Episode_08.15 トルンの抜け穴


 そんな一行は今「抜け穴の出口」という場所を見下ろす岩場に到達している。天然の洞窟という雰囲気の岩場の裂け目がその場所なのだが、困った事に――


「トロールだな……」

「ロックトロールか?」

「……」

「いや、普通のトロールだ」


 リコットの言葉にジェロが反応する。彼の問い掛けにイデンは沈黙したままだがタリルが答えを出していた。そんな一行の足元、岩の裂け目の手前に少し開けた窪地があるのだが、そこにトロール二匹が陣取っていた。


 身長三メートル弱、ブヨブヨとした体型はオークを太らせて大きくしたようだが、オークに比べると知能が低い。オーガーに比べるとそこまで人に害の有る存在では無いが、一旦怒らせるとその体格に見合った膂力で暴れまわる。その上「種」として強烈な自己回復力を持っているため余程致命的な攻撃を一気に加えないと中々倒すのが難しい存在である。


 思わぬ障害物に一行は立ち止まる。森が開けた山の急な斜面の岩場である。見渡すと遥か遠くの眼下にトルン要塞が見える。そんな場所だが足元は傾斜した岩棚の上で、真下を見下ろすと五十メートル程の断崖になっている。とても戦闘をするような足場ではない。


「どうする? 一匹ならまだしも二匹は辛いぞ」

「戦うにしても窪地に下りないとな……遠距離攻撃だけだとトドメが差せない」

「火炎矢は二十も三十も撃ち込まないと倒せないし、そんなに魔力が続く訳がない……火爆矢ファイヤボルトで攻撃しても、俺はアレ一発撃ったら当分打ち止めだしな……」

「まだ、先が長いのに……ここでヘトヘトになるのはなぁ……」


 と話合っている。普通の冒険者達にしてみればトロール一匹でも強敵である。それが二匹同じ場所に居るという事態に「飛竜の尻尾団」の面々は対応に苦慮している。一匹を魔術で倒し、もう一匹は接近戦で仕留める。これが一番確実なようだが、まだ先が長いために消耗の大きい作戦に躊躇するのだ。


「あのトロールって、これ位の崖から落ちても回復しちゃうの?」


 対応策が決まらない一行にリリアの声が掛かる。それに答えるのはリコットだ


「まぁ、この高さから落ちたら流石に即死だろうけど……」

「じゃぁ、私に任せて」


****************************************


 リリアの作戦は単純だった、岩場に遺跡荒らしのリコットが持っていた潤滑油を撒き、トロールをおびき寄せて崖下に突き落とす。と言うものだ。


 今、岩場に油を撒き終えた一行は少し離れた岩陰に潜んでいる。そして、リリアは首を縦に振って合図とすると、風の精霊に助けを借りて「擬音フェイクノイズ」の精霊術を発動する。術の発生と同時に四人の冒険者は一斉に大声で喋り出す。


「おい、あそこにブヨブヨトロールがいるぞ」

「あれは夫婦のトロールじゃないか? うぇー夫婦のトロールって……想像したら気色悪い」

「……」

「おい、変な想像するなよ! こっちまで気持ち悪くなってきた」


 音の発生源を偽るリリアの精霊術は、一行の立てた音を丁度油を撒いた岩場から発生したようにして窪地のトロールに伝える。突然の物音に驚いたトロール二匹は冒険者たちの会話の内容に怒りを覚えた訳では無いだろうが、木の幹をこん棒代わりに掴むと窪地をよじ登り始める。


 やがて岩場の上に姿を現したトロール二匹は三メートル弱の巨体でドシドシと足音を鳴らしながら岩場を進み、丁度油で濡れている傾斜のついた岩棚へ差し掛かり――


「風の精霊よ、山を吹き下ろす突風となって彼の者達を吹き飛ばして!」


ゴォッ!


 リリアの一際気合いの籠った声に応じるように、周囲の気圧が一気に下がる。そして周囲を巻き込む颶風ぐふうが巻き上がり岩場のトロール達に吹き付ける。一匹のトロールがその風を受けてよろめくと、見事に油で濡れた岩に足元を取られて転倒する。


うぉぉん!


