Episode_08.14 リリアと「飛竜の尻尾団」
リリアは今、五人の一行の一員となっていた。
漁港の倉庫でキャムルから「協力してくれねぇか?」と言われた事に手を貸しているリリアは、報酬の代りにポルタと八人の子供たちの安全確保とリムルベートへの逃避の援助を約束させたが、実際は彼女達を人質に取られているようなものだった。そして、告げられた内容は、
「トルン砦に忍び込んで、裏切った傭兵達が押えてしまった人質を連れてノーバラプールへ戻る」
というものだった。人質を取られた状態の自分が他人の人質を奪い返しに行く、とは皮肉な内容だと思うリリアだが、同時にその難易度の高さに呆れてしまった。
(戦時体制の砦に潜入するなんて、馬鹿げているわ……)
というのは、彼女の素直な感想である。今は亡き父ジムからも、
「潜入、潜伏、それに……暗殺で最も注意すべき場所は戦場だ。相手の注意力が目に見える敵に向かっていて見つかり難いという面はあるが、一度見つかれば大勢の追手がかかる事になる。そして確実に間者として処刑される……見つかった時の危険が大きいのが戦場だ」
という教えがあった。敢えてその事を言う気にはならなかったが、呆れた顔をするリリアに対して、ギルドの首領キャムルはそれでも勝算が有るように、侵入経路について説明したのだった。
その侵入経路とは、トルン砦の直ぐ東に迫るインヴァル山脈、その中腹に砦から通じる抜け穴の出口があり、そこを逆に伝って砦内部に潜入するという物だった。そして侵入後は速やかに人質を確保して元来た道を戻る。というのが仕事の内容だ。
リリアを巻き込んだのは、途中で水没している地下水路を抜けるために彼女の使う精霊術の「親水」と、一行に加わっている魔術師が使う「水中呼吸」という術必要だから、と言う事だった。
「でも、それだったら抜け穴なんて通らなくて、水路の底を往けばいいじゃないの?」
という疑問が直ぐに湧いてきたが残念ながら
「要塞へ通じる水路は全て格子水門で閉じられている、小魚でもなければ通れないさ。現に今、砦を占拠している連中も最初は水中から攻めようとして一度失敗しているらしい」
という事だった。そして、厚手の油紙に彫り込むような線で丁寧に書かれた要塞内部の見取り図も渡された。捕虜を収容していそうな場所には丸い印が刻まれている。わざわざ油紙を準備したのは、一度水中に潜るからだろう。
(無茶な依頼の割に、準備はしっかりしてるのね)
と思うリリアは「念のために」と渡された大振りな魔石を手で握ってみる。この大きさならば、金貨三枚程の価値が有りそうだと感じる。
リリアがそんな事を考えていると、一行のリーダー格の男が声を上げる。
「みんな、そろそろ休憩は終わりにしよう。明日の明け方には砦に侵入して寝込みを襲いたい」
「わかったよ、ほら皆いくぞ。リリアちゃんも立って。疲れちゃった? おじさんがおんぶしてあげようか?」
「結構です」
「ばーか、お前におんぶされるのはお母ちゃんだけだろ」
そんな遣り取りが繰り広げられる。リリアは最初この一行がすべてキャムルの息の掛かった盗賊だと思っていた。しかし、すでに丸一日行動を共にして分かったことは、
(全員冒険者なのね……それにしても息が合ってるわね)
という事だ。リーダー格の男はジェロと言う
そして三人目は物静かな神官で名前はイデン。マルス神の聖印を首から下げているだけなので、もしかしたらタダの信者かもしれないが、リリアには片手で持てそうも無い大きな戦槌を軽々と片手で持ち、左手には
遺跡荒らしがふざけたことを言い、魔術師がピシャリと一言言う。それをリーダー格の長剣使いが楽しそうに笑って聞いている。物静かな雰囲気の神官イデンもたまに笑いを堪えるように唇をゆがめているのだ。良く見れば皆同じ二十代半ばに見える。
(仲が良い四人組なのね)
そう思うリリアは何となく、ユーリーとヨシンのやり取りを思い浮かべるのだった。しかし、こんなに性情の明るい冒険者達が何故盗賊ギルドの手先になって無謀とも言える仕事を請け負ったのだろう? そんな疑問がリリアから素直に出るのだ。
「なんで、みんなはこんな危ない仕事をしてるの?」
「ほら、リーダー。リリアちゃんから質問だぞ」
「ふっ、それは……」
「それは?」
「それは……金のためだ!」
「締まらないねぇ」
「残念なリーダーだ」
こんな調子で返されると、人質を取られて必死になっている自分が馬鹿らしくなってくる。そんなリリアの思いを知ってか知らずか、リーダーのジェロが真面目な表情になりリリアへ問い掛ける。
「それでリリアちゃんはどうして?」
「はぁ、なんか馬鹿馬鹿しくなってきた……私は、人質を取られて盗賊ギルドに協力しないといけないことになったの!」
「え?」
「は?」
「?」
「嘘でしょ?」
それから暫くリーダーのジェロを中心に四人の話し合いが始まる。蚊帳の外に置かれたリリアは、
(出発するんじゃないの?)
