Episode_08.13 弱味
そんな一連の立ち合いの光景を短時間で甦らせたユーリーの答えに侯爵ガーランドは唸る。自分の目の前で、緊張気味に答える若い見習い騎士ユーリーとその隣に立つヨシンについては、孫のアルヴァンが側に置きたがるほどだから「将来有望な騎士」だと思っていたし、実際「かなりの使い手に成長した」とも聞いていた。そんな若者よりも頭一つ抜けた強さであり、
(あのデイルと引き分けとは……見掛けによらないな)
騎士デイルについては、侯爵ガーランドの見込み通り実直な人格の上、少し毛色は違うが「リムルベート十傑」に数えられた元哨戒騎士隊長ヨームを思わせる剣の腕だと言う。以前の親善試合でオールダム子爵の三男ジェネスに敗れたらしいがその時よりも格段に腕を上げているというのは彼の義理の父にあたるガルスから良く聞かされている話だ。
侯爵ガーランドとしては、ノヴァという娘の凛とした外見の美しさにばかり目が行っていた。最初にウェスタ城で面談した時は「婚約した」という孫の言葉に驚いたが
(アルヴァンも面食いじゃのう)
と微笑ましく思う程度だった。しかし、その女性にそれほどの才能が有るのならば作戦の成功を確固たるものにするために是非力を借りたいところだ。だが、
「しかしああも、アルヴァンが嫌がるのでは……」
そう呟く侯爵の視線の先には、まだ言い争いに決着が付いていない若い二人の姿があった。そこへ密偵頭ギルの冷静な声が掛かる。
「侯爵様、この侵入経路は精霊術と魔術の両方の支援が無いと進むのは無理です……途中にある地下水脈から地下水路の経路の距離が約三百メートル。『
結局そのギルの言葉が決定打となり、侯爵ガーランドがアルヴァンとノヴァの言い争いの仲裁に入ることになった。
「やめんか、二人とも。今回はアルヴァン、お前が折れるのじゃ。ノヴァはこの次何かあったら、アルヴァンに譲ること。良いな……」
結局祖父の侯爵ガーランドの仲裁を渋々承知したアルヴァンは、ユーリーとヨシンの元へやって来ると。
「お願いだから、危ない事させないでくれよ、頼む」
と言うのだった。ノヴァがどれだけ強いか、それをドルド河の戦いで充分承知しているアルヴァンなのだが、それでも心配するのは仕方ないことだった。そんなアルヴァンの気持ちが分かるユーリーとヨシンは、
「大丈夫、僕達が付いている」
と自信たっぷりに言って見せるのだ。その言葉に安心したのかアルヴァンはノヴァの方へ行くと、
「必ず無事で戻って来てくれ」
「大丈夫よ、今度喧嘩になったら私が譲るから。ごめんなさいね、意地っ張りで」
と良い感じに仲直りしているのであった。
「『オーガーも食わない痴話喧嘩』とはこのことだな」
ボソッと言うヨシンの言葉を聞きつけた、アルヴァンとノヴァを除く一同は、噴き出すように笑っていた。そして出発の時刻となった侯爵ガーランドとアルヴァンを載せた馬車が護衛の正騎士達と共に邸宅を出ていく。見送るノヴァも、馬車の中のアルヴァンもお互いが見えなくなるまで手を振り合っていたのだった。
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じめっとした湿気が籠る部屋に閉じ込められたのは、八人の幼い子供を引き連れたリリアとポルタの「旅鳥の宿り木園」の面々である。先日、暴徒と化した傭兵達の略奪の手を逃れて、ノーバラプール盗賊ギルドの隠れ家の一つである漁港の倉庫に逃げ込んで以来、ずっとこの場所に閉じ込められている。
漁港の倉庫には十数人の盗賊がたむろしていたが、みな新しい首領であるキャムルの子飼いの手下達だった。彼等は駆け込んできたのがポルタだと直ぐに気付き渋々一行を隠れ家の中に匿った。
キャムルの代になってから急速に「市民政府」との距離を縮めていた盗賊ギルドの隠れ家は、もはや隠れ家とは言わないかもしれないが、傭兵達の略奪の対象にはならなかったのだ。そうして略奪の難を逃れたリリア一行だが、そのまま漁港の倉庫に留め置かれることになってしまった。
