Episode_09.04 「東の水門」攻略戦


 伝令兵の報告を聞いたデイルは、今こそ機会と判断する。


「よし、我々も掛かるぞ。守りの薄くなった正面の柵を乗り越えて敵陣内へ突入する。逃げる敵は相手にするな。従卒兵達は敵の防衛線を裏から崩すだけでいい」


 そのデイルの指示に全員が繁みや灌木の陰から立ち上がる。既に全身泥だらけの第三大隊は極力物音を立てずに湿地を進み、全く気付かれる事無く敵陣へと接近していく。


 やがて、斜面に到達したデイル率いる第三大隊の従卒兵の一部が木の柵の頂点付近に縄を掛けると数十人掛かりでその柵を手前側へ引き倒しにかかる。


「これで倒れなかったら、よじ登るしかないですね」


 と配下の騎士の一人が小声で話し掛けてくる。既に兜の面貌バイザーを下ろしているため、イマイチ誰だったか判別できないデイルは、最近王都の邸宅に補充された若手の正騎士の誰かだろうと思うと、返事の代わりにその騎士の兜を軽く小突いて前へ向けさせる。


 そうこうする内に、ぬかるんだ地面に打ち込まれた木の柵はグラグラと揺れると手前側へ引き倒された。バチャっと泥の中に重たい物が倒れる音が盛大に鳴るが、水門の中で南と北からの攻撃に対応する敵はそれに気付く事が無かった。


 デイルは愛剣を引き抜くと一度大隊の面々を見渡してから号令を掛ける。


「敵陣へ突入せよ!!」


 その号令を受けて、第三大隊の騎士百名と六百名の従卒兵は狭い壁の切れ目から敵陣内部へ雪崩れ込む。不意に上がった大きな鬨の声と、続いて陣地内へ突入してくる集団に気付いた敵は慌てて応戦の構えを取ろうとする。しかし、木柵という防御構造を突破された以上、単純に勢いのある方が有利になるのは明白だった。


「次々前へ押し出せ! 立ち止まるな、後ろがつかえる!」


 戦闘単位である小隊を率いる各部隊長達が声を張り上げて自分の隊を前へ押し出す。先頭で敵陣に飛び込んだ部隊は「斬り込み頭」一番先に敵を討ち取った者は「一番首」といった栄誉に浴することになる。そうでなくとも、実戦で名を上げる機会が殆ど無い平和なリムルベート王国の騎士達だ、我先にと勇躍して戦場へ飛び込んでいく。


 それほど広くない敵陣内で、敵の傭兵部隊と衝突した第三大隊は重装備の騎士を前面に立てると、比較的軽装備の敵を次々と蹴散らしていく。一方で、従卒兵達は南北二手に分かれると、夫々の壁際で防衛線を引いている敵を裏から急襲していく。


 敵の傭兵達は、数で劣る上に起床前を襲われた格好となり満足に組織的な抵抗を取ることが出来なかった。寄せ集めの部隊だった事も大いに影響している。個人の傭兵から、百人程度の傭兵団まで様々な者達が入り混じり明確な指揮系統が存在しなかったことが問題だった。それでも――


「指揮官を狙え!」

「敵の大将を狙え!」


 という号令を掛け合い、中央に位置するデイル周辺目掛けて突撃を敢行する百人程度の傭兵団がいた。今回の「東の水門」を巡る戦いで唯一、敵側の組織だった抵抗だった。その突撃は、前列に立った重装備の騎士達の壁で殆どの者が足止めとなったが、それでも十数人が前列をすり抜けてデイルのすぐ近くまで到達する。


 中原地方で勇名を馳せた傭兵団だったのかも知れない彼等の突撃は凄まじいものだった。もしもこの攻撃の目標となっている指揮官が、彼等の良く知るオーチェンカスクやベート周辺の騎士とも言えないような領主達であったならば、あるいは彼等の目論見は成功していたかもしれない。しかし残念なことに、この指揮官は自分が率いる軍勢の中で一番の手練れだったのだ。


 既に抜身となった業物の大剣を両手で構えるデイルの周辺にはウェスタ侯爵家の正騎士が数名という手薄な状態である。そこへ防衛線を突破してきた「死の物狂い」の傭兵が十数人殺到してくる。


「うらぁ!」

「しねぇ!」


 口々に怒声を放ちながら最初にデイルと接敵したのは二人の短槍を持った大柄な傭兵だ。彼方此方あちこちに刀傷を受け、自分と敵の両方の血糊に塗れた鬼気迫る様子で飛び込んでくる。


 ほぼ同時に突き入れられた二本の槍の穂先がデイルに迫る。しかしデイルは、大剣で二本の槍を同時に払い除けると、半歩左に身体を逃がす。敵は飛び込んで来た勢いのまま突っ込むとデイルの後方へ逃れようとするが、その左手側の敵に対してデイルの鋭い一太刀が加えられる。槍を払い除けた動作をそのまま振りかぶる動作・・・・・・・とした鋭い斬撃は敵の首筋をひと振りで割り切る。


