Episode_08.23 斬り込み


 「水門棟」に潜むユーリー達一行は、外の雰囲気が慌ただしくなったことを感じる。既に居館から伸びる塔の先端は朝日を受けて金色に輝く時間帯だ。そんな「水門棟」の一階からは、北側の城壁の上の方は居館の陰に隠れて見えないが、そちらの方から兵達が忙しなく動く様子が音として聞き取れる。


 ノヴァはセガーロに促される前に、もう一度風の精霊に周囲の情報を報せるよう頼む。そして、


「城壁の上の兵達が攻撃を始めてるわね……矢を射ている。それに……館から大勢が北側の広場に集結しているわ。今なら居館の中の人数は五十人くらい……どうするの?」


 外の情勢を伝えるノヴァの声に、一行の面々は既に北の城壁に対して攻撃が開始されていることを知る。そして、彼等に対してセガーロが夫々の割り振りを伝える。


「退却路を確保したい。悪いが近衛騎士の三人とタリルとマーヴはこの『水門棟』の防御にまわってくれ」


 その役割に抗議の声を上げようとする騎士達だが、セガーロの有無を言わせない表情に言葉を呑み込む。そして、


「とても重要な任務だ。タリルとマーヴは魔術師と神蹟術の遣い手だ、死守してほしい」


 というセガーロの言葉に頷くのだ。近衛騎士達の様子に満足したセガーロは、続いて居館に侵入する面々に対して、リリアから渡された砦の見取り図を見ながら言う。


「居館は二階建てだ。二階へ上がる階段が北と南の二か所にある。先ず水路を渡る橋を越えて一番近い入口から中へ突入する。中に入って直ぐ正面に有る階段が南の階段になるが、そこから二階へ侵入。階段に防衛線を張る、北の階段防御にはデイル、ノヴァ、リコット。南はヨシン、リリア、それにジェロだ。イデンは両方の負傷者の救護優先で動いてくれ。そして私とユーリーで塔の上から捕虜を救出する。救出後は来た道を戻って全員で撤収だ」


 全員が頷く様子を確認した後、


「始めるぞ」


 というセガーロの言葉で一行は動き出す。まず、ユーリーがその場の全員・・に「加護」と「防御強化エンディフェンス」の術を施す。強化術の恩恵を受けるのが初めてだった近衛騎士達が驚くような声を上げる。一方、


「ちょっと待ってくれ……今、全員に掛けたのか? それもこの強度・・で?」

「あ、タリルさん……ダメだった?」

「い、いや……ちょっと驚いただけだ……ありがとう」


 尚を何かを言いたそうなタリルだが、そこで口を噤む。内心は


(俺の付与術と同等でこの人数に? ……どうなってんだコイツ……)


 という感想であった。その視線は「魔術はやっぱり掛かりが悪い」と言うノヴァと話しているユーリーに向けられている。


 そして、準備が整った一行は、デイルを先頭に水門棟の扉を開ける。目の前には水路に掛かった木製の橋がある。二十メートルほどの長さの橋の先の対岸には砦の中心部である居館と、その上に聳え立つ塔が見える。


 どれだけ長い間敵から発見されないか。発見が遅れるほど無事帰還できる可能性が上がるのは明白である。だから全員が無言のまま橋を全速力で駆け抜ける。先頭のデイルはほぼ一週間ぶりに身体を動かすが


(鈍っていたから、これくらいが丁度良い!)


 と思い、橋を渡り切った勢いのまま居館の南側の扉を蹴り破る。


「な!? なんだぁ?」

「敵襲だー!」

「何処から入って来やがった!」


 室内を見回すと広いスペースにテーブルと椅子が並べられている。食堂兼集会場といった雰囲気の一階である。ざっと見渡して傭兵が三十人程である。「敵襲」と告げる声に反応し、早くも武器を手にした数人がデイルに向かってくるが――


「うおぉっ!」


 疾風の如く動いたデイルは、向かってくる傭兵三人に対して距離を詰めると、取り戻したばかりの業物の大剣を叩きつける。


バキィン


 三人の敵の右手側の一人へ斬りかかったデイルの一撃は、それを受け止めようとした剣ごと相手の脳天を断ち割る。凄まじい一撃に他の二人がたじろぐが、その隙にデイルの横から飛び込んだヨシンが鋭い突きをもう一人の喉元に埋め込み、さらにジェロも同じような攻撃で敵を仕留める。


