Episode_08.25 塔の番人 Ⅰ
塔の内壁をらせん状に上っていく階段を進むユーリーとセガーロは四層目の手前で停止する。登り口から少し顔をだすと、そこは半円状の空間になっており、壁に扉が見える。
(たぶんこの部屋にブラハリー様が捕えられている)
そう直感するユーリーは、隣のセガーロが階段を上り切ろうとするところで、その腕を掴んで引き留めていた。
「ちょっと待って……あ、あれは……」
「あれ?」
少し言葉を詰まらせながらユーリーが「あれ」と指差す所には悪趣味な骨格の像が置いてある。全身銀色の巨大な骨格像は頭部が蜥蜴のものになっており「今にも動き出しそう」な質感を持っている。
「た、多分あれ……竜牙兵だ……」
「なんだそれは? 敵なのか?」
「うん、
「他に情報は無いのか? 弱点みたいなものは」
「うーん、初歩的なゴーレムだからとても単純な命令しか受け付けないらしい『敵を倒せ』がダメな程度」
「どういうことだ?」
「まず『敵』が何か分からない。色々な意味があるでしょ?『敵』って言葉は。それに『倒せ』も難しい。寝転ばせるのが本当の意味だからね」
「……不便だな」
「そう、強いけどココが弱い」
そう言うユーリーは自分の頭を指して見せる。真正面からぶつかると、自分にはとても勝てそうも無い相手だが、頭を使えば何か出来るかもしれない、そう思うユーリーの視線は、その竜牙兵の前で倒れている首の無い死体をチラと見るのである。
「そういえば、セガーロさん。この上の階って物見櫓だよね?」
「そのはずだ」
「じゃぁ……」
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「暁旅団」の首領ブルガルトは敵方リムルベートの騎士団によるの攻勢に歯噛みしていた。
「まさか運搬船を破城槌代わりにぶつけて来るとは……なにが砦攻めの真似事だ! よっぽどの
「ブルガルト、どうする?」
憤懣やる方無い風に言うブルガルトに冷静な言葉で問い掛けるのは魔術師バロルである。どうするとは「捕虜をどうする?」という意味だ。今ブルガルトの周りで相談できるのはバロルしかいない。副官のダリアは城壁の上で弓隊の攻撃を指揮しているし、切り込み隊長のドッジは通用門が突破される事態に備えている。
「敵の軍勢は二千五百程度だな? 仕方ない、騎士の方を先に
ブルガルトの言葉に短く頷くバロルは周りの者に指示を出す。
「水門棟に閉じ込めてある騎士を城壁へ引っ張ってこい!」
バロルの指示を受けて五人程の傭兵が水路沿いの道を走るが、直ぐに別の傭兵達が駆け寄ってくる。
「大変です! 居館に敵が侵入しました!」
「どう言う事だ!?」
「別働隊が侵入したようです!水門棟も占拠されています。現在居館内部に残っていた兵が戦闘中とのことです」
「クソ! バロル、お前はここでドッジとダリアの援護を頼む、場合によっては退却するかもしれん」
「ブルガルトは?」
「俺は居館の敵を――」
敵を何とかする。そうブルガルトが言い掛けた時、
バキィン!
