Episode_08.22 不信感


 一方、上り階段を確保に向かったユーリー達は異変を察した傭兵達と対峙していた。丁度捕虜達の見張りの交代時間にかち合ったのは不運と言えば不運だが、この場合は相手の方が不運であった。


 最初に姿を現した二人の傭兵は階段下に陣取るユーリー達を見て目を丸くすると一階にいた同僚の傭兵達に声を掛けようとする。そこへユーリーとノヴァの矢が襲い掛かると声を上げかけた二人の傭兵はほぼ同時に矢を首元と剥き出しの額に受けて倒れ込みそのまま階段を転げ落ちる。


「なんだ?」

「バカが……階段から落ちたんだろう」


 そんな声と共に上階で数人の足音がする。素早くノヴァに目配せをするユーリーに対してノヴァは矢を握った掌を器用に動かして上を指差し、四本の指を立てる。つまり


(上の階には四人か)


 そう納得したユーリーは鋭い声で、


「ヨシン! 切り込む!」


 と声を掛ける。それに応じたヨシンは既に抜身の「折れ丸」を手に持っているのだ。やがて足音が階段に近付く。ユーリーは新調したばかりの「蒼牙」を鞘から抜くと左手の仕掛け盾も展開する。そして、


「行くぞ!」


 と掛け声を掛けると同時に十五段ばかりの階段を駆け上がっていった。


「うわ! なんだお前達!」

「どこから?」


 突然下の階から階段を駆け上がってきた二人の青年騎士に驚きの声を上げるのはノヴァの見立て通り四人の傭兵であった。彼等は流石に荒っぽいことに慣れているのか動揺しつつも剣や槍を手に取り身構える。しかし、


「っ!」


 前に立つ二人の傭兵に対して、左手側の一人へ斬りかかるユーリーは下段から「蒼牙」を斜め上に振り抜き、武器を持つ敵の右手首を狙う。敵の手首は金属製の手甲に守られているが、手首の可動部は装甲が薄いのが普通で、その薄い防御を突く鋭い一撃だ。振り上げる一撃が相手の手首を強打し反撃を封じる、そんな意図を持った一撃なのだが――


ゾワ……


 剣を振る途中のユーリーは、まるで掌の剣が意思を持って自分の魔力を吸い取る・・・・ような感覚を覚え、瞬時にうなじの毛が逆立つのを感じる。まるで剣自身の求めに無条件で応じるように、ユーリーは魔力を活性化させ、その魔力が剣先へ行き渡っているイメージを勝手に作ってしまう。そして「蒼牙」の刀身は、ユーリーの魔力それを受けると、まるで熱した飴細工にナイフを入れるような柔らかい感触と共に敵の手首を切り飛ばしていたのだ。


(なんだこれ!)


 斬った方も、斬られた方も驚愕する状況だった。それでも、ユーリーは手首を返して振り上げた刀身を下に向けると、切り飛ばされた手首を唖然と見つめる敵の首筋へ「蒼牙」を叩きつけていた。


ザンッ


 無防備な敵の首筋を薙ぎ払った「蒼牙」は、それを持つユーリーの手にまるで藁束を切り払ったような軽い・・手応えを伝えてきた。魔力を吸い取られるような感覚と、それに続く常識外れの切れ味に、ユーリーの注意が一瞬だけ手に持つ「蒼牙」に向けられる。そこに一瞬の隙ができた。


 ユーリーが斬り倒した敵の後ろには、短槍と長柄の両手斧を構えた二人の傭兵が控えていた。彼等は、倒されたばかりの仲間の死体を踏み越えて、一気に攻撃に移る。短槍を持った傭兵が鋭く槍を突き込む。対するユーリーは対応が遅れ、仕掛け盾でその穂先を受け払うのが精一杯となった。そして、もう一人の持つ長柄の両手斧に対して全く無防備となる。


 一人が先に仕掛け、それに対処する敵をもう一人が確実に仕留める。そんな連携攻撃の罠にはまったユーリーは、自分の無防備な頭部目掛けて斧が振り下ろされるのを感じ取る。大上段から繰り出される重厚な斧の刃は、片手剣の防御など弾き飛ばすだろう。


 呼吸にして一拍にも満たない刹那の間。絶体絶命の刃が振り下ろされる瞬間、ユーリーは咄嗟に「蒼牙」を握ったまま・・・・・で「魔力衝マナインパクト」を発動していた。そして、


「うぁぁ!」


 と無意識の内に雄叫びの様な声を上げて、魔力の塊を纏わり付かせた「蒼牙」を振り下ろされる斧の刃に打ち付ける。


ゴォン!


