Episode_08.21 潜入! 水門棟
地上でウェスタ侯爵領正騎士を始めとした騎士達の攻撃が開始される少し前。地下水脈を経由し、砦内部の地下水路へ潜入したユーリー達の一行は、頭上に建つ建物の基礎の更に下に掘られた大昔の通路を進んでいる。坑道のように左右と天井を太い
そうして進むうち、一行は通路の突き当りに達する。突然石造りの階段が姿を現し、松明でその先を照らすと約十メートルの登り階段で有る事が分かる。
「多分、この階段の先が『水門棟』だと思うわ」
そう言うのは「盗賊ギルド」から渡された地図を見るリリアである。その地図を受け取ったセガーロは自分の頭の中に叩き込んだ地形と砦の見取り図と照合し、
「間違いないな。この上が『水門棟』だ……ところでこの『印』はなんだ?」
「ああ、それは、その印の場所に捕虜が捉えられている可能性が高いって意味らしいです」
「……」
リリアの持つ地図に付けられた印は全部で五か所だったが、その内一つが水門棟の場所に記されている。
(しかし、ここまで詳細な情報を持っているとは……盗賊ギルドは危険だな)
詳細な見取り図に、そんな考えを持つセガーロだが、今はそんな盗賊ギルドの情報ですら有り難いものである。思考の焦点を切り替えてセガーロが言う、
「そろそろ夜明けの時間だ……始めよう」
その言葉に一行は静かに頷き返すと階段の上を見るのである。
先ずは
「ここは俺に……」
そう囁くリコットが、背嚢から幾つかの道具を取り出し突き当りの壁を調べる。水門棟の部屋の中から見れば周りの石壁と同化した隠し扉だが、逆を言うと彼等が居る裏側からは扉を止める金具や蝶番が丸見えである。
(これは、お安い仕事だな)
そう見込みをつけたリコットは、蝶番に潤滑油を塗ると反対側の留め金に取り掛かる。金属製のヘラやノミで慎重に留め金に手を加えた後、不意に隠し扉が手前に落ち込むように動くと音も無く開いた。
「ヨシ」という風に頷くリコットを後にしてセガーロが先頭となり室内へ侵入する。そこはカビと水苔の臭気に油脂の臭いが混ざった独特な異臭が籠る空間だ。「水門棟」の機関部が納まっているこの空間は半分が空転を続ける金属軸と鎖を張った幾つかの大きな歯車、それに噛み合う小さな歯車などに占領されている。そして、それらの装置の向こう側が仄かに明るくなっているため、セガーロはその辺りに上へと続く階段があると見当をつけていた。
一方、セガーロの後ろに付いて部屋へ侵入したリリアは、階段へと続く細い通路を挟んで反対側にある頑丈な鉄製の引き戸を見て、その扉が「一つ目の印」の場所だと気付く
「下の奴らを呼んでくれ」
囁くような小声で言うセガーロの言葉はリリアを経由してリコットに伝えられる。そして、直ぐに下からユーリー達七人が上がってきた。
「向こうの階段を確保してくれ……」
セガーロの指示に頷くユーリーは、ヨシン、ノヴァ、それにジェロとイデンに目配せすると装置の間をすり抜けて階段へ向かう。一方リリアとセガーロ、それにリコットは鉄製の引き戸の前に取り付く。その後ろには近接戦闘が出来ないマーヴとタリルが控えている。
「こっちも俺がやる」
鉄製の引き戸を前にしたリコットは、先ほどよりも小さい針金のような道具を取り出して鍵穴に差し込むと中を探るように何度も前後へ動かしている。その光景はリリアにも良く見知った錠前外しの方法だったが、
(あれ? 気配が……)
と、扉の先に違和感を持ったリリアは腰の「
背後の二人が無言で警戒感を高めている気配に気が付かないリコットは自慢の早業で錠前を外そうと試みるが、存外、引き戸は施錠されていなかった。
「なんだよ、鍵掛ってない――」
後ろの二人を振り返り、照れ笑いを浮かべるリコットだが、その瞬間――
「うりゃぁ!」
「おらぁ!」
勢い良く扉が開かれると同時に、怒号と共に二本の剣先が部屋から飛び出してきた。二本とも、扉の前に屈んだ状態のリコットを目指している。
ガキィ!
