Episode_09.02 魔力鑑定
ちょっと不安そうにそう尋ねるユーリーの様子にリリアは振り返る。そして、ユーリーの少し不安そうな表情を見て取ると何を不安がっているのか分かった彼女はちょっと吹き出してしまう。
「もしかして、ヤキモチ?」
「ち、違う……よ」
「ジェロさんってちょっとしつこいけど優しいし……」
「えっ?」
「……ポルタ姉さんのことが好きみたいね……ポルタ姉さんは……フラスさんの事が整理できてないから、あの二人はもうちょっと時間掛かりそうだけど、でもジェロさん達しばらく『仕事』でリムルベートに帰って来れないでしょ? だからポルタ姉さん寂しそうだわ……絶対脈有りよ!」
そう言って顔を近づけてユーリーを覗き込むリリアであった。一方ユーリーは自分の心配がお門違いだったことを知って安堵と共に少し顔を赤らめていた。因みに、リリアが言う通り「飛竜の尻尾団」の面々は八月の中頃にリムルベート王国から「或る依頼」を受けて、それ以来何処かへ行方をくらましているのだった。
「変な心配しないの! 私は、ウェスタ侯爵の青年騎士しか見ていないわよ!」
そう言うリリアは未だ日中の往来だが、握ったユーリーの左手に抱きつくように身体を寄せる。
「ちょ、ちょっとリリア。恥ずかしいよ」
「……」
そんな声を無視してリリアはユーリーの腕を抱く力を不自然に強める。今までも幾度かあった、リリアの急な感情表現にユーリーは戸惑うのであった。
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そんな二人の会話からも知れるように、ユーリーとヨシンの二人は当主ブラハリー救出の功を認められ来年四月に正式に哨戒騎士へ昇格することが決まっていたのだ。ウェスタ侯爵家が哨戒騎士制度を始めて以来の最年少での「哨戒騎士」昇進である。またノーバラプールの状況が風雲急を告げる情勢であるから、昇進を待たずユーリーとヨシンには新品の「哨戒騎士団仕様」の軽装板金鎧がつい先日支給されていた。
ユーリーの装備が数か月前と比べて新しくなっていた理由はこう言う訳があったのだ。そして今ユーリーとリリアが目指す場所は「山の王国直営店」である。目的は、
「ユーリーもヨシンも、新しい鎧は仮の状態だから街中の鍛冶屋に頼んで身体に合うように調整してきてくれ。勿論、費用は『支度金』から出してくれよ!」
と言うアルヴァンの言葉に従って新しい甲冑を調整してもらうことだ。哨戒騎士昇進の「支度金」と先般の救出作戦の「報奨金」として二人には夫々相当額の金貨が支払われていた。それを使って装備を調整するのである。
ユーリーとリリアが「山の王国直営店」に到着したのは正午を一時間ほど回った時刻だった。相当待たされたヨシンは、二人が店に入るなり
「遅い! どこで道草くってたんだよ!」
「あーゴメン、お腹空いたからちょっと食べて来たんだ」
「なんだよぉ、終わったら一緒に行こうと思って待ってたのに……まぁいいや」
遅刻を咎めるヨシンに、ペロっと舌を出して見せるユーリー。その隣にはニコニコ笑っているリリアが立っている。その様子に毒気を抜かれたようになったヨシンはあっさりと矛先を収める。サッパリした性格が彼の良さである。
そんなヨシンは既に
「……
とは相変わらずの髭面ドワーフ店員ダーモの言葉である。
(……相変わらずだな「いらっしゃいませ」とも「お客様」とも言わないとは)
その態度に呆れた気持ちが一周回って感心すら覚えるユーリーであった。山の王国大使のザッペーノがいれば、また聞えよがしな小言の応酬が始まるのだろうが、生憎ザッペーノは不在である。数日後にリムルベートを訪れる山の王国からの「使節団」を受け入れる準備に奔走しているのだろう。
とにかく、不機嫌そうなダーモが次の言葉を言う前に、ユーリーは自分の用件を伝えることにする。因みに新しい甲冑に対するユーリーの希望は
「弓が使い難いから、肩当てをもっと自由に動くようにして欲しい」
と言うもので、ヨシンの方は
「手甲と肩当てから首当てまでの装甲を強化して欲しい」
と言うものだった。ヨシンは既に用件を伝えて装備を預けてしまった後だった。それからしばらく、ダーモとユーリーのやり取りが続く。
