Episode_08.16 再会
リリアは「普段通り」に行動している。幼い頃からの訓練で身に着けた隠密術に物心付いた頃から馴染みのある精霊達の力を借りて抜け穴の内部を進む彼女は「無音」である。一方「飛竜の尻尾」と名乗る冒険者四人は物音を立てないように注意して歩いているが、キツイ下り勾配の道に苦労しているようだ。
先頭を行くのはリコット、手には松明を持っている。リリアは
「なんで『灯火』の術にしないの?」
と魔術師タリルに訊いたのだが、
「天然の洞窟は場所によって空気が悪かったり、呼吸が出来なかったりする。悪い空気は匂いで分かる事が多いが、呼吸が出来ない場所にうっかり入り込むと……そこで一巻の終わりになるんだよ」
「で、呼吸が出来ないところでは、火も消えるから目印代わりに松明って訳さ。決してタリルが魔力をケチっている訳じゃない」
とタリルの説明に遺跡荒らしのリコットが付け加えて教えてくれた。抜け道に入る前はそのままふざけた言葉を言い合っていたのだが、今はそれなりに緊張しているのだろう、そこで言葉を区切り前方の闇に注意を凝らす。ふざける時と真剣な時の使い分けがしっかりしているのは、それだけ彼等が冒険者としてベテランである証拠だった。
そんな説明をしつつも一行は抜け道に入り既に四時間程経過している。途中で何度か大蝙蝠が暗がりから突然飛び出してきて一行を驚かせることはあったが、その度にジェロの長剣によって切払われている。天然の洞窟といった雰囲気の抜け穴は魔獣の巣に成って居そうだったが、案外出口に陣取っていた二匹のトロールが門番代わりになっていたのか、洞窟の中にはこれと言って脅威となる存在は無かった。
それでもリリアは前方の気配を探る。幅は人が三人分、高さは二人分に満たない空間だが歩ける場所は限られている。雨が降れば、すり鉢状の出口に溜まった雨水が流れ落ちるのであろう。足元は岩の上に泥が乗っていて滑りやすい。
自分の足元に注意しつつも、意識を前方に振り分けるリリアはふと視界の隅で他とは違う「オーラ」の色を感じる。夜の闇の中でも、生物や精霊の放つ微かな光である「オーラ」を見ることの出来るリリアならではの発見だった。
「何か居るわ!」
そう言うリリアの短い警告に一行は歩みを止めて警戒する。
「タリル、光を」
「分かった」
リーダーのジェロの要請で、魔術師タリルが「灯火」の光を一行の手前に出現させる。青白い光に照らされた洞窟の先には、
「ちぃ、厄介な……タリル頼む!」
先頭に立つジェロは光に照らされた存在 ――洞窟の足元全体に広がる薄い緑色の物体―― を見つけるなり、舌打ちとともにタリルに呼びかける。
「くっそ、
その声に応じたタリルはウンザリと舌打ちしている。
「あれ、何なの?」
「あれは、スライム……気付いてよかった」
「魔物?」
「うーん、苔かカビみたいな物? でも気付かずに足を踏み入れたらあっと言う間に動けなくなって……」
「ゆっくり溶ける事になるんだぜ!」
「うっ……」
初めて見る存在に疑問を発するリリア、彼女にイデン以外の三人が順に答えていく。最後のタリルの「ゆっくり溶ける」と言う所が何とも気色悪いリリアは思わず絶句してしまう。
そんな一行の前に薄く広く広がる薄い緑色の物体は、時折小波を立てるように振るえているが動く気配は無い。
「これ、どうするの?」
「小さければ無視するのが一番だが……これだけ広がっていると焼くしかないな」
そう言うのは魔術師タリルである。「ちょっとどいてくれ」といって、一行を洞窟の両端に寄せて射線を確保すると、魔術の発動に取り掛かる。すると見守る一行の前に炎の矢が三本出現し、地面を覆うスライムに向けて飛ぶ。
ボンッ
連続して炎の爆ぜる音が洞窟に木霊し、炎の矢が当たった場所が焼け焦げになる。スライムは痛みを感じたのか、単純に衝撃のせいなのか表面を忙しく波立たせているが反撃等はしてこない様子だ。
