Episode_08.20 攻撃開始!


 朝日が顔を出す少し前、トルン砦の北側に一騎の騎士が姿を現す。部分的に鉄板をあしらい、他は厚手の鋲打ち革という馬鎧に覆われた騎馬を駆る騎士は、砦から百メートルの距離まで進むと城壁の上を睨むように端から見ていく。


 既にトルン砦側を守備する「暁旅団」の傭兵達は城壁の上に多数展開しており、地上の騎士から見えるだけでも百人程度である。


鋸壁のこかべの影には矢を番えた弓兵か……ざっと百五十は城壁の上だな)


 と見込みを付けた騎士の予想は正しかった。


「貴様らは、暁旅団という傭兵達で間違いないか!」


 馬の上から大音声だいおんじょうで問い掛ける騎士の声に、少し間をおいて城壁の上から答えが返ってくる。驚いた事に女性の声であった。


「我ら傭兵団へ入団したいならば、残念だがもっと若い頃に来るべきだったな! 貴公の名と用件を!」


 馬上の騎士が鎧兜に覆われていても、少し「年配」であると見て取ったダリアの返事だった。


「確かに、あと三十歳若ければ・・・・・・・傭兵稼業も面白かったかもしれぬがな! 私の名はガルス! ウェスタ侯爵の家臣にしてリムルベート王国第二騎士団の中将だ!」


 ガルス中将は自分を「第二騎士団の中将」と名乗るが、本当の所、第二騎士団に副団長は居るが「中将」という役職は無い。ただ、前線に立つ現役騎士で飛び抜けて古参のガルスに対して他家の騎士達でさえ「中将」と敬称代わりに呼ぶのである。


 今のガルスは「出来るだけ自分を高い地位の騎士」に見せたい。だから、そのような嘘を吐いてみせるが、極め付けはこれからである。フンッと腹に力を入れると口上を述べる。


「我が主達は元気にしていると思うが、このまま『ただで』身代金を払ったのでは家臣としての面目が立たない。よって、これから砦を攻める『真似事』をさせて頂く。言い訳作りの一戦だ、城壁の上からごゆるりと観戦されるが良い!」


 ガルスの言葉は、侯爵ガーランドに言い含められたものだった。流石のガルスも今自分が吐いた嘘塗れの口上には呆れるが、これも当主ブラハリーのためであり、ガーディス王子のためである。そして、この口上の肝は「言うだけ言って立ち去ること」であった。


 自分の嘘に呆れながらも、ガルスは愛馬を反転させると来た道を戻る。既に朝日が小高いインヴァル山脈の稜線から姿を見せていた。案の定ガルスの背中には何か「問い掛ける」ような声が掛かるが


(何も聞こえない……ことにしておこう)


 と思うガルスは一目散に馬を北へ走らせるのだった。


 ガルスは馬を走らせつつチラと左手側を流れるインヴァル河を見る。そこには、流れを遮っていた堰を崩し、小さな津波のようになった波の勢いに乗った三隻の運搬船が走るように進んでいる。


(流石侯爵様、アルヴァン様だ!)


 その船の勢いを確認し、ガルスは馬を止めると腰の片手剣ロングソードを引き抜く。その場所は既に砦から一キロ近く離れた雑木林の南端である。そして、


「全員立ち上がれ、船の突撃と共に北の通用門を破るのだ! あるじを捕えられた屈辱はこの場で雪ぐしかない!」


 そう叫ぶガルスの周囲には草陰や林の陰に身を伏せていた騎士や兵士達が次々と姿を現す。第一騎士団二百騎、第二騎士団二百騎、それに双方の従卒兵二千四百を加えた大軍勢である。


 軍勢は手筈通りに、第二騎士団の騎士と従卒兵が前線の矢面に立つ。その後、取水門とそれに付属する通用門が破壊された後に第一騎士団とその従卒兵を中心とした「突入部隊」が砦内への突入を試みる事になっている。


「身代金などで、王子を取り返したとなれば第一騎士団の不名誉は末代まで語り継がれる」


 箝口令のため口にはしないが、そう思い極める第一騎士団の現場指揮官は鼻息が荒い。勿論彼以外の第一騎士団の騎士達で「王子が捕虜」となっていることを知る人物は少ない。だが、それを差し引いても目の前でむざむざと砦を落とされた屈辱を晴らすため騎士達の士気は高い。何処に配しても結局砦内に突撃しそうな勢いの彼等であるから「突撃部隊」はうってつけであった。


 しかし、突撃部隊が目指すのは狭い通用口である。三人が並んで歩けば窮屈なほど狭い通路に殺到することになる彼等は城壁を潜り抜けた所で敵の猛反撃に遭うはずである。多大な犠牲が出ることを分かった上での作戦であった。


 戦場に於いて前線に立つ者は、時としてそれを指揮する者の作戦により、犠牲を前提とした「駒」として扱われる。その事が「可哀想」だとか「非道だ」などと言う感傷は、後から戦いを振り返る時に生まれる物であって、生き残った者が考える問題でしかない。