「ぎゃぁ!」


 致命傷を受けた敵は、鋭い悲鳴を上げて突進の勢いのまま地面に突っ伏して絶命していた。しかしデイルは、その敵の様子には一瞥も向けず、次に向かってくる巨漢の傭兵と対峙している。その傭兵は大きく重そうな戦槌を振りかぶり、渾身の一撃をデイルへ叩き付けようとしている。一発喰らえば確実に戦闘不能となる攻撃だが、デイルの目には遅すぎる動きに映るだけだ。


 デイルは、まるで電光のような勢いで巨漢の傭兵の懐へ飛び込むと、大剣の柄頭で相手の喉仏を手加減無しに突き倒す。巨漢は振りかぶる動作の途中で戦槌を取り落とすと、その場に崩れ落ちてしまった。しかし、デイルは緊張を緩めない。何故なら、その巨漢の傭兵の陰から自分を狙うもう一人の敵が居ることを察知していたからだ。巨漢の陰から攻撃の機会を窺っていたもう一人の傭兵は、相棒があっさりと倒された事に動揺しつつも、鋭い長剣の一撃をデイル目掛けて繰り出す。


「なんのぉ!!」


 この戦いで初めて気合いの声を発したデイルは、両の手首を返しつつ、迫りくる長剣とその持ち主である新な敵に向かって自分から距離を詰める。


ガキィ!


 デイルは自分のわき腹の辺りに衝撃を感じたが、構わずに大剣を振り抜いていた。それは、敵の一撃を敢えて強固な鋼の胴鎧で受けるに任せ、防御を捨てた一撃であった。その強烈な一撃を受けた敵は、左肩から鳩尾付近までを袈裟懸けにザックリと割り切られ、血を噴水のように噴き上げると立ったまま絶命していた。


 一気呵成に打ちかかり指揮官であるデイルを討ち取ろうとした傭兵達は、仲間内でも手練れで名の通った三人を、まるで子ども扱いするかの如く斬り捨てた敵指揮官の凄まじい反撃に尻込みし、飛び込む機会を逸していた。


 そんな傭兵達に油断ない視線を送りつつ、デイルは袈裟懸けに斬った敵の死体を蹴り倒し大剣を引き抜く。そこへ、


「お前は本当に指揮官なのか?」


 という声と共に飛び出してきた一人の大柄な剣士がいた。その剣士の武器もデイルと同じような大剣である。


ガキィン


 これまでの敵とは一線を画す鋭い太刀筋をデイルは間一髪のところで受け止める。打ち合わされた大剣同士が火花を放つとそのまま鍔迫り合いとなる。決して大柄では無いデイルを見下ろすような体格の剣士は、上から下へ押さえつけるように力任せに大剣を押し込んで来た。そして、


シャァン……


 次の瞬間、敵の剣士は力を抜くとデイルの剣をいなす・・・ように大剣の刃を寝かせる。鍔迫り合いと見せかけて相手の姿勢を崩す攻め方だが、デイルは辛くもその意図を見抜く事が出来た。


「チッ!」


 目論見を仕損じた敵は舌打ちと共に強烈な一撃をデイルの脳天目掛けて立て続けに打ち込んでくる。そんな敵の大剣と二合、三合と打ち合う間にデイルは相手の次の手が分かったような気がした。その閃きは、一際大きく振りかぶった敵の攻撃 ――渾身の一撃に見える―― を、剣を立てて受け止めようとした瞬間に訪れた。その瞬間、相手の不自然な呼吸をデイルは感じ取って・・・・・いたのだ。力の籠った攻撃は無意識に全身の力を集中する「実」となる。「実」の瞬間は呼吸が止まる、つまり「息を詰める」のは人間の反射的な運動だ。しかしデイルは、一拍後の動作に備えてまだ息を吸っている・・・・・状態の敵の様子に気付く。


(これは誘いだフェイント!)


 と見切ると、相手の攻撃を受け止める動作を途中で止める。そして姿勢を低くして――


ダンッ!


 次の瞬間、デイルの繰り出した疾風のような速さの刺突が相手の首を捉えていた。真正面から突き入れられた幅広の大剣は切っ先で敵の頸椎を突き断ち、首の後ろへ抜ける。そして――


「お、お頭がやられたぞ……」

「こ、降参だ! 降参する!」


 そんな声と共に残っていた傭兵達 ――従卒兵や引き返してきた騎士達と斬り合いになっていた―― は武器を放り投げて投降を始めていた。


「はぁ、はぁ……いいか、投降するものは武装解除して拘束しろ! 後で尋問する!」


 デイルは荒い息を吐きながら周囲の騎士や兵達にそう指示をするのだった。この日「東の水門」を攻略したリムルベート王国軍は、予想よりも少ない損害で重要な拠点を奪うことに成功した歓びも束の間、きたる「市民政府」側の奪還部隊の反撃に備えて野戦陣地の構築に取り掛かかっていた。



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