「うっかり足を踏み入れなければ危なくは無いのだが、とても面倒な相手なんだ」
というのは「
「でも、考えようによっては良いんだぜ。こんなに広い範囲にスライムが居ると言うことは、これより先に生き物が居る可能性が低い。それに、入口を塞いでいたトロールの存在もあるから……
とは前向きなリコットの発言である。ジェロはそれに「油断は禁物だ」と言いつつも頷く。イデンは余り言葉を発しないが、今はタリルの隣で彼の「
「偉大なるマルス神よ、この者に戦う気力を……」
「……ふう。危うく魔力欠乏症になるところだった。こんな攻撃術五発も撃てば」
「私も手伝う?」
「え? リリアちゃん炎の精霊も
そういうタリルの言葉に頷くと松明を受け取り先頭に立つ。そして
「炎の精霊よ、行く手を阻む障害を焼き払って」
と呟く。すると一際大きく松明の火が燃え上がりそこから不自然な炎が上がると、まるで巨人の舌のように行く手の岩場を舐め尽くすように焼き払う。炎の精霊術「
「これでどうかな?」
と一行を振り返るリリアはニコッと笑って見せる。四人の冒険者はその様子にウンウンと頷くのであった。
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リリアを含む冒険者の一行はやがて天然の洞窟を進み切ると奥の地下水脈に突き当たる。この地下水脈を潜った先にトルン砦へ抜ける「抜け道」の先が有ると言う事だが……
「結構流れが早いな……」
と言うのはジェロの言葉である。確かに松明に照らされた水面は右から左へ水が早く流れている。
「どうする?」
「どうするって言っても……「
リコットの言葉に疲れた様子で返すのはタリルである。イデンの癒しを受けても少し辛そうである。それはリリアも同じであった。結局洞窟を塞いでいたスライムはかなり広範囲に広がっており、リリアの「火炎の舌」でも相当時間が掛かったのだ。
「じゃぁ暫く休憩だな」
そのジェロの言葉に一同は頷くと思い思いの場所に腰掛ける。周囲にはザーっという水音が響いているだけだ。そんな中リリアも背負っていた背嚢を開けると干し肉、乾燥果物、種無しパンを取り出す。余り食欲を感じないが、どれも水に濡れるとダメになるものばかりだ。一部は包み紙に包んだまま背嚢と一緒にこの場所に置いておくことにする。
(ちょっと休憩にしよう……)
そう思うと周囲の地の精霊に働きかけていた「地の囁き」の術を解除する。魔術に比べて魔力の消費が少ない精霊術だが、長時間の使用はそれなりの疲労を与える。渡された魔石は、リリアには「使い処」が分からないので
(あとで、タリルさんに渡そうかしら)
などと考えている。そこへ、
「ねぇリリアちゃん、この件が終わったら俺達と一緒に冒険者やらない?」
「お! リーダー名案だ!」
という声が掛かった。リーダーのジェロとリコットの声である。そちらを見ると、無言でイデンやタリルも頷いている。
「冒険者かぁ、でも私、リムルベートに帰りたいしな……リムルベートには冒険者にとって『美味しい』仕事は無いでしょ?」
冒険者にとって「美味しい仕事」とは、合法的な依頼で且つそこそこの難易度と報酬の物だ。王政がしっかり機能しているリムルベートでは、そのような類の問題は各領地の騎士団や、王家直属の第一騎士団又は衛兵団によって解決されてしまう。だから、リムルベートは住むには良い国だが、冒険者が満足な仕事にありつける国では無い。
「リムルベートかぁ競争が激しいんだよな、あそこは」
「でも、なんでリムルベートなの? ……もしかして彼氏が待ってるとか?」
「え? えぇ……まぁ、その通りよ」
何気なく答えるリリアの言葉に、四人はガッカリした様子だった。まぁ男なんてそんなものである。