 そう思うガルスは第二騎士団を指揮する立場として、前線を移動させる。再び砦の城壁が視界に入ったとき、その視界の右隅にある取水門がどうなっているか? このことが今回の砦攻めの鍵を握っているのだ。


 やがてガルスは本日二度目の城壁を視界に捉える。そして願うような気持ちで右手側の取水門へ目を向けるのだった。


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「こんな無茶苦茶聞いたことがねぇよ!」

「だめだ! 重い上に流れが速い。舵が効かねーよ!」

「ごちゃごちゃ言ってねーで船を真っ直ぐ走らせろ!」


 水夫達の悲鳴は、突撃艇に改造された運搬船三隻から聞こえてくる。皆口々に言葉は違うが意味合いは同じ事を叫んでいる。そうする間にも船はグングンと進む。川幅二十メートルのインヴァル河で、船幅十メートルの運搬船を改造し不安定になった突撃艇を正確に操船するのは不可能であった。


 突撃艇は何度か川岸に船腹を擦りながらも、堰を切って流れ出た水流に強引に押されるようにして河を突き進む。そして砦の取水門である格子状の門がみるみる内に迫って来るのだ。


「そろそろ潮時だ! 河に飛び込め!」


 水夫の頭の言葉を皮切りに水夫達が河へ飛び込む。


(後ろの船にかれませんように、フリギア神よお助けを!)


 全員が飛び込んだ事を確認して、水夫の頭も河に飛び込む。無事で居られるかどうかは幸運の神フリギアのみぞ知る事であった。


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 インヴァル河を走る三隻の船は、リムルベート王国側軍勢の攻撃開始の号令を背に受けて進む。その光景を唖然としながら見つめるのは城壁の上に陣取っていた「暁旅団」の副官ダリアを含む面々であった。


「くそ! 昨晩から河の水位が下がっていたのはこれのためだったか……四班から八班へ伝令! 北の取水門と通用口に防御線を構築しろ!」

「了解しました!」


 リムルベート王国側の意図を悟ったダリアの指示は、伝令兵によって各班に伝えられる。一班五十人の編制で、一から三班が城壁の上に陣取っているが残りの班は臨機応変に対応するため砦の中心部である居館に詰めているはずだった。


 慌ただしく伝令が行き交うなか、彼等の眼下で先ず水の塊が格子門を打つ低い音が響く。そして全力疾走の馬と同じほどの速度に達した船が城壁に阻まれた死角へ飛び込む――


ドォォン!!


 重いもの同士がぶつかる音に金属が軋む音が加わる。流石の城壁も凄まじい衝撃を足元に伝えてきた。


「持ったのか?」


 そうダリアが呟いた瞬間――


ドォォン! ドォォン!!


 先ほどと同じような衝撃と音が二度立て続けに起きると、その後に長く続く振動が足元を伝わる。周りの傭兵達は口々に驚きと悪態の入り混じった声を上げている。


「ひ、被害状況を報せ!」


 ダリアの声が城壁の上に響いた。


****************************************


 アルヴァンは船の縁に片手で掴まりながら、突入していく三隻の船を少し後方から眺める。先行した三隻よりも更に重心が高くなった投石器を積み込んだ運搬船である。治まり掛けた濁流の上であっても、


(転覆するんじゃないか?)


 と思わせる程の揺れであったが、何とか河の上に浮いている状態だ。


「よし、矢盾を下ろせ! 下船するぞ!」


 格子門を突破する作戦の行方を確かめたい所だが、アルヴァンにはやるべきことがあった。事前の手筈通りに、砦の三百メートル手前で停止した船から設置式の矢盾を下ろし百人の兵を率いて、ガルスら第二騎士団と合流するのだ。


「若殿! 御武運を!」

「お前達もな!」


 船に残る兵達からの声援に言葉を返し、アルヴァンは渡し板を渡り河縁に降り立つのだった。


「アルヴァン様ぁー!」


 直ぐにガルスの声が掛かる。その声に手を振って応じるアルヴァンは兵達に向き直り指示を飛ばす。


「矢盾を前面に押し出せ、幾ら城壁からだと言っても未だ矢は届かない! 行け!」


 その指示を受けて兵達が二つの矢盾を持ち上げると徐々に砦との距離を詰め始める。それを見送りながら近づいてきたガルスの気配に振り返るアルヴァンは、


「出しゃばって指揮を執らせろとは言わない。ガルスが思うようにやってくれ!」


 と言うのであった。


****************************************


 アルヴァンが下船する様子を見届けた侯爵ガーランドは、水夫や兵達と共に突撃艇の攻撃結果を確認している。


「格子門は半壊と言ったところでしょうか?」


 隣に立っている水夫の頭の言葉に頷く侯爵ガーランドである。約三百メートル先の格子門には最初の一隻の舳が突き刺さり、その後ろへ追突した二隻の船によって内側へ突き破るような大きな穴が開いている。そして格子門に引っ掛かった状態で半壊になった三隻の船が水流の抵抗となってグイグイと門を内側に押している状態だ。格子門は、両側から吊り下げる構造をしているが、右手側の吊り具である大きく太い鎖が断ち切れた状態で左手側のみでその場に留まっている状態だった。