と少しイライラするが、漏れ聞こえてくる声は
「盗賊ギルドって……お前知ってた?」
「いや、商工ギルドの依頼だと思ってた」
「盗賊には協力したくない」
「でも、今更止めるとリリアちゃんが困るぞ」
見事にジェロ、リコット、イデン、タリルの個性が出た会話が聞こえてくるのだ。軽い頭痛を覚えるリリアである。そんな彼女にジェロが話を纏めて言う。
「ちょっと、俺達騙されていたみたいな気がするんだけど、リリアちゃんの受けた依頼ってどんなの?」
「私は、トルン砦に捕えられた捕虜をノーバラプールへ移送するって聞いたわ。なんでも砦を占拠した傭兵が仲間割れで勝手に捕虜を使って身代金交渉を始めたので、ノーバラプールの市民政府が怒ってるみたい」
「うーん、俺達が聞いたのは、砦に捕まったのはリムルベートの偉い人で、解放してノーバラプールまで連れて行くとリムルベートから多額の報奨金が貰えるっていう……もしかして、俺達騙されてる?」
「……多分。だってリムルベートのお偉いさんを対立するノーバラプールに届けて、なんでリムルベートが報奨金を出すの?」
「う……確かに」
そこでジェロは一旦他の三人のほうへ振り向くと
「だれだよ!この依頼うけたの!」
「あ……俺だ」
「リコットおおおお! なんで?」
「だって金貨で五百の報奨金だぜ……」
「今更だけど、五百ってのは多過ぎるな」
「たぶん、連れて帰ったら俺達消される」
そんなやり取りが一々聞こえてくるのが鬱陶しいリリアは流石に声を荒げると、
「もう! やるのやらないの? 行くの行かないの? どっち? こっちは姉さんと八人の孤児の命が掛かってるの!」
我ながら堪え性の無い訊き方だと思うが、必死なのはリリアの本心である。その声に弾かれるように顔をリリアに向ける四人の冒険者は一応に
「リリアさんに付いて行きます!」
と答えるのだった。彼等の中の正義感が「姉さんと八人の孤児の命」という言葉に反応したのかもしれない。もしからしたら騙されたことへの怒りもあるのかもしれない。またはリリアが姉さんと呼ぶ女性に興味が沸いたのかもしれない。果ては、皆が行くというから行くと調子を合わせたのかもしれない。詳しい所は分からないが皆「行く」と言うのだから、
「じゃぁ行きましょう!」
と言う事だ。
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結局リリアに協力する形で仕事の依頼を進める事になった四人の冒険者は自分達を「飛竜の尻尾団」と名乗った。その名前を聞いたリリアは、
インヴァル半島(インヴァル山脈を中心にノーバラプール・インバフィル・デルフィルを海沿いに配した、リムル海に突き出た半島)各地を中心に活動を続けてもう十年というベテラン冒険者だ。
名前の由来は、
「ジェロが、昔読んだ物語に出てくる『竜騎士』に憧れてインヴァル山脈の奥地にいるって噂の飛竜を『探しに行こう』って言ったのが、今の俺達の最初の冒険だった」
というのは皮肉屋魔術師タリルの言葉だった。結局飛竜は見つからなかったが山中で野宿している時に、暗闇の中で
「いつか飛竜を捕まえよう」
という決意を籠めて、すこし変な名前を名乗っているということだ。
(男の子って、そういう憧れを大切にするものよねー)
とはリリアの感想だ、現にユーリーも昔の出来事で「騎士になる」という夢を持ったと彼女に話していたものだ。
そんな少し緊張感の無い冒険者達だが、インヴァル山脈に入り山中を進む段になってからは「流石」と思えるところも数々あった。例えば、山の中に入って直ぐにゴブリンの集団と遭遇したのだが、十数匹のゴブリンに対してそれ等が接近してくる前に魔術師タリルが「火炎矢《フレイムアロー》」で数を減らし、十匹を切る数になったところで神官イデンが敵の攻撃を正面から受け止め、両側面に回った剣士ジェロと遺跡荒らしリコットが長剣と短剣を駆使して数を減らすと言った戦法であっと言う間に敵を蹴散らしていた。
一応リリアも遠間合いから弓で攻撃して二匹程倒したのだが、それにしても手際が良い上に手慣れた風だったと感心したものだった。
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