Episode_09.01 哨戒騎士
アーシラ歴494年 10月13日
どんよりとした厚い雲に覆われた空の下、王都リムルベートの人々は今にも降り出して来そうな空模様を気にしつつ
そうやって空を見上げるその青年は深緑色の甲冑を身に着けている。真新しい
そんな姿で広場に立って居る青年だが、その装備は知る人が見れば「ウェスタ侯爵領哨戒騎士団」の哨戒騎士に与えられる軽騎兵用の装備であると気付くはずだ。現に青年の胸甲の左には炎を吐き出す竜の姿を意匠化したウェスタ侯爵家の紋章が朱色で描かれている。
空の低い所をじゃれ合うように飛ぶ二羽の鳥を飽きずに眺める青年騎士であるが、彼は自分の名前を呼ぶ女性の気付くと視線を戻すのだった。
「ユーリー……ユーリー! ゴメン、待った?」
ユーリーは、自分を呼ぶ声に気付くと視線をその少女に向ける。その視線の先には明るい茶色の髪を銀色の翼を模した髪留めで留めたリリアの姿があった。ハシバミ色の瞳を細めて微笑みかけるような表情で近づいて来る。その姿にユーリーも自然と柔らかい表情となる。
「いや、今来たばっかりだよ……あれ? ヨシンは?」
「なによ、久しぶりに会ったと思ったら……ヨシンならいつも一緒にいるんでしょ?」
「あー、ごめんごめん」
「先にお店に行ってるって、そう言ってたわ!」
一週間ぶりに逢うユーリーが開口一番で親友ヨシンを気にしたものだから、リリアは少し拗ねて見せる。決して本心から拗ねている訳では無いことは分かっているので、ユーリーはリリアの調子に合わせて、冗談を言ってみる。
「そんなぁ、お昼をご馳走するので機嫌を直して下さいまし、お姫様」
「よくってよ、騎士様。さあ行きましょう」
これが本当の騎士と貴婦人ならば、女性側が騎士の腕を取ってグイグイ引っ張って行くというのは妙な光景なのだが、片や両親の素性も分からない開拓村出身の青年、片や「凄腕暗殺者」の養女である。そんな二人にとっては、身分云々は冗談の種にしかならないのだ。少なくても、ユーリーはそう思っている。
そんなユーリーとリリアは、手を取って歩くことや顔を近づけて冗談を言い合うことが、いつの間にか自然になっていた。今も左手を
(……まぁ色々あったもんな……)
そんな風に思い、これまでの経緯を思い出すのだった。
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五月の初旬、トルン砦に捕虜として捕えられていた当主ブラハリー(とガーディス王子)を救出した直後に「休暇」を願い出たユーリーとヨシンは、ノーバラプール盗賊ギルドに捕らえられていた孤児院「旅鳥の宿り木園」の面々を救出し、リリアと「飛竜の尻尾団」という四人組の冒険者らと共に漁船でリムルベートへ帰還した。当然すんなりと上陸出来る訳はなく、リムルベートの港湾局の監視船に発見され一時全員が拘束されるという事態になったが、ウェスタ侯爵家の家臣という「はっきりとした素性」を持つユーリーとヨシンのお蔭で半日もしない内に全員釈放となっていた。
その後、身寄りのない孤児院の面々を引き連れてウェスタ侯爵邸宅に帰還した一行は信じられないほどの賛辞をもって留守居していた正騎士達に迎えられていた。当然当主ブラハリーを無事救出した「大手柄」のせいなのだが、それ以外にも、
「危急に陥った孤児達を助けるため、単身敵地に乗り込んだ」
とか、
「麗しい乙女の願いを聞き届け、命を懸けて困難に立ち向かった」
とか、早い話が「騎士達が好きそうな」話題になってユーリーとヨシンの話が伝わっていたのだ。幾分誇張された風に二人の行動を伝えたのが、当主ブラハリーと公子アルヴァンの婚約者ノヴァだと言うのだから、否定や訂正をし難いユーリーとヨシンであった。
また、嬉しい話としては五月初めの日に無事デイルとハンザ夫婦に第一子が誕生したことであった。帰還後、邸宅へ向かわずそのまま続く坂の下にある小さな家に一目散に帰宅したデイルは、玄関先で元気な産声を聞く事になった。今やウェスタ侯爵家内では並ぶ者の無い豪剣の使い手である騎士デイルも、その時ばかりは玄関先にへたり込んでしばらく動けなかったと言う。
「私の言った通り女の子だったでしょ」
とノヴァが得意気にガルス中将に語るのは、トルン砦奪還が完了した後にアルヴァンとガルス中将ら正騎士達が邸宅に帰還した時のことだった。
「もう男であろうが、女であろうが……関係ありません」
相好を崩してそう答えるガルスは「初孫の可愛さ」というものを目一杯堪能することになるのだった。
一方で「旅鳥の宿り木園」の孤児達とポルタについては、ヨシンが間を取り持つ形でマルグス子爵家の無駄に広い屋敷と庭を有効活用して臨時の孤児院を設置することになっていた。マルグス子爵家にはノヴァも居候しており、その費用としてウェスタ侯爵家から毎月金貨数十枚の金銭が支払われている。一時期は破産寸前だったマルグス子爵家は当座の金銭収入を得て財政再建に望みが出ていたが、ここに来て臨時とは言え孤児院を作ることは急な負担増であった。
「いやな話だけど……きっとこれからノーバラプールの絡みで孤児が増える。誰かが善意の手本を見せなければならないんだ」
反対する家宰のセバスをそう言って説得したヨシンに賛同したのはマルグス家唯一の騎士ドラスと、何故かトール・マルグス子爵本人であった。
「
マグナス子爵は気楽に言うのだった。既に趣味の美術品収集は鳴りを潜め、今は広い庭にヨシンが無理矢理作った家庭菜園を趣味にしている変わり者の子爵は何故かヨシンの言う「善意の手本」という言葉を意気に感じて乗り気になってしまったのだ。
その後色々とごたごたがあったものの、ポルタが面倒を見る八人の孤児は今マルグス子爵家の屋敷に滞在している。そして、ポルタを姉と慕うリリアもポルタの手伝いとしてマルグス子爵家に住み付いている状態だった。
ユーリーとしては、それだけならば特に問題は無いのだが「飛竜の尻尾」の面々、特にリーダー格のジェロが頻繁にそのマルグス子爵の屋敷を訪れていたのがずっと気になっていたのだった。
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本来の目的地から外れて食べ物を出す屋台が密集する港湾地区で簡単な昼食を取ったユーリーとリリアは目的地である「山の王国直営店」へ向けて歩いている途中だが、先を進むリリアにユーリーが問い掛ける。
「リリア……ジェロさんてどうなの?」
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