Episode_09.06 山の王国使節団


 ノーバラプールの「東の水門」を第二騎士団が攻略した日の夕方、王都リムルベートのウェスタ侯爵邸宅は来客の訪問を受けて大忙しとなっていた。訪問したのは「山の王国」王子ポンペイオを始めとする「使節団」五十人のドワーフ達である。本来の予定ならば明日日中に王城へ到着するはずであったが、予定を早めてやって来たのは「恩人」である公子アルヴァンと面談する時間を持つためであった。


 ただし、急な報せだったため邸宅の厨房は大忙しとなっていた。提供する食事は何とかなるのだが、一緒に出すべき「ドワーフ好み」のエール酒というのは中々入手が困難だった。方々を探し、アント商会にも問い合わせたが良い品を見つけることは出来なかったのだ。


 結局、侯爵ガーランドの、


「ワインで我慢してもらう他あるまい……」


 と言う言葉でそのようになったのだが、ウェスタ家家中の心配は杞憂に終わっていた。と言うのも、ポンペイオ王子の「使節団」は手土産としてエール酒の詰まった樽を持参していたからだった。


 そんなポンペイオ王子達一行は、屋敷の大広間で侯爵ガーランドと公子アルヴァン、それにガルス中将と屋敷家老のドラストや、ユーリーとヨシンを加えた「留守居組」の騎士達と面談していた。


「今回は急に押し掛けたようになったにもかかわらず、迎え入れて下さりありがとうございます」

「なんの、なんの、お父上ドガルダゴ陛下には色々とお世話になった身です。こうして邸宅にお招き出来たのは何よりの光栄。それに、昨年は孫のアルヴァンもお邪魔したことですから。お気になさらずに」


 ポンペイオ王子の丁寧な挨拶に応じる侯爵ガーランドもまた丁寧な対応である。因みに侯爵ガーランドは、今年の五月に終結したトルン砦攻略作戦後に一度ウェスタ侯爵領に戻っていたが、九月に入り本格的にノーバラプールを攻めることが決定されると


「出番があるかもしれぬ」


 と言って王都の邸宅に滞在しているのである。これまでに例の無い長い滞在だったが、本人は気にした風では無く王都や近隣の土地を彼方此方あちこちと見て回ったり、昔馴染みの老貴族達を訪ねたりして過ごしているのだ。更に最近では、


「この歳になると、ウェスタの冬は寒くてかなわん……同じような年寄を領地から呼んでいるのでな、今年は王都で温かく冬を過ごすつもりじゃ」


 と自分の暇つぶしには余念が無い様子だった。


 その侯爵ガーランドの隣に座るアルヴァンは、


「ポンペイオ王子もお変りが無いようで……いや、お髭が伸びましたね。とにかく、お会いできて嬉しく思います」


 と、挨拶を交わす。そんなアルヴァンの言葉にポンペイオ王子は嬉しそうに顎鬚を触るのだった。確かに昨年会った時よりも少し髭が濃く長くなっていた。


(……ほんの少しだけどね)


 そんなやり取りに、後ろに控えたユーリーが心の中で感想を述べる頃


「アルヴァン殿は、少し背が伸びましたな。そちらのユーリー殿も同じくですが……」


 騎士に昇格することが決まったとはいえ、身分の低いユーリーとヨシンがこの場にいるのは、昨年の「使節団」参加者で王子と面識があるためであった。そんなユーリーにポンペイオ王子から直接声が掛かったのだ。事情を知らない者達は怪訝そうな表情を浮かべている。


「あ……っと。殿下、お元気そうで何よりでございます」

「ユーリーと隣のヨシンは共に来年の四月に騎士に成る事が決まっております」

「おお、それはおめでとう!」


 ユーリーの言葉尻を捉えたアルヴァンの説明にポンペイオ王子は祝福の意を表す。


「いずれこの二人にも戦場で活躍してもらうつもりです」

「戦場か……そうだったな、今は……色々と大変だと聞いている」


 ポンペイオ王子の言葉はノーバラプールの事変を指している。


「我らとしても今回の使節団派遣については思慮したのだ。ローデウス陛下からは『大事無い』という返事だったが、いずれにせよ、事変が上手く片付くことを願っている」

「これは、有り難いお言葉じゃ。西方同盟を盤石ならしめるには、我らリムルベートが盤石で有る事は第一条件。皆、そう思い務めておりまする」


 真摯な表情でそう語るポンペイオ王子に侯爵ガーランドが返事をする。


 その後、幾つかの話題 ――無償供与した最新式の弩の調子や、ポンペイオ王子が手掛けた剣など―― について話をした後、


「続きは、晩餐の場で」


 という屋敷家老ドラストの言葉で「山の王国使節団」の面々は食堂へ移動することになった。


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 食堂では、手土産として持参されたエール酒の樽が開けられ、テーブルには料理が配膳されている。末席として、晩餐に同席したユーリーとヨシンの目の前には、普段邸宅では見掛けないような「豪華」な料理が並んでいる。邸宅での食事と言えば