 まるで巨大な丸太で殴ったような鈍い音が響く。そして、長柄の両手斧を振るった傭兵は、隣の短槍を持った仲間を巻き込んで、部屋の奥へ吹き飛ばされたのだった。


「ユ、ユーリー今の……?」


 そんな親友ヨシンの問いが耳に入らないほど、ユーリーは自分の放った攻撃に驚いていた。敵の強力な一撃を華奢な片刃の片手剣で受け止めるのは無理と判断したユーリーは、その攻撃を相殺するために咄嗟の思い付きで「魔力衝」を発動していた。


 そして、魔術陣を起想するための補助動作無し・・・・・・で発動した魔力の塊は、通常ならば効果範囲外のはずの敵の身体にまで届き、更に相手を五メートルは吹き飛ばしていたのだ。


(補助動作無しで発動した……しかも、なんて威力なんだ……)


 という驚きがユーリーを支配していた。魔術の起想・展開・発動の各段階は通常指先や杖の先端、又は ――ユーリーが良くやるのは―― 剣の切っ先など先端の鋭いもので「描く」イメージが必要になる。これを「補助動作」と呼ぶのは熟練した魔術師であれば、すべての段階を頭の中のイメージだけで済ませることが出来るからなのだ。しかし、ユーリーは当然、その域に達していない。それなのに「出来た」ことに先ず驚きを感じる。そして、通常ならばこん棒で殴りつける程度の威力である「魔力衝」が人数メートル吹き飛ばす威力を発揮したことにも驚いていた。


(この剣……気味が悪いな)


 掌の片刃の直剣を見詰めるユーリーは、そんな印象を持たざるを得なかった。


****************************************


 そんなユーリーとヨシンの所へ階段下から、捕虜となっていたデイルら騎士達を解放した一団が上ってくる。


「ユーリー! ヨシンも! まさかお前達が来るとは」

「あ……デイルさん! ご無事みたいですね」

「よかった」

「ほんと、良かったわ……ハンザさん心配してましたよ……」

「うっ、面目無い……」


 デイルの声に応じるユーリーとヨシン、それにノヴァであった。ノヴァとしては、出発する直前まで放心状態のハンザと一緒にいたので、内心は言いたい事が山ほどあったが、


(なんかこの人デイルの顔見てると、ここで怒ったら私が悪者みたいに成っちゃうわね……)


 という感想を持つほど、すまなそうなシュンとした表情のデイルであった。


 そんな会話が交わされる中、一階の大部屋を見て回るリコットは部屋の隅に積み上げられたデイル達の武器類を見つける。


「おーい騎士さん、これおたくら・・・・の武器じゃないの?」


 すまなさそうな表情を一変させたデイルを始めとする騎士達がリコットの方へ駆け寄っていく。一方で、少し難しい表情をして腰に収めた剣を気にしているユーリーにリリアが声を掛けてくる。


「ユーリー、大丈夫?」

「あ、ああ……大丈夫だよ。リリアはあんまり前に出ない方が良いな」

「うん、わかった」


 階段を上がってくる時に、両手に短剣と剣を握っていたリリアの姿を思い出しユーリーがそう言うと、リリアは素直に肩から短弓ショートボウを取り外す。そして「こう言う事ね?」と視線でユーリーに確認するのだ。パッチリとした瞳を少し細めて眼だけで笑って見せる彼女の表情に、新しい剣に対する不信感を一瞬忘れることができるユーリーであった。


「外の状況を確認できるか?」

「あ、それ私がやるわ」


 セガーロの問いにノヴァが答える。風の精霊の助けを借りて外の状況を探るつもりだ。先程までの地下と異なり、地上にある一階は数か所窓があり開け放たれている。そのため外気との接点が多く風の精霊に対して呼びかけが容易だった。


(風の精霊よ、周りの気配を伝えて)


 ノヴァはと小さく呟く。「風の囁きウィンドウィスパ」という精霊術だが、精霊術は魔術ほど明確に区分けされていない。使う個人によって、結果や効果が大きく左右される個性的な術といえる。


 ノヴァの使う「風の囁き」は、リリアの術と違い効果範囲が相当広い。そして大まかな情報を伝えるのである。ドルドの森林という広大な空間で育ったノヴァならではの効果である。


「水路を渡った先の建物に……三百人程、それに北側の城壁の上に百五十、砦の北側の広場に……百人くらいかしら。多いわね」


 その言葉にセガーロが窓から外を伺う。白み始めた明け方の空気の向こう、丁度北向きの窓から見える視界の端に、確かに武装した大人数の人影がある。


「日の出と同時に攻撃開始の予定だ……日の出まで、もう少しだ」


 その言葉に、今や十四人に増えた一行は頷くのであった。


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