Episode_09.05 近衛騎士隊長


アーシラ歴494年 10月15日


 リムルベート王国の王都とノーバラプールが面するリムル湾伝いに、湿地の多い海岸線を南東へ進むと独立都市国家インバフィルがある。「四都市連合」の一角としてリムル海の海洋交易で大きな利益を得る都市である。


 遥か南の海上に浮かぶカルアニス島から北上した交易船は、航続距離の関係で必ず一度インバフィルに停泊する必要がある。その上で、西のリムルベート王国、オーバリオン王国や東のコルサス王国へと舵を切るのである。また、リムルベート王国からの交易品はほぼ逆の順序でカルアニス島を経由して、中原地方や南方大陸のアルゴニアへ送られていく。


 それらの長く伸びた交易海路を守護するのは「四都市連合」が誇る海軍である。それは、カルアニス、ニベアス、チェプディン、インバフィルの四都市が合同で設立した大型帆船と中型ガレー船を中心とした海軍勢力である。


 ほとんどの王国や交易都市の軍備や防衛力が陸上に割り振られている昨今「四都市連合」の海軍力は、中原の大国ロ・アーシラをも凌ぐ規模である。そんな海軍戦力の一部がインバフィルの港を出港したのはこの日の早朝であった。


 輸送・補給船である大型帆船一隻と、中型の三段櫂船十隻からなる船団は陸地を常に右手に見ながらリムル湾を北上するのであった。大型帆船は物資と兵員を満載し、船団の中央に位置している。そして船団の外周を進む三段櫂船は一般的にガレー船と言われる機動力の高い軍船である。通常の巡航時は帆に風を受けて帆船のごとく航行することが可能だが、一旦戦闘となると、満載した漕ぎ手によって高い機動性を発揮するのだ。


 四都市連合の海軍力のかなめと言える軍船である。そして、その船を強力な戦力に仕立てているのが屈強な漕ぎ手たちだ。彼等は漕ぎ手専門ではなく戦闘訓練を受けた海兵でもある。そんな漕ぎ手が二百人前後と戦闘専門兵五十人というのが一隻の定員だが、今回は、これからの任務に向けて通常以上の戦闘兵を乗船させているのだった。


 船団は明日の夜にはノーバラプールの港か、又はリムルベートの港へ到着することだろう。


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 昨日「東の水門」を攻略した第二騎士団は、水門の西側 ――ノーバラプール側―― に防衛設備である木の柵や、見張り櫓を急造していた。建設の指揮に当たるのはロージアン侯爵家の騎士達とウーブル侯爵家の騎士達である。一方第二騎士団長であるウェスタ侯爵家当主ブラハリーは自家の正騎士達が中心となる第三大隊を引き連れて一度トルン砦へ帰還していた。


 明日から始まる、北面と東面からノーバラプールを包囲する二面作戦に備えるためである。両面の軍勢に対して中間距離に位置するトルン砦は、戦況に応じて援軍を派遣するにも有利だし、トルン砦自体の守備も念頭に入れなければならないからだ。


「まぁ見事に攻め落としたものだな!」


 そう言ってブラハリーを出迎えたのはガーディス王子である。二人は今、数か月前まで自分達が捕えられていたトルン砦の居館の一室で話し合いをしている。


「こちらの被害が少ないのが何よりでした、迷いの無い指揮の賜物です。自家の者を褒めるのも面映いですがウチの新しい筆頭騎士はなかなか……」

「なんでも敵将と一騎打ちの末に討ち取ったとか……第一騎士団ウチの連中は手柄の先を越されたと地団太踏んでおったわ」


 そう言い合う二人は笑い声を上げるが、それは直ぐに途切れると真剣な口調となる。


「東の水門……奪還に来ると思うか?」

「分かりません、敵が並みの戦略眼を持っていれば確実に来ると思いますが」

「もしも、知恵に優れる者や……いっそ呆れるほどの馬鹿ならば放置するかもしれぬな」


 常識的に考えれば、ノーバラプールという街を守るためには「東の水門」は重要拠点である。しかし、なんともあっさりと陥落してしまう状況はこの二人には予想外だったのだ。もっと激しい抵抗を想定していた、というのが本音である。


