Episode_08.24 救出
居館の二階に突入したヨシンは、自分達の存在に直ぐに気付かない傭兵達に疑問を抱くが、それを頭の隅に押しやると状況を好機と考える。見習い騎士だが、田舎の開拓村育ちで領兵団上がりのヨシンにとって(ユーリーも同様だが)「正々堂々」を旨とする騎士の矜持は縁遠いものだ。だから――
「ウォリャ!」
と遠慮の無い一撃を自分に背を向ける敵に見舞うのだ。その隣で剣を振るジェロに至っては「後ろを向いている方が悪い」と思う程度である。そんな二人に斬り込まれた傭兵達は驚きの声を上げる。
「なんだ!?」
「侵入者か?」
「ガンスさんよりも侵入者を何とかしろ!」
そんな叫び声を上げながら約二十人弱の傭兵が登り口へ向き直る。ガンスはその隙に自分を押え付けていた槍二本を掴むと力任せに振り回し傭兵二人を吹き飛ばす。そして、塔へ上がる螺旋の上り階段を駆け上がり姿を消していた。その様子を見つつも、傭兵達は先ず「侵入者を始末する」ことに決めたようだった。
大人が六人並べば肩が触れ合う程のスペースに展開する二十人の敵は、じりじりとヨシンとジェロに向かって距離を詰める。彼等の武器は室内ではやや長く感じる短槍と方形盾だ。連携のとれた動きで盾を前面に出し距離を詰めてくる。
その圧力にジリッと後退するヨシンとジェロだが、そこへ後ろからデイルとノヴァが戦線に加わる。更に階段を上りきった場所にはリリアとセガーロも顔を出している。その下には階段の下から
階段の上下から挟まれる状態となった一行は窮地に陥る。一階から上ってくる傭兵達はユーリーとイデンという二人の盾持ちが連携して食い止め、その隙間からリコットが胡桃ほどの大きさの「
一方、二階側は押されつつある。
「窓を開けて頂戴!」
簡単な槍衾と化した敵の前列と向き合うノヴァは突き入れられる槍をヒーターシールドで横へ逸らし、その柄を切り払いつつ、そう叫ぶ。その声に咄嗟に意図を悟ったリリアが二階の壁に取り付けられた木戸を叩くようにして開け放つ。新鮮な風と外の争う音が二階に流れ込んでくる。
「突風よ起これ!」
流れ込んだ風を受けて、ノヴァの凛とした声が響く。すると同時に、全員の耳がキンと耳鳴りを起こし、そして――
ゴウゥン!
二階の通路を突然の突風が吹き抜ける。それほど広くない通路を吹き抜けた風は反対側の突き当りで跳ね返ると渦を巻く|颶風(ぐふう)と化して傭兵達を翻弄した。なまじ大型の方形盾を構えていたため、前列の五人の敵は突風に煽られて転倒してしまった。
「今だ!」
その好機にデイルとヨシンが崩れた敵の列へ飛び込む。左のヨシン、右のデイル。そして夫々の斜め後ろからノヴァとジェロが援護する形で二階の戦列を一気に突き崩していく。
夫々大振りの剣を得意とするデイルとヨシンの二人が鬼神の如く暴れまわる。乱暴かつ強引に振り回しているように見えて、実際は鋭く狙い澄ました鋭い一撃の連続である。通路の中央に陣取る二人はあっと言う間に十人の敵を葬り、更に残った敵を反対側の階段へ押しやるのだ。
「デイルとノヴァ、それにリコットは反対側の防衛にまわれ! ユーリーどうにかして、下の敵集団を押し下げろ!」
(セガーロさんて、無茶苦茶言うな!)
階段の下から迫る敵は自然と自分の足元を狙うことになる。それはそれで防御が面倒なユーリーは、足元を薙ぎ払う敵の剣を「蒼牙」で受け止めつつ手元に魔力を込める。
先ほどの威力の再現が出来るか分からないユーリーだが、掌の「蒼牙」は丁度「
キィィン
「蒼牙」に受け止められていたはずの敵の剣が甲高い音と共に
(やっぱり!)