十九歳手前の若年ながら、人並以上に実戦経験のあるユーリーとヨシンは夫々装備に対する要求が個性的である。遠距離から中距離そして近接と全ての距離に対応する攻撃方法で戦う事を視野に入れるユーリーと、ひたすら肉迫して近接戦闘を是とするヨシン、戦い方の違いはそのまま要望の違いになる。しかし、違う要素を持つこの二人が揃えば、今や生半可な相手は歯牙に掛けないほどの強さを発揮するのだ。
(男同士の関係って……なんだか羨ましいわね)
そんな二人を見るリリアは少し悔しそうなのである。
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上半身の甲冑をダーモに預けた後、店を出た三人だがヨシンは、
「じゃぁ、俺は飯食ってから屋敷の様子を見てくるわ。リリアちゃんはあんまり遅くなったら駄目だよ、ポルタさん心配するから」
と言うと港湾地区の方へ向かって歩き去って行った。因みにヨシンが言う「屋敷」とはマルグス子爵家の屋敷のことである。今日のように非番の日には顔を出すことにしているヨシンはマメな性格とも言える。
「これからどうしようか? 西の森でも行ってみる?」
と言うリリアだが、
「ちょっと天気が心配だね、このまま降らないかもしれないけど……それよりも、ちょっと行きたいお店があるんだけど良い?」
そんなユーリーの言葉で、二人は同じ通り沿いにある近くの店「魔女の大釡」に入っていった。
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「魔女の大釡」は一般的に「魔術具」と呼ばれる魔力の付与された道具類を取り扱う店だ。そんな店内を約一年ぶり訪れるユーリーだが、前回と違い今回はちゃんとした目的があった。
「ごめんください!」
「……チ、いらっしゃいませ」
(いまこのお婆さん、後ろに回り込もうとしてたわよ)
(ここは
ユーリーは店内に入るなり大きな声で店主の老婆を呼ぶ。流石に奥にいるだろうと思っていたユーリーの予想に反して直ぐ斜め後ろ ――入口ドアの脇―― から舌打ちとともに返事が聞こえた。その事に驚いたリリアが小声でヒソヒソとユーリーと話すのだ。
「おばちゃん……もうそんな商売やめなよ……」
「はいはい、なんの御用でしょうか?」
ユーリー言う「そんな商売」とは、店内の客に背後から近づき驚かせ、客が商品を破損すればそれを買い取らせる。という悪質な商売のことである。前回訪れた時はこの手に引っ掛かったユーリーであった。しかし、ユーリーが咎める声をこの老婆は全く意に介した様子は無かった。
「まったく……まぁいいや。ちょっと『鑑定』して欲しい物があるんだけど」
ユーリーの目的とは、ザッペーノから貰った「蒼牙」という片刃の片手剣の素性について「鑑定」してもらう事だった。明らかに「何かの能力」を付与された魔術具の剣なのだが、その力の正体を知っておきたいユーリーなのだ。
師事するサハンに聞いても、
「『|魔力鑑定(アプライズマナ)』の術は使えん。それに
という答えだったので、養父のメオン老師にも手紙で訊いているのだが未だ返事が無い。
鑑定料金は金貨五枚だと言い張る老婆を説得して金貨一枚と銀貨十枚で折り合った今、ユーリーは「蒼牙」を老婆へ預けている。老婆は何か複雑な魔術陣を空中に描くと「魔力鑑定」の術を発動し、その剣を覗き込む。既に鞘から抜かれた反りの極浅い片刃の刀身は青っぽい光沢の少ない質感で店内の明かりを鈍く反射している。
「あーはいはいはい……あー……はぁ? えっと……た、
「……」
明らかに途中から不自然な老婆の態度である。それにこの店に金貨三百枚もあるように思えないユーリーだ。勿論売るつもりもない。
「いや買い取りじゃなくて鑑定ですよ……」
「どうしても?」
「うん」
ユーリーが頷くのを見て老婆は惜しそうに「蒼牙」から目を離す。そして
「これは『
と一気に早口で捲し立てるのだ。皺クチャの顔から想像も出来ないようなハキハキとした喋り方である。
「おそらく、ローディルス時代のかなり初期に作成された魔術師用の剣ですね……本当に買い取りじゃないんですか?」
「……」
その後もしつこく「売ってくれ」という老婆に閉口したユーリーはリリアを連れて魔女の大釡から逃げるように立ち去ったのだった。
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