Episode_08.26 塔の番人 Ⅱ
一方のセガーロは竜牙兵の姿が螺旋階段の先に見えなくなって直ぐに行動を開始する。彼は音も無く扉に近付くと
「ジャスカーの手下のものです。お助けに上がりました」
と言い、腰のポーチから開錠用の金具を取り出し鍵穴に差し込む。開錠の腕自慢のリコットよりもずっと短時間で鍵を開けたセガーロはそっと扉を開く。
「おお! お前はセガーロだったな? 助かった。さぁ、ガーディス王子参りましょう!」
「うむ……恩に着るぞ!」
そんな短い遣り取りを経てセガーロを先頭とした三人は塔の螺旋階段を下りていくのだ。
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勝ち負けは一瞬、油断すれば即死。そんな言葉がぴったりとくる勝負だった。大きな鉈の様な剣は「防御増強」の術を掛けて盾で受け止めても、尚ユーリーの身体を浮かせるほどの威力である。木製の盾ならとっくの昔に破壊されているだろうと思うユーリーである。
竜牙兵は室内で見た時から大きかったが、この天井の無い塔の頂上でも大きく感じる。そんな銀色の骸骨が矢継早に大きな鉈剣を振り回すのだ。ユーリーは何度か攻撃を掻い潜り、その鉈剣の持ち手を「蒼牙」で斬り付けているが、銀色の光沢を帯びた敵の腕の骨は刀身で斬られる度に明るい火花を散らし、骨の表面に斬り傷をつけるのだが……折れる気配は全く無かった。
斬撃には耐性が強い敵なのだと思い至ったユーリーは牽制以外の無駄な攻撃を控えると、猛攻を避けつつ疑似的な「瞑想」状態を作る。何度も何度も魔力の塊を身体の中へ巡らせて質の高い物にしていく、色で言うならば黄色の光が徐々に色が薄れていき最後には純白の光になるような過程だ。
そのイメージが練り上がったところで掌の「蒼牙」にその純白の
塔の頂上、円形の空間で円を描くように竜牙兵の攻撃を避けていたユーリーは一転して、風を捲いて迫る鉈剣の下、さらに竜牙兵の足の間に飛び込むよう身を投げ出す。
ブンッ
耳元を掠めるように行き過ぎる剣の風切音に一瞬ゾッとするが、その気持ちを押し殺したユーリーは石の床の上を滑ると竜牙兵の両足の間からその背中を見上げる位置に着ける。そして「
「!!」
ユーリーは仰向けに寝そべった状態で大上段から唐竹割りの如く剣を振るう。
ドォォン!
魔力の塊はユーリーのイメージと寸分違わず竜牙兵の背中に叩きつけられた。そして銀色掛かった骨の破片をまき散らした竜牙兵は三歩、四歩とたたらを踏むように塔の端へ歩み寄る。
(粘るなよ! さっさと墜ちろ!)
ユーリーはその後ろ姿を睨みながら、もう一度渾身の力を籠めて「
ドドドドン!
立て続けに響く炎の矢が爆ぜる音を残して、竜牙兵は塔の縁から空中へ弾き飛ばされていた。銀色の骨だけの手が何もない虚空を
竜牙兵は、そのまま二十メートル下へ落下すると水路際の石畳で一度跳ね飛んでから水路に落ちていった。
ドポン!
大きな水音と波紋が河の流れに掻き消されていく。
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「作戦成功だ! 退却するぞ!」
塔に続く階段から姿を現したセガーロは、ブラハリーともう一人の四十手前の男性を連れている。デイルは、心からホッとした表情になるが、直ぐに一人足りないことに気が付く。
「セガーロ! ユーリーは? ユーリーはどうしたの?」
しかし、口を開き掛けるデイルよりも、詰め寄るヨシンよりも早くリリアの悲鳴のような声がセガーロを問い質す。
「ユーリーは……」
セガーロが言い掛けたとき、
「ちゃんといるよ! さっさと退却しましょう!」
「……ばか!」
「心配させるな」と言いたげなリリアが一度だけユーリーの胸甲をバンと叩くと、一行はその音を合図に退却を開始する。デイルとノヴァが守る北側階段も、ヨシンとジェロの南側階段も敵の姿は既に引いている。二か所合わせて数十人近くの敵を退けた計算である。
そんな一行は来た道を辿り南側の扉から外を抜けるが、そこで目の前、橋の向こうの水門棟が五十人の傭兵に猛攻を受けていることに気付く。
「クソ!」
誰の者か分からない悪態が聞こえるが、ここでもたついていると敵に発見されるだけなのは明らかだった。一行の中程にいたユーリーが進み出ると。
「一気に殲滅しましょう! 僕が一発攻撃術を入れるんで、後はデイルさんとヨシンにジェロさんで斬り込んで排除してください」
そう言うと誰の返事も待たずに前方の敵に集中する。木製の橋の向こう岸、水門棟の扉を巡って狭い場所で攻防を繰り広げているが、大部分の傭兵は扉前や橋の上に待機している状態だ。
(これならば……)
ユーリーは塔の屋上でしたように、体内の魔力を意識するとそれを「蒼牙」に送り込む。今日一日で何度目かの感触だが、早速慣れ始めている自分に驚きつつも「
普段よりも円滑な展開段階を経て発動した「火爆矢」の槍のように長大な炎の矢は、普段よりも、より白っぽく白熱した物のようにユーリーに感じられるが、それは一瞬の印象だった。素早く「蒼牙」の剣先で指示した場所へ炎の線を曳いて飛び込んでいく炎の矢は、橋のたもとで入口を死守する騎士を攻撃する機会を窺っていた傭兵達の最後尾に直撃すると、同時に周囲の狭い範囲を炎の舌でなめ尽くすような爆発を起こす。
ドォン!
