Episode_08.19 似た者同士


 ユーリー達が最後の難関である地下水脈から通じる地下水路を水中突破している頃、アルヴァンはインヴァル河を下る改造運搬船の上にいた。甲板の上に急ごしらえで据え付けられた二機の小型投石器のお蔭で喫水の浅い河川用の運搬船は重心が上がり、穏やかな河の流れの上でも大いに揺れる。その甲板に立ちながら、白み始めた空を見上げるアルヴァンの胸中に、まず最初に思い浮かんだのが誰の事かは分からないが、危険な任務に送り出した親友二人と愛する女性の事で有るのは間違いないだろう。


 アルヴァンと侯爵ガーランドの一行はリムルベートの邸宅を出発した後、その夜が明ける前にスハブルグ伯爵の領地へ到着していた。既に王命を受けているスハブルグ伯爵領は各地から掻き集めた五隻の河川用大型運搬船の改造に取り掛かっていた。夜通し続く作業現場に明け方到着したウェスタ侯爵家一行は、準備が順調であることに安堵を覚える。


「これは、これは、ウェスタ侯爵様。長旅、さぞお疲れでございましょう。ささ、こちらへ」


 一行を出迎えたのはスハブルグ伯爵家の家宰の男である。一行の内、侯爵ガーランドと公子アルヴァンをスハブルグの城へ案内しようとするのだが。


「いや、お気遣いは嬉しいが我らはこの船の改造に全てを掛けておる。ここで仕上がりを見極めたい」


 という侯爵ガーランドの言葉に、顔色を無くしていた。やがて城の方からスハブルグ伯爵家の跡取りがやって来て、


「工事の進み具合はどうか? 遅れているのではないか!?」


 と指揮の真似事を始めるのだ。口ばかりの指図は現場で働く船大工たちの耳には「上滑り」して届かないが、檄を飛ばす本人はさぞかし「仕事をしている」気分になっているだろう。


 そんな皮肉めいた感想を持つ侯爵ガーランドと公子アルヴァンは、何処か「似た者同士」という雰囲気が漂う。当主であるブラハリーはこういう場合、如才なく「相手の迷惑にならないように」と心掛けるのだが、侯爵と公子は「相手の迷惑なんか構っていられるか」という思いが強くなるのである。


 一大事を目の前にした時の対応で人の性根が分かるというが、そう言う意味でこの祖父と孫は性根の部分がとても似通っているといえる。


「船大工達は作業を交代するのですか?」

「はぁ、下っ端の者共は交代しますが、棟梁や現場頭は替えがおりませんので」


 とは、アルヴァンの問いに答えるスハブルグの河川港を管理する役人の言葉である。


(ならば、数日間働き詰めか……)


 そう思うアルヴァンは二隻目の船の改造に取り掛かる船大工達と、彼等を指揮している棟梁へ視線を向ける。その視線の先には木槌を片手に持ってそれを振り回すように指示している大男が居る。


「二隻目と三隻目は補助だ! へさきの衝角なんざ、丸太で充分だ。とにかく物をどかして重石を載せるんだ!」


 そんな指示を受けて大型の運搬船に丸太が持ち込まれると、船首に取り付けられていく。改造船は先頭を行く一隻のみ船首に鉄製の外張りで補強した大型の衝角を取り付けている。この船は取水門である格子門を破損させ、突破口を作る役割を持っている。そして、続く二隻目と三隻目は、一隻目が作った突破口を押し広げ格子門を破壊することが目的である。


 因みに四隻目と五隻目は突入せずに投石器カタパルトから石を打ち出す役割である。投石器カタパルトのような大型攻城兵器はリムルベート王家のみが運用可能で、それ以外の者が制作・運用すれば重罪に問われると言うのがリムルベート王国の法である。


「カタパルトは間に合うのか?」


 三隻の改造突撃艇の突入で格子門とそれに付随する通用門を破壊出来なかった場合の「備え」として準備する投石船であるが、肝心の投石器の到着が遅れているようである。自然とイライラするアルヴァンであるが、


「大丈夫、必ず間に合う。それよりも働き詰の船大工達に美味い物でも食わせてやるんじゃ。アルヴァン頼むぞ」


 という侯爵ガーランドの声が掛かるのである。この言葉はアルヴァンも少し感じていた事を代弁するものだったので、早速手配に取り掛かるのだった。


「港の近くには沢山屋台が出ているはずだ、そこから……屋台ごとこっちへ連れて来い! 金払いは惜しむな! 美味そうな所から順に連れて来るんだ!」


 そんなアルヴァンの無茶苦茶な号令が掛かるが、護衛として付き従う数名の正騎士達は忠実にそれを実行する。彼等も腹が減っていた。空腹の目に美味そうに映る屋台を片っ端から港の船着き場へ移動させる。


