Episode_08.12 トルンの抜け穴


 午後遅い時間、西に傾いた日差しは未だ日暮れまでに時間があると告げている。そんなリムルベートの街中を第三城郭から飛び出してきた二人の若者が全力で走っている。勿論ユーリーとヨシンの二人だ。先を走るユーリーを追うヨシンは、目まぐるしく展開した出来事に、ユーリーの行動の意味が最初良く分からなかった。


「ザッペーノさん、トルン砦の抜け穴の詳細な図面をお持ちでないですか?」


 唐突にそう切り出したユーリーは、何のことか分からないと言った風のザッペーノに「口外無用」と言われていたトルン砦の状況を話す。かなり渋られたが、結局「山の王国」の恩人であるユーリーと、結果的に同じ恩人であるアルヴァンをも助ける事になると説得されたザッペーノは二人を城郭内の大使邸へ招き入れるとリムルベート王家でも保有していなかった「抜け穴の詳細図」を二人に見せていた。


「抜け穴はこの場所、途中で地下水脈と地下水路に交錯します。凡そ三百メートルは水中を進む必要がありますね。そして、こう進むとこの場所で天然の洞窟に繋がります。洞窟は長さ十五キロ、二百年前の調査では一本道だったようです。インヴァル山脈は地盤が安定していますから今でも変化はないでしょう」


 ということで、その洞窟の詳細図を借り受けたのであった。今はその詳細図を片手に邸宅前の坂道を上っている。因みにユーリーの腰には新調された剣 ――「蒼牙」―― が吊るされている。しっかりと剣帯に取り付けられた剣は以前のものよりも少し長いが走る邪魔にはなっていない。


 そんな二人の前方には同じく坂を上る女性の姿があった。その女性は後ろから物凄い勢いで近づいて来る二人に振り返ると、手を振って見せる。短い銀髪が揺れるその姿は金属の様な光沢を持つ革鎧とヒーターシールドを持ち、肩に古代樹の弓と矢筒、腰に片手剣を下げた元一角獣の守護者、現公子アルヴァンの婚約者であるノヴァだった。


 ノヴァは、トルンでの異変の報せを受けた日から殆どずっとデイルとハンザの家に住み込んでいた。理由は、身重とはいえ並みの男よりも腕も気も強いハンザが大人しくデイルの安否を心配するだけの日々に耐えられるか心配だったからだ。しかし、ガルスやノヴァの心配に反して、あの夜以来ハンザは感情を無くしたようにボーっと日々を過ごしている。


 本来ならば、新しい命の誕生を前に期待と不安が入り混じるはずの小さな家は、真逆の不安と絶望に満たされていた。そんな様子に結局ハンザでは無くノヴァ自身が耐えられなくなってしまい。


「ハンザさん、一度砦の様子を見に行ってきます」


 と言って家を出たのであった。


「おーい、ユーリー、ヨシン! 何をそんなに急いでるの?」

「あ、ノヴァさん! ブラハリー様やデイルさんの奪還作戦で重要な情報を見つけたんで……」

「あ、ヨシン!」

「しまった……あの、ノヴァさん今の忘れて下さい」

「丁度よかったわ、私も何か出来ることが無いかと思ってたところよ! さぁ行きましょ」


 そう言うとユーリーやヨシンを凌ぐ勢いで走り出すのである。一角獣では無くなった無角獣ルカンとの「盟約」の恩恵は未だ続いているようだった。そんな彼女の後を追うユーリーは隣を走るヨシンに口の形だけで抗議する。この後始まるすったもんだ・・・・・・を予想しての事であった。


****************************************


「ちょっと待ってくれ、なんでノヴァまで行くんだ?」

「いいでしょ? 役に立つわよ」

「でも……そんな危ないことを――」


 アルヴァンと侯爵ガーランドが出発する前に間に合ってしまった・・・・ユーリーとヨシン、それにノヴァは抜け穴の詳細図が手に入ったことを伝えたのだが、案の定の展開となっていた。


 「行く、行かせない」で揉めているアルヴァンとノヴァを遠巻きにしつつ、侯爵ガーランドの馬車の近くで抜け穴の詳細図を広げるのは、ガーランドとユーリーにヨシン、それに密偵頭のギルとセガーロ、さらに何故か引っ張り出されたミスラ神の僧侶マーヴであった。