一際甲高い金属音を伴って、格子門の左側に残っていた大きな鎖が断ち切れた。辛うじて鎖一本で城壁に繋がっていた格子門は引っ掛かった三隻の運搬船と水流に押されて川底を削るような振動を響かせながら要塞内部の水路へ入って来る。
唖然とした表情でその様子を見守る傭兵達の前で、格子門と船の残骸は水流の分岐点手前にある木製の橋に引っ掛かり止まる。橋の向こうは城壁へ上がる階段のある場所だが、その階段に繋がる木製の橋は重みに耐え兼ねて悲鳴のような軋み音を上げている。
「城壁にいる者を下ろせ! 橋が流されると孤立するぞ!」
ブルガルトの命令が伝令を通して城壁へ伝わると、眼下の敵兵と矢の撃ち合いをしていた弓兵が一目散に階段を目指し始める。
「相手が攻城梯子を持って来ていなくて助かりましたね」
そんなバロルの言葉に返事をしないブルガルトは次の手から最悪の状態までを何通りか想定している。
(最悪、要塞と捕虜は放棄だな。ノーバラプールへ逃れて『統治委任書』だけでも売付けてヨシとするか……だが、まだ全て諦めるには早いな)
「バロル、あの
「勿論だ、金貨百五十枚で仕入れた銀竜の牙から造られたんだ、一流の剣士や騎士が束になっても敵わない」
「ならば、塔の捕虜を奪うことは難しいな?」
「合言葉を知らない者が前を通れば、皆あの世行きだ」
魔術師バロルの自信ありげな返事に頷くブルガルトは居館へ向かうのを取り止めると通用口の防衛指揮を執る。その代りに、
「何処かの班を一つ居館の奪還と水門棟の制圧に回せ!」
と命じるのだった。
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「それじゃ、行くよ」
「ああ、頼んだぞ」
塔の四層目へ達する階段の登り口でそう囁き合うのはユーリーとセガーロだ。二人は、ユーリーの作戦によって目の前の竜牙兵をやり過ごそうとしている。その作戦とはユーリーが竜牙兵を屋上におびき出している間にセガーロがブラハリー達を助けると言うものだが、
「おびき寄せるって……その後どうするつもりだ?」
「飛び降りる」
「バカかお前、どれだけ高いと思ってるんだ?」
「あ、そう言う意味じゃなくて「
「そうか!」
ということで、その案で行くことになったのだ。ユーリーは「加護」と「防御増強」の術の効果が続いている事を確認した後に、さらに「蒼牙」に「
(くっそ! もう一度)
攻撃術の威力が増加する「蒼牙」への魔力移転を行い再度同じ術を試みる。この時点でユーリーの持っていた魔石は形を失い砂のように崩れているが、やはり効果がなかった。今のユーリーは知らないことだが、本来魔法生物と言われるゴーレムに分類される対象には負の付与術は効きにくいのだ。
勿論そんな事を知らないユーリーは三度目を試みようとするが、途中で思い留まる。そして意を決したように、竜牙兵の前に姿を晒すのだ。
ギギ……
一瞬だけ微かに骨が軋む音を立てた竜牙兵は突然、なんの力の溜めも無く大きな鉈のような剣を振るってくる。
(っ!)
寸前のところで、その攻撃を飛び退いて躱したユーリーは、敵の動きの素早さと強力さに舌を巻くと、素早く横に移動する。それを追う竜牙兵が、ガシャガヤと骨の音を鳴らして階段の登り口に立つユーリーにもう一撃を加える。
「うわっ!」
思わずユーリーが叫ぶほど鋭い攻撃は、攻撃の予兆となる溜めの動作が無いため、いつ攻撃してくるのか読み難いという特徴があった。無意識の内に対戦相手の小さい動きを読み取るような一端の剣士になっていたユーリーにとっても、竜牙兵は手強い相手だった。
寸前のところで足元を薙ぐ攻撃を躱したユーリーは三、四歩と階段を上り様子を伺う。対する竜牙兵は躊躇うことなく階段を上りユーリーを追うのである。
「よしよし、付いて来てよ」
攻撃を躱すユーリーには余裕はないが、気を張るために敢えて挑発する調子で独白すると、後ろを向いて一目散に階段を駆けあがる。そして、すぐに塔の最上階である物見櫓へ到達したユーリーは、パッと開けた視界にふと疑問が過る――
(あれ……僕が脱出したら竜牙兵って下に戻っちゃう?)
なんでこんな単純なことに気が付かなかったのか? そう自分を責めるが後の祭りだった。ユーリーを追い掛ける竜牙兵は既に蜥蜴の頭部を階段口から突き出していて、眼窩のみの眼でユーリーを確認している。この状況で出来る事と言えば――
「時間稼ぎするしかないのか!」
聞かせる相手の居ないユーリーの叫びが塔の最上階に吹き付ける東風に掻き消される。
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