 テバ河とインヴァル河が分岐する地点にあるスハブルグは大きな街である。河川港として栄えているウェスタを凌ぐほどの人々が住んでいる街の港地区には数えきれないほどの屋台が朝食を求める客を目当てに軒を連ねている。


 他家の領地の領民を「無理矢理どうにかする」権限がないウェスタの正騎士達は、金を積んで屋台主に移動を願う。まだ客足の出揃う時刻では無いが、それでも立派な鎧を身に着けた騎士達が一介の屋台主相手に「お願い」している光景は周囲の耳目を惹いた。


 結局しつこい依頼に気圧された数店の露店が船着き場の方へ移動することを了承したが、この事が噂となり、後に


「ウェスタの騎士が頭を下げるほど『美味い店』」


 として、彼等の商売を大いに助ける事になるのだが、それは別の話であろう。


 とにかく、物珍しさも手伝って船着き場には大勢の野次馬が見物に来ている。


「おじい様、こんなに注目されると不味いのでは?」

「いや構わん。この中に敵の間者が居ったとしても砦に話が伝わるのは、アルヴァン、どれくらい時間が掛かると思う?」

「そうですね、伝書鳩を飛ばしたとしても……トルン砦に鳩小屋は無いはずですからノーバラプールに伝わるのが今日の午後。そこからトルンへ報せを出したとしても届くのは明日の午前。我々の攻撃の一日前……対策を打つ時間はないですね」

「それに、トルンとノーバラプールは対立しているという話もある。儂はそもそも情報が届かないと思っておる」

「なるほど、ならば敵の目から隠す策を講じるよりも確実に作業を終わらせる方が重要ですね」

「後は、民の目にしっかりと『ウェスタ侯爵領の騎士達』を見せておくと言うのも必要なことじゃ。そうで無ければ、成功した時の手柄をスハブルグに持って行かれてしまう」


 侯爵ガーランドはそう言うと、驚いたような顔の孫に向かって「少し腹黒い笑顔」を見せるのであった。


(おじい様はそこまで考えるのか……俺はまだまだだな)


 圧倒されたように、そう思うアルヴァンであった。


****************************************


 結局作業は順調に進み、作戦開始の前夜にスハブルグ侯爵領の河川港を出港した五隻の改造船は慎重にインヴァル河を下る。同行するのは操船を任された水夫達と、侯爵ガーランドとアルヴァンを中心としたウェスタ侯爵領の騎士十名と従卒兵二百である。


 五隻の船は、インヴァル河の途中に急造された堰の場所で停泊する。木材を渡し、土を盛った簡易的な堰は河の流れを完全に堰き止めていないが、夜更けと共に河の水をある程度貯め込み、今や上流側を水浸しにするほどになっている。二キロ程下流にあるトルン砦へ勢いを付けて突入するための策であった。


 やがて作戦の準備が整った事を告げる狼煙が、夜明け前の薄明かりの空に立ち上る。


「今頃前線ではガルスの奴が“口上”をやっているころかのう……」


 侯爵ガーランドは立ち上る狼煙を見上げながら呟く。一方でアルヴァンは作戦の最終確認を行う。目の前には騎士十名と従卒兵の兵長数十名、それに水夫の代表がいる。


「皆、手順の確認だ! 突撃艇三隻は河の流れに乗って砦へ突入。操船する水夫達は五百メートル上流で船から離脱だ。気を付けろよ」


 その言葉に水夫の代表が頷く。


「二隻の投石船は不安定だから、流が治まってから進出する。停止位置は砦の三百メートル上流。そこで投錨し状況に応じて射撃を行う。射撃の指揮は……」

「儂じゃ」

「……と言う事だ」


 投石船の指揮は侯爵ガーランドが自ら行う。投石器の操作に係わる従卒兵百人を指揮するのだ。


「そして、残りの騎士と従卒兵達は俺と一緒に砦攻めに加わる、いいな!」

「応!」


 アルヴァンが率いる従卒兵百人には最新式の弩弓クロスボウが支給されている。有効な射程は百メートルと余り長くないが発射間隔が短く、城壁の上に陣取る敵に攻撃を仕掛ける事ができる。更に船の運搬能力を使い、大型の設置式矢盾を二組運び込む。移動に二十人程の兵を必要とする装備は、通常の野戦には使われないが固定目標を攻める場合には有効な射撃の足掛かりとなるはずだ。


 今一度全員の顔を見渡したアルヴァンは、侯爵ガーランドへ向き直る。「準備は整った」そんな表情の二人は頷き合うと、アルヴァンが一歩進み出る。そして――


「堰を崩せ! 作戦開始だ!」


 薄く朝日がインヴァル山脈の稜線から顔を出す。攻撃開始の号令を掛けるアルヴァンの姿は、そんな朝に照らし出され、神々しさを感じさせる姿となって騎士や兵達の目に映るのであった。


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