その二本を夫々別の短剣が受け止めた。金属同士が打ち合う音と「ひぁぁぁっ」というリコットの小さい悲鳴が同時に響く。
リリアの短剣は右手側の敵の剣をガッチリと柄の部分で受け止めると、波型の炎の谷間に刀身を咥え込む。部屋の中から突然攻撃してきたのは見るからに傭兵然とした擦り切れた革鎧を身に着けた戦士だが、手にしている剣は丈夫な幅広の
男の膂力とリリアのそれでは比較にならない。しかし、もとより力比べをするつもりの無いリリアは、剣を引き抜こうと力を籠める相手に一瞬抵抗する素振りを見せて、それからあっさりと短剣を手放す。
「うわっ」
力任せに剣を引っ張ろうとした敵は突然手応えが無くなった手元に驚きの声を上げつつ仰け反る。それだけの隙で充分なリリアは一歩踏み込みつつ、素早く右手で短めの片手剣を鞘から引き放ちそのままの軌道で敵の喉を切り払う。
ヒューと息の抜ける音と共に、敵は
一方、セガーロは事も無げに短剣一本で片手剣を持つ敵を仕留めていたのだった。その様子を、尻もちを付いた状態で見届けたリコットは内心で、
(ジェロ……リリアちゃんは諦めた方がいいぞ……)
と場違いに思うのだった。
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瞑目したまま七日目の朝を迎えたデイルは、部屋の外の微かな物音を察知していた。それは、見張りの傭兵達が交代の度にふざけて声を掛け合う普段の物音とは明らかに違う、金属の音、それに籠った呻き声や人が転倒するような音であった。
「起きろ!」
何日か振りに上げた声は、喉に絡むが何とか警戒を告げる言葉となった。そんなデイルの言葉に、固い板のベッドに横たわっていた三人の近衛騎士も跳ね起きる。
「何だ!?」
と言い掛ける彼等に対して、口元に指を当てる仕草で大人しくさせるデイルは立ち上がると渾身の力でベッドの足を蹴り飛ばす。
バゴッ!
金属の脛当てで蹴り付けられた粗末なベッドは、ドンと跳ねるとその足が外れる。デイルはそれを掴んで引き千切るように足を取り外す。少し太めのこん棒の出来上がりであった。
その荒っぽいやり方に目を丸くする近衛騎士達だが、直ぐに自分達も同じようにベッドを力尽くで解体して思い思いの木片を武器とする。
(……)
デイルはジッと意識を硬く閉ざされた扉の向こうへ向ける。不意に、カチャカチャと金属を引っ掻く音が扉から響いてくる。デイルを始めとした一同は自然に体勢を低く、次の動作を取り易くするが――
ガチャリ
鍵穴で何度か引っ掛かる音は、これまで聞いた開錠の音とは異なる。そして、扉が開き姿を現したのは……
「え? ……リリア……?」
「あ、デイルさん……御無事でなによりです!」
驚くデイルにニコッと微笑み返すのは、ハシバミ色の瞳を持ったリリアの姿であった。二人の面識と言えば「黒蝋」事件の後で、デイル達ウェスタ侯爵領正騎士団の取り調べにリリアが応じた時くらいだった。それでもヨシンが頻繁に「リリアちゃん、リリアちゃん」といってユーリーをからかっていたのでその名前と、独特な愛らしい容姿はよく覚えていたデイルである。
そんなリリアの後ろからヌッと姿を現すのは、これまた見知った顔のセガーロであった。
「救援か?」
「そうだ、ブラハリー様達が何処に捕えられたか見当が付くか?」
「た、多分塔の上だ、連中が『塔』は居心地が良いと言っていた」
セガーロの問いに答えるのは近衛騎士の一人である。毎度食事を運んでくる傭兵に対して主であるガーディス王子の待遇を心配し、それを訊ねた際に傭兵がうっかり漏らしていた言葉を覚えていたのだ。
「塔か……」
そう言うセガーロは格子の嵌った小さい窓を覗くが、塔が見える角度では無かった。
「動けるか?」
「ああ、動きたくてウズウズしているくらいだ」
「足手まといにならないか?」という意味合いのセガーロの問いに不敵な表情で答えるのはデイルだけでは無かった。雪辱の機会を得た騎士達の心は血に飢えた魔獣のようだと喩えても、決して言い過ぎではないのである。
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