(普段は塩漬けの鱈か豚肉に芋と茹でた野菜……それにピクルスなんだけど)


 そう思うヨシンは目の前の鹿肉や豚肉といった塩蔵品ではない肉の炙りや、立派なすずきの姿焼き、彩の良い野菜に溶けたバターをかけ回したグリルに、明らかに焼き立てのパン、といった料理に目を奪われている。そして、隣に座るユーリーのわき腹を肘でつつくのだった。


 一方、ユーリーは自分達よりも上座の方に、唐突に出現した光景を呆気にとられたように眺めている。普段ならば、食事を前にすれば食べることしか考えないユーリーが、普段以上に豪華な食事をそっちのけ・・・・・で見つめる視線の先には……良く見知った少女がいたのだ。


 ユーリーの視線の先に在るリリアは、戸惑っていたし緊張もしていた。それは同行したノヴァも一緒だった。何故この見目麗しい女性二人が、男ばかりのむさ苦しい・・・・・ウェスタ侯爵邸宅の晩餐に招かれているかというと……


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「何事も経験じゃ……それにウチの晩餐はあまりにも華が無い。ということで、顔を出してくれんかのう」


 と侯爵ガーランドがノヴァに言った事が発端だった。以前、トルン砦に「行く、行かせない」でアルヴァンと揉めた際に仲裁してくれた侯爵ガーランドには「何となく頭が上がらない」と感じるノヴァは少しだけ、


(アルヴァンを驚かせてあげようかしら)


 という悪戯心もあったのだが「いざ」となると着て行く服などの格好がわからない。不安に感じるノヴァは結局リリアを巻き込むと、身近な「大人の女性」であるハンザに泣きつく事になっていた。


「えぇ……そんな事聞かれても、私は専門外ですよ」


 と答えるハンザの反応は或る意味「当然」であった。今でこそ、生まれたばかりの娘パルサに乳を与えつつ柔らかく微笑む女性然とした人物だが、つい三年前までは「鬼のハンザ」と恐れられていた哨戒騎士部隊の隊長なのだ。武器や防具の相談には乗れても、晩餐の場に着て行く服にアドバイスなど出来るはずが無かった。


「まったく、ノヴァ様もリリアさんも『女子の道』の精進を怠ると、良い事は有りませぬぞ」


 そう言って三人の話に割り込んで来たラールス家の老婆は、自分の娘と二人でハンザの服を簡単に仕立て直すと晩餐へ着て行く衣装へ仕立て上げていたのだった。


「私……あんな服持っていたんだな」


 と他人事のように言うハンザの前には夫々、少し昔風の襟ぐりを大き目に開けた胴衣にたっぷりとボリュームのあるスカートというノヴァと、これまた昔風のフリルをあしらったハイネックシャツに細身のスカートと言うリリアの姿があった。


「ちょっと……これ胸が開き過ぎじゃ?」

「いいえ、最近の流行ではあと指二本分は大きく開いているといいます」


 意外と最近の流行に詳しい老婆の言葉だが、頼りなさそうにノヴァは自分の胸元を撫でると、襟元を引っ張るように持ち上げる。


「いいじゃない、ノヴァさんは胸が大きいし……私なんて」


 そう言うリリアは自分の胸元を見る。全く無い訳ではないが、膨らみの先につま先が見えるのが悲しいと思うのだ。


「リリア、女は胸の大きさじゃない! 心の広さだ!」


 そう言って慰めるハンザの言葉には「同類相憐れむ」といった感じが込められていたのだった。


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 そんな風にして、送り出されたノヴァとリリアの二人は上座の直ぐ近くという場所に席を宛がわれていた。周囲のドワーフは(そもそもドワーフと人間の好みは異なるため)余り注目をしないが、正騎士達は別であった。


「あの、ノヴァ様・・・・は分かるが、隣のあの娘は何者だ?」

「なんとも可憐……どこぞの爵家の娘子か?」


 既にウェスタ侯爵家の正騎士達にもある程度顔が売れている・・・・・・・ノヴァは別として、注目がリリアに集まる。


「ちょっと……ノヴァさん……見られてる?」

「大丈夫よリリア、見られたからって『減るもんじゃない』ってあのおばあちゃんが言ってたじゃない」

「でも……」

「それより、ユーリーは何処かしらね?」


 恥ずかしそうにモジモジと所在なさ気なリリアに、ノヴァも恥ずかしいのだが、敢えて注意を逸らすように言ってみる。素直なもので、リリアはその言葉を受けると食堂の広間に居合わせる六十人前後の人々の中からユーリーを探すのであった。そんな時に


「それでは、山の王国の健勝を祈願して」

「ウェスタ侯爵家の皆様の御栄達と、ノーバラプールでの勝利を願って」


「乾杯!」


 侯爵ガーランドとポンペイオ王子の声と共に食堂には乾杯を唱和する声が響くのだった。


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