「二階へ!」


 後ろからセガーロの声が飛ぶ。そのセガーロの横を走るユーリーは、こちらへ殺到しようとする傭兵達の集団に「火炎矢フレイムアロー」を叩き込む。今度は指先の「補助動作」を経て発動したユーリー得意の攻撃術は、目の前に五本の燃え上がる炎の矢を出現させると、突進してくる傭兵の一団の先頭付近に襲い掛かる。


 「火炎矢」は敵に突き刺さるとその周辺を炎によって追加的に加害するが、爆発はしない。空間に火線を曳いた五本の矢は夫々傭兵に突き立つと一瞬だけ燃え上がる。


「うわぁぁ!」

「ぎゃぁ!」


 といった悲鳴の向こうから


「魔術師がいるぞ! バロルさんを連れて来てくれ」

「ブルガルトさんにも報せるんだ!」


 といった声が聞こえてくる。


(指示を出す人間を潰す!)


 単純だが効果的な戦法に従い、指示を出す声がする方に再び「火炎矢」の術を放つユーリーであった。


「二階に二十人!」

「部屋は四つ!」


 夫々が風の精霊に働きかけて知り得た情報を口々に言うリリアとノヴァである。ノヴァは既にヒーターシールドと片手剣ショートソードを手に持っているが、リリアは短弓から矢を放っている。リリアの短弓は彼女の力に合わせてそれほど強いものでは無いので、威力が低い。その上で走りながらの射撃であるから狙いも定まらないのだが、それでも魔術と飛び道具の存在を恐れた敵は慌ててテーブルをひっくり返すと即席の矢盾とする。そんな手間が一行に時間の猶予を与えるのだった。


 最後尾のセガーロが階段に取り付いたとき、二階へは、ヨシンとジェロが一番乗りを果たしていた。同じ長剣バスタードソード使いである二人は、盾を持たない点も共通している。素早い動きと鋭い攻撃が信条の二人である。


 一階の半分くらいのスペースに扉が四つと塔へ上がる階段が有るのが二階の様子だった。だが、それよりも二人の注意を惹いたのは、塔へと繋がる階段手前の通路で暴れている大男の存在だった。


****************************************


 デイルが居館の一階南側の扉を蹴り破った頃、二階の一室で同じように扉を蹴り破った男がいた。臨時で数か月間「暁旅団」の首領を務めていた大男ガンスである。元は少し酒と女癖が悪いが、気の良い男で仲間からの信頼も篤かった。しかし、カルアニス島で「黒衣の導師ドレンド」と面談した時に、その心の奥に「洗脳」という狂気の種を埋め込まれてしまっていた。


 今、ガンスを支配するのは「捕虜をノーバラプールへ届ける」という使命感である。その使命感の出処は「金」であり、それを使って買う「女」に対する執心である。


 「洗脳」の術は受ける側の動機づけによって効果にばらつきがある。例えば用心深いオーク傭兵団の首領に無謀な作戦を行わせる場合は、術の掛かり具合が甘くなり別の心理的要因 ――例えば命の危機とか―― により術が解けてしまう可能性がある。


 一方、欲深い人物 ――例えば何処かの鬼婆やガンスのような男―― に対して、その欲を助長するような方向に「洗脳」する場合は、まるで自らが心の底から望んでいるように感じさせることができる。


 そして今、ガンスは心の底から「そうするべき」と思い、塔の上に居る捕虜を奪い取ろうと暴れているのである。一方でそれを取り押さえる傭兵達は、


「万が一、もう一度暴れるようなことが有れば、斬ってしまって構わない」


 と首領のブルガルトから言われているのだが、出来れば無傷で大人しくさせたいと思っている者が大半である。ブルガルトとガンスの仲の良い関係を知るが故に首領の心の内を慮っての遠慮があるのだ。


 そこに、二階へ侵入したヨシンとジェロが突入したものだから、事態は大混乱となった。


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