「よし! 投石の準備をせよ! 船は百五十メートルまで接近、そこが射程のギリギリじゃろ」


 運搬船に据え付けられた二機の投石器は、陸上で使用するような大型の錘と梃子を利用した投射型ではない。捻じりバネに腕木を差し込み人力で巻き上げる大型の固定弩バリスタといっても良い代物だ。しかし、巨大な矢を番える基部は取り外され、代りにさじの化け物のような巨大な器具が取り付いている。腕木に張った弦がこの巨大な匙の柄の根元付近を勢い良く押し出すことで、匙の先端に乗せられた大きな岩や砂袋を約百五十メートル先へ打ち出すことのできる兵器である。


 投石器の腕木が巻き上げられるなか、船は砦へ更に接近する。


「侯爵様! ここは危ないですので、どうか甲板の下へ!」

「構わん! 指揮官が隠れておって、どうやって指揮を執るんだ!」


 侯爵の身を案じる兵を一喝する侯爵ガーランドである。既に砦からは矢が射掛けられ始めている。一応撤去された船室の名残である天井のある場所に陣取る侯爵ガーランドは、矢の雨のなか平然としている。


 若き頃、即位したばかりの国王ローデウスに心服しない各貴族を力で捻じ伏せてきた「仕置き屋ガーランド」の異名は七十を超える老齢にあっても健在であった。


「それ! 発射せよ! 次々撃ち出すのじゃ! 休んではならんぞ!」


 とても年寄の声とは思えない張りのある大音声だいおんじょうによって、号令は二隻の船に伝わると合計四門の投石器が次々と岩の塊を撃ち出す。一人では持ち上げられない程の岩が次々と崩れかかった格子門に撃ちつけられていく。それは確実に片方のみで城壁から釣り下がった状態の門に損害を与えると――


バキィン!


 一際甲高い金属音を伴って、格子門の左側に残っていた大きな鎖が断ち切れた。水流の負荷に追い討ちを掛けた投石による攻撃に、太い鉄の鎖が耐え切れなくなったのだ。


「ハッハッハッ! 儂に掛かればトルン砦など造作も無いわ……しかし、もっと派手に撃ちたかったのう」


 引っ掛かった突撃艇の残骸がもたらす水流の力で砦内の水路に流されていく格子門を見ながら高笑いを上げる侯爵ガーランドは、少し物足りなさを感じるのであった。


 一方、格子門とそれに付属した通用門が綺麗に打ち壊された光景を目の当たりにした第一騎士団の面々は気勢を上げる。一部の者を除き全て下馬した彼等は強力な重装歩兵と言える集団だ。


「門が壊されたぞ! 全軍突撃だ!」


 第一騎士団の現場指揮官、副団長の一人である彼の号令により二百名の騎士を先頭とした集団が通用口へ向かい前進を始める。対して、その頭上には城壁から矢が雨のように降り注ぐ。幾人かの者はその矢を受けて倒れるが、全体としては重厚な装備に守られた集団である。確実に前進すると通用口へ取り付きつつあった。


 一方、第二騎士団、特にウェスタ侯爵領の正騎士団は先行する騎士達の上に矢を射掛ける城壁の上の傭兵を逆に狙い撃ちにする。


「良く狙って放て!」


 一基が長さ十五メートルある設置式の矢盾も今や城壁から五十メートルという距離まで前進しており、最新式の弩弓クロスボウを持つ兵や専門の弓兵の射撃拠点となっている。アルヴァン自身も弩を構えると矢盾から顔を出して一瞬狙いを定めると引き金を引くのだ。


 城壁の上の弓兵達は足元近くへ進出した第一騎士団を狙うために鋸壁のこかべから身を乗り出し射撃する。それを別の角度から狙われる事に成り、何人もの弓兵が矢を受けて城壁から落下している。


(こちら側の作戦は山場を越えたな……後は、ノヴァ……それにユーリーとヨシンに掛かっているな。大丈夫だ皆上手くやってくれる!)


 そう自分に言い聞かせるアルヴァンは再び手元の金具を操作して弦を張る。梃子の原理を利用した器具は片手でも強い弩の弦を引く事ができる。そして短めの矢を番えて再び放つ。アルヴァンの矢は真っ直ぐに飛ぶと身を乗り出していた敵の弓兵に突き立ち、その兵は城壁から落下していった。


「休むな! 良く狙って次々放て!」


 城壁の手前に広がる戦場にアルヴァンの声が響くのだった。


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