない。


(普段の格好も凛々しくていいけど……やっぱり……)


 やっぱり何だと言うつもりなのかは置いておいて、そんなアルヴァンの視線はノヴァを通り越した向こう側で、同じくノヴァの隣にいるリリアをボーっと、やや鼻の下を伸ばした締まらない表情で見ているユーリーに気付く。殆ど同時に、ユーリーも同じような表情のアルヴァンに気付いた。そして二人は同時に、


(なんてみっともない顔をしてるんだ……)


 と、お互いのことを評するが、次の瞬間自分も似たような表情なのだろうと気付く。そしてサッと視線を逸らすのだった。


「これアルヴァン、何をぼうっとしておるんじゃ……ははぁ『婚約者』の見慣れぬ姿に目を奪われておったか」


 ポンペイオ王子越しに侯爵ガーランドの声がアルヴァンに掛かる。やや冷かすような語調である。その言葉に、


「なんと? もう婚約者を決められたのか?」


 そう言って驚いた反応するポンペイオ王子である。人間と違い寿命が百五十年前後あるドワーフは婚期が遅いので、文化の違いに驚いたのだ。そんな王子は食堂を見渡すように視線を左右に動かすと、ニヤっと笑いつつ、


「おぉ……一度に二人もめとるとは……豪気だな」

「ち、ちがいますって! 胸元の大きく開いたドレスの方です! そうで無い方はユーリーの……」


 と言い掛けて、口を塞ぐ。ポンペイオ王子の冗談にまんま・・・と乗せられたことに気付いたのだ。しかも、


(……銀髪の方とか、背の高い方とか、言い方が有るだろうに……)


 普段よりも露出された肌やドレスの上からでも分かる豊な胸の曲線に目が釘付けになっていたアルヴァンは、愛する婚約者を指して「胸元の大きく開いたドレスの方」と形容したことに、少なくない自己嫌悪を覚えるのだった。


 一方、ポンペイオ王子は隙が無さそうなアルヴァンから一本取った・・・・・ことに満足しつつも、


「まぁいずれにせよ、婚姻の際には報せて欲しい。それにしても、ユーリー殿もか……」


 と言うと、機嫌よさ気に笑うのだった。


****************************************


 宴は続いているが、既に侯爵ガーランドは


「皆楽しそうにしておりますので、宴はこのまま。私は先に休みます、お父上ドガルダゴ陛下にはくれぐれもよろしくお伝えください」


 と言い一足先に引き上げていった。本来の礼儀としては失礼なことだが、人間ならば「シャンとしている」こと自体が難しい老齢の侯爵である。ポンペイオ王子は寧ろ、


「ガーランド殿とお会いできたことは必ず父に伝えます、遅くまでありがとうございます」


 と応じたほどであった。


 そして、上座を占めるガーランドが居なくなった食堂はいよいよ宴会の様相を呈する。普段と違うのは大勢のドワーフ戦士が居ることと、見目麗しい女性が二人混じっていることだ。騎士達 ――特に二十代そこそこの未婚の連中―― は、流石にノヴァに声を掛けることはしないが、その分リリアに注目が行っている状態だ。


(もう……次から次と……そんなに顔と名前を一度に覚えられるわけないじゃない)


 という内心が示す通り、リリアの所には先ほどから引っ切り無しに騎士達が、


「是非お見知りおきを」


 などと言いつつ、自己紹介がてら名前と所領地の場所やちょっとした武勇伝を披露していくのだった。今もゴブリン・・・・数匹を退治した話をさも・・大勝負だったかのように語る若い騎士がリリアの前にいるのだが、その脇から見えるもう一つの人だかりに自然と視線が向くリリアであった。勿論その先には十数人の騎士やドワーフ達、それに親友らに交じったユーリーがいる。リリアの目には、そんなユーリーが、話の中心にいるように見えるのだった。


「……それで、奴らは姑息にも前後から挟み撃ちにしてきたのです。ですが、私は咄嗟の判断で、って……聞いてます?」

「え? あははは。お、お強いようで……ちょっと失礼」


 リリアはそう言って席を立つと、もう一つの人だかりへ向かって行く。


****************************************


 ポンペイオ王子とアルヴァンの周りには、ユーリー、ヨシン、ガルス中将を始めとするベテラン騎士やドワーフ戦士団の面々が集まっている。因みに、昨年の「使節団」に参加した他の騎士達はデイルと共に第二騎士団のノーバラプール攻略に参加していて不在である。


「……いやはや、そのように喋る魔物の話はデイルから聞いておりましたが……」


 とは、ポンペイオ王子の話を聞いたガルス中将の言葉だ。山の王国の「深淵の金床」の入口前に陣取っていたマンティコアを退治した顛末話をポンペイオ王子から聞いてのことだ。騎士達の多くはデイル達からそれとなし・・・・・に聞いていたが、デイルは「武勲を声高に吹聴」する性格ではない。だから騎士達はもとより、ガルス中将との親子の会話でも非常に簡潔に話していただけなのだ。


「喋る魔獣がおりましたので、これを皆で協力し討ち取りました」


 とだけ聞いていたガルスである。勿論デイルは妻のハンザにはもう少し詳細に、更に加えて少年時代から知っている二人の若い騎士の活躍も合わせて、伝えている。しかし、義父のガルスには、


「詳しく伝えて、手柄自慢に思われるのが厭だ」


 という理由で、あった出来事の結果だけを伝えていたデイルなのだ。そう言う理由で詳細を初めて聞いたガルス中将が感心したような声を上げたのである。


「最後の盆地の戦いで、アルヴァン殿が固定弩バリスタと騎士達の突撃を指揮してくれなければ我らドワーフ戦士団は危うかった」

「いやいや、私は『近付いて狙って撃て、撃ったら突っ込め』と言っただけですよ」

「謙遜するところが、アルヴァン殿らしい……それにしても、おびき寄せて投網で捉えて討ち取るという作戦は、我らドワーフだけでは思い付かないものだった」

「それは、ユーリーの発案ですよ。なぁユーリー?」


 ユーリーは自分を取り囲むように出来た人だかりの外にリリアの姿を探していた。何人もの若い正騎士がリリアの座っている席に向かい話をしているのが気になっていたのだ。しかし、ちょっと視線を逸らせた隙にそのリリアの姿を見失っていた。


(あれ? どこ行ったんだろう?)


 と思っていた所に、自分の名前が呼ばれて、ユーリーは席を立ち掛けた腰をもう一度椅子に下ろすことになった。そんなソワソワとするユーリーの様子にお構い無しに、アルヴァンとポンペイオ王子の会話はユーリーが最初に魔物と対面した時に「口先だけで魔物を追い払った」話しに移って行く。


「あれは、びっくりした。余りにも我らの秘密をズバズバ言い当てるので、一時は疑ってしまったな……あの時は本当にすまなかった」


 ユーリーとしては別の事リリアが気になるのだが、ポンペイオ王子が再び謝りかけるので放って置くことが出来ず、


「ぼ、僕は気にしてませんから! ちょっと、頭を下げないで!」


 と応じざるを得なかった。そんなやり取りにドワーフ戦士団が大笑いすると、周りの騎士達も釣られて笑うのである。


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