 ギルとセガーロは熱心に詳細図を見ているが、侯爵ガーランドとユーリーにヨシンはアルヴァンとノヴァが気になって仕方ないのだ。


「おいユーリー、ノヴァという娘は実際のところ連れて行って役に立つと思うか? どうじゃ?」


 とは侯爵ガーランドの問いである。ユーリーは侯爵から直接質問を受けて緊張するが、何とか自分の考えを口にするのだった。


「や、役に立つと思います。ノヴァさんは精霊術が使えるし……多分、私の知り合いよりも高位の術が使えるはずです……それに」

「それに、なんじゃ?」

「剣を使った接近戦でも、その言い難いんですけど……」

「構わん、言ってみろ」

「ぼ、私やヨシンより頭一つ抜けて強いです……デイルさんとやっても勝負が付きませんでした」

「なに! デイルとやっても引き分けなのか……」


****************************************


 侯爵ガーランドの問いに答えるユーリーの脳裏には、二月の中頃に一度だけためしに立ち合った時の記憶が蘇る。アカデミーから邸宅に帰ったところで、アルヴァンを待っていたのだろうノヴァに捕まった時の話だ。


 その時は興味本位というのもあり、ヨシンと共にノヴァを連れて「修練の間」に向かった。そこで、丁度一人で剣を振っていたデイルも合流し、


「最近運動不足だから、私も混ぜて」


 というノヴァの言葉を安請け合いしたのが始まりだった。最初に立ち合ったヨシンは、かなり気の毒な結果に終わっていた。ドルド河での戦いでノヴァの強さを見ていたはずのヨシンだが、


「最近のノヴァさんを見ていると、普通の女の人に見えてしまって……油断した」


 と本人が悔しそうに語るままの結果であった。油断というよりも、寧ろ無造作に木剣を打ち込んだのだが、あっさりと盾で受け止められ、更にその盾で顔面を強打された上にノヴァの木剣で脛の辺りを強く打たれてあっさり転倒、勝負有りとなったのだ。


 あまりにも情けない親友の負けっぷりだったが、落ち込んだ顔に何も言う事が出来ないまま、次はユーリーの番となった。ユーリーは慎重に立ち合うのだが、今度はノヴァの側から間合いを一気に詰めると盾で殴りかかって来た。ユーリーも既に展開した仕掛け盾でそれを受け止めるが、あろうことか・・・・・・普段は体格の大きいヨシンの突進でさえ受け止めるユーリーは、自分よりも少しだけ背の低いノヴァに、二メートルほど弾き飛ばされてしまった。後ろに下がったユーリーに連続攻撃を畳み掛けるノヴァ、エルフの守護者センチネル直伝という剣術は盾による殴打すら攻撃の一部に組み入れられた滑らかで鋭いものだった。


 堪らずユーリーは「魔力衝マナインパクト」を発動して距離を取ろうとするのだが……魔力の塊がノヴァに達するとまるで「対魔力障壁」の中で術を発動したようにみるみる内に減衰され、最後に残ったわずかな塊も完全に盾に吸い込まれていた・・・・・・・・のだった。


 そこから更に十数回斬り合いを粘ったのはもはやユーリーの根性だったが、最後は剣を弾き飛ばされ勝負有りとなった。


「忘れてた……守護者には魔力が通じ難いんだった……」


 そんなユーリーの言葉も後の祭りであった。そして真打としてデイルが登場したのだった。流石にデイルはノヴァと打ち負けることは無く、剣と盾を組み合わせるノヴァの動きを時に読み、時に裏をかき切り結ぶ。そして、一際強烈な一撃をノヴァの持つ盾に叩きつけると、彼女を数歩下がらせた。だがこれがいけなかった。数歩開いた距離と時間はノヴァに精霊術「強風ブロー」を発動する隙を与えた。迫りくる風の塊をまともに受けて、重装備のデイルが姿勢を崩す。そこへ「隙あり」とばかりに斬り込むノヴァ。二人の身体が交錯し、結果は二人揃って


「相討ちだった」

「相討ちでした」


 という事だった。口に出して説明は難しいが、確実に攻撃と守備のバランスが取れた一流の魔術戦士と言える存在がノヴァという女性なのである。


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