と確信めいたものを感じ取ったユーリーは補助動作無しで「|火炎矢(フレイムアロー)」の術を発動させ解き放つ。「蒼牙」によって振り払われた空間に普段の二倍、十本の炎の矢が出現すると、一拍おいて目を剥いている敵の集団目掛けて飛び込んでいく。
ドドドドドンッ
連続して爆ぜる炎と突入してきた炎の矢そのものの勢いによって、二人並べば充分という幅の階段に殺到していた傭兵達は上から順に火達磨になって転げ落ちていく。
術の威力が思った以上に
「行くぞユーリー! ブラハリー様達を助けるんだ!」
「わ、分かった!」
振り返ると、ヨシンとジェロが「交代だ」と言わんばかりの表情で立っている。そして自分を心配そうに見るリリアの表情も目に飛び込んでくる。
「リリア、気を付けて。ここに『
「ええ、いいわよ。私にはコレがあるから」
そう言って弓の弦をビンっと鳴らせてみせるリリアである。だが直ぐに心配気な顔に戻った彼女は、
「ユーリー、気を付けてね」
と言うのだった。
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らせん状の塔の階段を駆けあがるガンスは、全部で五層構造の塔の四層目に到着する。直径十五メートル程の円形の塔を半分に仕切った四層目には、その半分を占める部屋が設けられている。元々は騎士階級や貴族がこの砦の防衛指揮に当たった場合を想定してつくられた貴賓室であったが、今はガンスにとっての「貴賓」が閉じ込められた部屋になっている。
部屋の前には傭兵は誰も居ない。
「大国の王子様と、とんでもなく有力な貴族様だ。傭兵が懐柔されたり買収されたりする可能性があるからな……」
というブルガルトの声が脳裏に蘇るが、今のガンスには何の感傷も無い。そして目の前の扉の左側に一体の不気味で見覚えの無い像を認めても、それにも関心を払わない。
その像は巨大な人間の全身骨格に、それに見合う大きさの蜥蜴のような頭蓋骨を載せた物で白いはずの骨は全体的に銀色掛かっている。大きさは高さ二メートル半と標準的な人間よりも大きく天井に蜥蜴の頭蓋骨の頭頂部が付きそうなほどだ。そして極め付けは右手に長大な鉈のように切っ先の無い剣を
普通の精神状態ならば、この像の前を無警戒に横切ることはしなかっただろう。しかし、熱に浮かされたようなガンスは一切警戒することなく扉へ近づく。扉の鍵は持っていない。自分の巨体を生かして「蹴り破る」つもりである。
そんなガンスは像の前に差し掛かったところから助走をつけて扉に蹴り掛かろうとするが――
骨格の像がギシっと小さい軋み音を立てて
カンッ
と頸椎を断ち斬られる音を残して、彼の首は宙を舞うとそのまま螺旋階段を転がり落ちていくのだった。
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先に進んだ傭兵の仲間がいるらしいことをヨシンから聞いたユーリーとセガーロは慎重に、だが急いで階段を駆けあがる。その途中でドーンという砦全体を揺るがせるような衝撃を感じるが、衝撃の発生源は遠そうだった。
「とにかく先へ進むぞ!」
というセガーロを追い掛けるようにして塔を駆け上がるユーリーだが、再び足を止める。階段の上から何かが転がり落ちて来たのだ。
「なんだ?」
「……えっ?」
明り取りの少ない塔の内部の螺旋階段を引っ掛かりながら転がり落ちてくる物体は、人の生首だった。石の階段に何度も打ち付けられた生首はパッと見ると赤い血の塊のようになっている。その光景はゾッとするもので、肝の据わったセガーロでも思わず転がり続ける生首に道を譲ったほどであった。
「……注意しよう」
絞り出すようなセガーロの声に頷くユーリーだった。
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