「あぁ……既に誰かのものになっているとは……」
「冷静に考えれば、当然だな」
「いや、俺は諦めない!」
「やめよう、リーダー。すごく迷惑だ」
というやり取りが聞こえてくるが、あまり気にしない事にするリリアであった。
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地下水脈を前に休憩するリリア達一行はやがて無言になる。流石の「飛竜の尻尾団」も一日中騒いでいる訳ではない。冒険者の勘ともいうべきものが、これから先の潜入と救出、それに脱出という大仕事の困難さを予感させ、休息を取ることを促すのだ。
リリアも、丸一日前に漁港の倉庫でギルドの首領キャムルに協力を強制されてからは殆ど休み無しでここまで来ているのだ、
(そりゃ、疲れるわよ……)
と思う。しかし、休もうと思っても心が昂ぶって眠りに就けない。
(もしも、このまま人質を救出しても、ポルタ姉さんも子供達も解放されるのかしら? それに、これってリムルベートにとっては
そんな思考が堂々巡りで頭の中を廻り続ける。
「ふぁぁ」
わざとらしくアクビをしてみるが、眠気は一向にやって来ないのだ。遂にリリアは眠ることを諦めた気持ちになる。そんな一瞬後の出来事だった――
「動くな!!」
洞窟に壁に何度も反響する男の声が響く。その声は殺気と自信に満ちた迫力でリリア達の上に圧し掛かってくる。
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対して、四人の冒険者達の反応は素早かった。ジェロとリコットが跳ね起きると、既に夫々の手には武器を掴んでいる。イデンとタリルもやや遅い反応ながら立ち上がると、声のする方 ――自分達が進んで来た方―― を警戒する。一方、リリアは丁度岩陰に身体を預けていたので、そのまま陰になる場所に潜み弓を構えるのだ。そして
(しまった……地の精霊の囁きを聞き続けていれば……)
と後悔するのだがもう遅い。声を掛けてきた側は有利な坂の上、しかも闇の中に潜んでいる。一方自分達は松明の明かりもそのままだ。相手からは丸見えの状態である。
それに気付いたタリルが松明の火を消そうと動くが――
ヒュン!
短く空気を切り裂く音と共に、地面の松明に伸びたタリルの手の少し先に矢が突き立つ。
「チッ」
舌打ちは、自分のものか冒険者達の誰かのものか分からない。わかるのは、自分達が不利な状況にあり、飛び道具で狙われているという状況だけだ。そこへ――
「動くなと言ったぞ……お前達は何者だ?」
威圧感の有る声が響く。その問い掛けに仕方なくリーダーのジェロが暗闇のへ向かって答える。
「俺達は、冒険者だ」
「何故冒険者がこんなところに居るんだ?」
「……トルン砦から、捕虜を連れ出すという依頼を受けている」
「なに!?」
ジェロの答えに、別の声が響く。声のトーンでまだ若い男の声だと分かるが、
(っ! ……まさか?)
聞き覚えの有る声にリリアは戸惑う。そんな彼女の戸惑いを他所に、その声の持ち主が続ける。
「依頼主は誰だ? 『市民政府』か?」
「俺達は商工ギルドからの依頼だ。連中の後ろに『市民政府』がいるのか分からない。とにかく、砦に囚われた人質をノーバラプールに移送すれば報酬が貰える事になっている……それより、そっちこそ何者だ?」
若い男の質問に答えるジェロは、逆に質問をぶつける。ジェロの言葉を受けて洞窟の闇の向こうで囁き合う言葉が聞こえるが、やがて――
「こちらはリムルベート王国ウェスタ侯爵家の者だ。砦の人質を奪還しに来た」
そう言って暗がりから姿を現したのは、深緑色の胸甲に同系色の
「ユーリー!」
リリアはその姿を見て、堪らずに青年の名を呼んでいた。
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