「……水門を開けてみるか?」

「それは……苦難の中で喘いでいる民に追い討ちを掛けるような……承服できません」


 敵勢力を二つに割るために陥落させた東の水門である。もしも敵が無視するようでは、ただの「草臥くたびれ儲け」になってしまう。そこで、水門を開けてノーバラプールの南側の市街地へ水を送ってみては? というのがガーディス王子の主旨なのだ。しかし、ブラハリーはきっぱりと否定する。


「やはり……そうだな。もう言わん」

「……北面の準備はいかがですか?」


 ブラハリーは話題を別に移す。


「海岸沿いに展開した大隊が四つ。残り四つはこの砦だ。状況次第だが即応体制で待機中だな」


 ブラハリーの問いにガーディス王子はそう答えると、フゥとため息を吐く。


「今頃は、山の王国の使節団が来ておるのだろうな……今回はポンペイオ王子が来るということだ……会っておきたかったが」

「息子のアルヴァンによると、なかなか気さくな好人物、という事でしたが」

「うむ、だが我が愚弟がまたひと騒動起こすのではないかと……心配でな」


 その言葉にブラハリーは明確な返事をしない。ただ、


「この度はローデウス王が対応されるとか」

「ああそうだ、が……ご病気の父上に出張って貰わないといけないとは……情けないよ」


 ブラハリーの言葉に、珍しく弱音を吐くガーディス王子であった。


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 主ブラハリーと共にトルン砦に戻った騎士デイルは、ブラハリーがガーディス王子と打ち合わせをしている間、居館の入口で同僚の騎士達と共に装備の泥を落としていた。従卒兵達が手伝おうとするのだが、彼等も同様に泥まみれである。


「大丈夫だ、自分達の事は自分達でしよう。お前らも泥を拭って刃を拭いておけよ。ここぞと言うときに、剣や槍が錆びだらけだと敵に笑われるぞ」


 そんな号令を掛けているあたり、筆頭騎士の立場が板に付いて来たデイルなのだ。そこへ、


「デイル! お手柄だったそうじゃないか!」

「あ、ジェネス様」

「『様』はよしてくれよ、君は第二騎士団最大勢力のウェスタ家の筆頭騎士、俺はガーディス王子の『近衛騎士隊長』対等に会話しても良いと思うがな?」

「はぁ」


 デイルがジェネスと呼ぶ騎士は、背格好はデイルと良く似ている。得意な獲物は片手剣ロングソードで盾を持たずに素早さで相手を攻めることを信条としている。実際腕は相当のもので、数年前の「親善試合」でデイルは彼に敗れている。その「親善試合」までは、オールダム家の三男として自家の領地騎士団に在籍していたジェネスだが、試合での成果がガーディス王子の目に留まり「近衛騎士隊長」に抜擢されたのは二年前のことだった。


 当時から「親善試合」の勝敗については、デイルに対して「俺は勝ったと思っていない」と言っていたジェネスであるが、今となっては真剣に立ち合うとそれなりの「政治問題」に発展する立場となっていた。それでも、デイルの顔を見れば「再戦」を申し入れるのが常になっているジェネスだが、そのしつこさ・・・・は今鳴りを潜めている。


(あんなに、毎度毎度「再戦を」と言っていた人だが……まぁこちらは楽でいいか)


 ジェネスの様子に、そう思うデイルである。


「ジェネスの隊は王子と共に?」

「勿論さ、今君のところの大将ブラハリーと話している内容次第だけど、明日中には北か東の戦線だろう……東は嫌だな、泥だらけになりたくない」


 デイルの問い掛けにジェネスは冗談めかしてそう答えると「じゃぁ」という言葉と共に立ち去って行った。一方デイルは、ジェネスが立ち去ったと思い足甲グリーブにこびり付いた泥を落とす作業に戻る。手元に視線を落としたデイルを、十歩程歩いたジェネスが不意に振り返り妙に力の籠った・・・・・視線で睨みつけるように見るのだが、この時デイルはその視線に気付かなかったのだ……


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