「お頭がお会いしたいということです。しばらくお待ちを」
そう慇懃に告げる盗賊は当然ポルタも昔から面識のある中頭の一人だったが、なぜかポルタの視線を避けるようにそれ以来顔を見せない。その代り彼の手下と思われる下っ端が朝夕の食事を届けてくれるのだった。
下っ端の盗賊は毎度部屋に入る度にリリアに向けて絡み付くような視線を送ってきて彼女をウンザリした気持ちにさせるのだが今の所「それ以上」の害は無かった。
「リリア、ごめん……巻き込んじゃった」
「いいのよ、ポルタ姉さん」
もう何度繰り返したか分からない遣り取りである。本当に仕方のない成り行きだったと思うリリアはポルタを責める気持ちは少しも持っていない。だが、ポルタにしてみれば、謝る以外に気持ちの表し方が無いのである。
(辛いのはポルタ姉さんの方ね)
リリアはそう思うと小さく溜息を吐く。波音こそ聞こえてこないが、ここは漁港のすぐ近くである。漁船を一隻出してもらえば対岸のリムルベートへはほんの数時間の距離である。何とか、そう言うことに成らないかと考えるリリアであるが取引しようにもこちら側には差し出すものが何もない。
(せめて、外の暴動が治まるまで匿ってくれれば「御の字」ってとこかしらね)
そんな結論も既に何度目かのリリアであった。そこで、ふと扉の向こうに人の動きを感じる。倉庫自体に外から「風」が吹き込む気配は、何者かの出入りがあることをリリアに伝えるのである。
「姉さん、誰か来たわ」
その声に緊張を高めるポルタの様子が分かる。一方で他の子供達は疲れたのか眠りに落ちている。時刻は判別しないが夜中なのかもしれない。
ガチャ――
「二人とも、部屋の外へ。お頭がおいでだ」
扉が開くと一日振りに盗賊の中頭が顔をみせて、リリアとポルタの二人を外に連れ出す。促されるままに外にでると、そこには十名程の厳つい男達を従えた首領キャムルの姿があった。
「ポルタ、そっちから会いに来てくれるなんて嬉しいな」
「兄さん……私達を逃がしてくれませんか?」
「逃がすって、街中傭兵だらけだぜ。お前だって連中に捕まったら何されるかわからねえぞ。男はみんなフラムみたいに優しくないからな」
そう言うと嘲るような笑い声を上げる。取り巻きの男達も追従の笑い声を立てている。その内容はポルタの夫フラムを嘲笑うものだがポルタはグッと堪えると言う。
「お願いします、海へ、リムルベートへ逃がしてください」
「リムルベートねぇ……こっちの条件を呑んでくれたら考えてやっても良いぜ」
「条件?」
「そう、そっちのリリアが俺達を手伝ってくれたら漁師に船を出させるくらい簡単だ」
突然自分の名前を呼ばれて驚いたリリアである。ポルタと面識はあるがキャムルとは会った事も話した事も無いのだ。
「暗殺者ジムの娘リリア……だったな?」
「そ、そうよ」
「折角堅気になったばかりを巻き込んで済まねぇが、精霊術を使える奴が必要なんだよ」
「どういうこと?」
「水中でも普通に動ける術があるんだろ? お前はそれを使えるか?」
「え、ええ。使えるわよ、でもそれがどうしたって言うの?」
リリアの問いは無視して何事か考えるキャムル、その目は値踏みするようにリリアを見る。
「まぁいいや、使えなかったら
「そんな! 兄さん!」
「うるせぇ、この
突然の言い様に抗議の声をあげるポルタに、それを上回る大声で応じるキャムルはそこで一旦区切ると猫撫で声のような気色の悪い声でリリアに問いかける。
「どうする? 協力してくれねぇかな?」
「わ、わかったわ……何処で何をすればいいの?」
選択肢の無い選択にリリアは観念していた。
(こうなったら「成るようになれ」よ!)
そう言って自分を鼓舞するのである。
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