 転倒するトロールに咄嗟に手を差し伸べるもう一匹だが、体重全てを支えきれず結局二匹は仲良く崖下へ転落していった――


(本当に夫婦だったのかも……)


 少しだけ後味の悪さを感じるリリアだが、気を取り直すと四人の冒険者を見て


「さぁ、行きましょう!」


 と言うのだった。その言葉に四人は生唾を呑み込むように頷いて答えるのである。


****************************************


 リリアと冒険者の一行が抜け穴の出口に陣取っていたトロール二匹を始末してから一時間後、夕暮れの時刻にウェスタ侯爵家の「潜入部隊」が同じ抜け穴の出口に到着していた。一行はユーリー、ヨシン、ノヴァ、マーヴに密偵のセガーロを加えた五人である。インヴァル山脈の西側の斜面に位置する抜け穴の出口だが、周囲を岩壁に囲まれたすり鉢状の地形のため、すでに一行の周囲は薄暗くなり始めている。


 ガルス率いる正騎士の応援部隊が前線へ向けて出発し、アルヴァンと侯爵ガーランドの率いる兵士達がスハブルグ伯爵領へ向けて出発した直後に、ウェスタ侯爵家邸宅を出発した一同は、丸一日掛けて目的地の「抜け穴の出口」へ辿り着いていた。全員が騎馬だからこその移動速度である。


 密偵セガーロについては、


「隠密、潜入の専門家ですので是非セガーロの言う事に従って行動して頂きたい。全てはブラハリー様・・・・・・のお命のためです」


 ときっぱりとギルから言われていた。そのため、一行のリーダーはセガーロという事になる。ユーリーは当然セガーロとは面識が無いのだが、ヨシンは微かにその偉丈夫振りを覚えていたので、


「あの……セガーロさんて、あの時ウェスタの船着き場で……覚えてますか?」

「ああ。大きく成ったな。ヨシンとユーリーだったな? たしか」

「ねぇヨシン。知り合いなの?」

「あ、ユーリーは知らないか。三年前のウェスタ城下の船着き場で、デイルさんとか俺と一緒に戦ってくれた人だよ」


 その言葉にギルが


「一応、私も戦っていたんですがね」


 と言うのでヨシンは慌てて「ギルさんも」と付け加えるのだ。一方、そんなヨシンとユーリーを見るセガーロはどうしても、数年前にウェスタ城の領兵団宿舎の厨房から覗き見た新兵だった二人の印象と、目の前の見習い騎士となった二人を比べてしまう。


(逞しくなったものだな……そりゃぁ俺も歳を取る訳だ)


 あの当時一緒に働いていた「爺さん」アムトはあの一件の後にお役御免の楽隠居を決め込んでいるという。スハブルグとデルフィルの間を繋ぐ街道沿いで宿屋を経営しているという話はセガーロも耳にしていた。


 そんな感傷めいた感想は抜きにしても、セガーロとギルは目の前の見習い騎士のこれまでの功績や働き具合を勘案して


(充分役に立ってくれる)


 と判断しているのだ。


****************************************


 あっという間に周りは夜の帳が降りて真っ暗な状態になっていた。今夜の月は丁度新月、砦に潜入するにはもってこい・・・・・の条件だが、ユーリーとヨシンの二人は勇み立つよりも少し恐れを感じる。周囲を照らすのはノヴァが持つ松明一本の明かりのみだ。そのチラチラ揺れる明かりが入り組んだ岩の形をなぞる影を作り出し炎に合わせて揺れるように動く様子が


(薄気味悪い)


 と感じるのである。オーガーだろうがマンティコアだろうが、立ち向かい勝利した二人の見習い騎士であるが、人里離れた山の中の暗闇やこれから入る天然の洞窟の闇には「全く異質」な恐怖を感じるのであった。


「なんだ? 怖いのか、二人とも?」


 とは、二人の弱味を見つけて得意気な表情のミスラ神の僧侶マーヴの言葉である。他人の弱味を見つけて嬉しそうにからかう・・・・彼は「気高い聖職者」という人物像とは程遠いが、


「怖いのは最初の頃だけだ。自然の中の闇の恐怖感も、武器を持って殺気立った敵と対峙する恐怖も慣れてしまえば一緒の事さ」


 と言うのである。五歳ほど年上なマーヴとしては、冒険者の経験も豊富に有る事から年少者へ助言をしたつもりなのだろう。実際に、


(マーヴさんでも・・怖がってない……よし! 怖くなんてないぞ!)


 とユーリーとヨシンが考え始めたのだから効果はあったのだろう。一方で、セガーロとノヴァは周囲の足元を見渡して深刻そうに話をする。


「先客がいるようね」

「わかるのか? ……それに、大型の魔物の足跡もあるが」

「でも争った形跡も、穴の中に向かった形跡も無い……足跡からして、トロールね……二匹以上は居るかしら」

「何処か離れた場所で処理・・したのだろうな。血痕らしいものがない」


 と言う内容だ。先客が居るならば、用心しつつも進むしか選択肢の無い・・・・・・一行である。否応も無く緊張感を高めるユーリーとヨシンを後目に、セガーロを先頭に抜け穴の中へ入っていくのだった。


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