五十人の入口に殺到する傭兵のほぼ中央に炸裂した攻撃術によって多くの敵がなぎ倒され、足元を踏み外して水路に落ちる者も多数いた。そこへ――
「突風よ起これ!」
「渦巻く風を起こせ!」
リリアとノヴァの二人の声が殆ど重なるように「
「うおーっ!」
崩れた敵の集団へデイル、ヨシン、ジェロ、それにイデンが飛び込んでいくと、水門棟への血道を開ける。そして、時間にしても僅かな間に、五十人の傭兵による包囲網を突破した一行であった。
一方、最初の一連の魔術による攻撃を逃れた傭兵達は反撃を仕掛けてくるが、左右に広がったユーリーとリリア、ノヴァとイデンによって阻止される。そしていつの間にか水門棟の扉に取り付いたリコットがそんな四人に声を掛ける。
「もういい! 早く戻ってこい」
それはブラハリーら捕虜が全員水門棟へ到達した合図だった。それを聞いたユーリーが隣で剣を振るうリリアの前に割り込むようにして時間を稼ぎつつ彼女を水門棟へ入るように促す。
「早く!」
「分かった!」
一番最後に水門棟の扉の前に立つユーリーは、十人前後にまで数を減らしても尚立ち向かってくる傭兵達に「
ガチャン!
木製の板を鉄の枠取りで補強した扉が閉まると、すかさずリコットが扉と床の隙間に楔を打込む。その作業が終わるのを待たずに、既にセガーロに先導されたブラハリーらは地下室にある隠し通路へ向かっている。
「よし……これで良いだろう。それにしても……ユーリーだっけ? お前……騎士よりよっぽど冒険者に向いているよ」
「え? リコットさんちょっと聞こえなかった」
「あー、何でもない。ほら行くぞ!」
傭兵達が何とか扉を破ろうとしている音を背中で聞きつつ、最後尾となったユーリーとリコットも皆の後を追うのであった。
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「そうか……捕虜が逃げたか」
部下の傭兵の報告に、少し悔しそうなブルガルトである。水門棟に立て籠もったと思われた侵入者と捕虜達だったが、入口の扉を破り中へ侵入したところ、
「もぬけの殻でした……」
という報告だった。大方何処かに外へ通じる隠し通路が有ったのだろう。事前に潰せていなかったのは自分の失策だと思うブルガルトである。
「はぁ……ダリア!」
「なに? ブルガルト」
「通用口は持ちそうか?」
「こちらの被害は百ちょっと、敵の方が被害甚大だけど数が違い過ぎるわ。それに攻城梯子も持ち出してきたみたいよ」
「そうか……バロル!」
「なんだ?」
「竜牙兵は後何体出せる?」
「後三体分の準備はある……時間稼ぎに使うのか?」
魔術師バロルの言葉には少し残念そうな響きが籠っている。一体で金貨百五十枚だから、当然と言えば当然の反応なのだ。しかし背に腹は代えられないブルガルトはその言葉に頷き返すと、脱出用の船を準備させる命令を下していた。
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四月の中頃に突然急展開を見せたノーバラプールを巡る問題は、同じ四月の最後の日にリムルベート王国側がトルン砦を奪還したことにより一つの局面を終えていた。捕虜とされていたウェスタ侯爵家当主ブラハリーは無事救出されたが、彼を捕虜としてトルン砦に立て籠もっていた「暁旅団」という傭兵団は、陥落の寸前の砦から船でノーバラプールへ逃れていたのだった。
その後間も無く、五月の中旬にノーバラプールの「市民政府」はガーディス王子から「統治委任書」に署名を貰ったと標榜し、一方的にノーバラプールの独立宣言を行うと四都市連合の傘下に入ることを明言した。
これに対し、リムルベート王国のガーディス王子は
「そもそも署名の日付だが、その日は
と冷淡な態度を取り、ノーバラプールの独立を認めない姿勢を崩さなかった。砦奪還や捕虜救出作戦に係わった一部の者にしか分からない詭弁であるが、対外的にガーディス王子が捕虜となった事実は無い。ノーバラプール側は「王子を捕虜としていた」と主張するが、その主張は空しく響くだけだったのだ。
結果として、リムルベート王国とノーバラプールは対決姿勢を強める格好となる。
そんな風に情勢が動く少し前、五月初めの日。ノーバラプールの街中では人知れずもう一つの救出劇が繰り広げられていたのだった……
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